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己の甘さ

 ここでケリをつけてやる。プリスダットを落とすために、後継であるエインズを始末する時は遅かれ早かれ訪れるのだ。


 あの大柄な獣男を戦闘不能にできたのは幸運だった。立ち上がってこないところからして、恐らくアキネチアの毒にやられたのだろう。女に邪魔されたものの、結果的には功を奏したといえる。


 それに、獣男の傍で喚いているあの露出度の高い女に戦闘能力はないと見える。エインズが剣を抜いても、参加してくる様子はない。


 これは絶好の機会だ。クレインを倒した女騎士の姿も見えない。今回の護衛に選んだ者たちがいい働きをしてくれているのだろう。


 剣術は小さい頃から習っている。得意なほうではないが、お母上の悲願を達成するために力は必要だった。ゆえに、サボったことなどないし、たまに開催されていた闘技大会にも出場して優勝した経験すらある。


 それに引き換え、エインズはどうだ? ……どうなんだろうか?


 わからない。こいつが剣術を学んでいたという報告はないし、オレ自身も話に聞いたことはない。


 恐ろしく強かったらどうする? 実はひっそりと鍛錬をしていて、ムキムキの肉体を隠していたとしたら?


 ……考えるだけ無駄だ。もうここまできたら、やるしかないんだ。いざとなったら、戦術的撤退をして次の機会を待てばいい。


 お互いに、つかず離れずの間合いを保ったまま幾ばくかの時が流れる。このじりじりとした緊張感のある時間も、1対1の戦いにおいては必要な駆け引きだ。


 自分の剣が届くということは、すなわち相手の攻撃にも当たる範囲だということ。どちらかがその領域に入った瞬間から、状況は動く。一瞬先では、すでに決着がついているかもしれない。だから容易に踏み込めないのだ。


 気づけば足が震えている。……何をビビってるんだ? エインズなど、取るに足らない相手だったはずだ。しっかりしろ、プラントン! お前は一国を背負う主なのだぞ!


「エインズ! サムが!」


 獣男の傍らで露出女が何事か叫ぶ。


 ――今だ! エインズの気が一瞬逸れた!


 すかさず剣を振りかざし、距離を詰める。


 わずかに対応が遅れたはずのエインズだったが、彼は怯むどころかこちらに向かってきた。


 なっ!?


 そのまま剣を振るでもなく、エインズは体をぶつけてきた。


 激しい体当たりを受けてよろめくが、なんとかその場に踏みとどまる。


 攻勢に転じたエインズが、間断なく詰め寄ってきた。


 一太刀もらうわけにはいかない。一撃でも食らえば、相手にとっては大きなアドバンテージだ。


 クソが! エインズのくせに!


 喉元まで出かけた罵倒のセリフを糧にして、憎しみの力が脳を活性化させる。


 剣と剣が激しくぶつかり合った。ビリビリとした衝撃が手から腕を伝ってくる。


 互角だというのか。オレはエインズと同レベルだと?


「チクショウッ!!」


 力で押し切ろうと、鍔迫り合いになった剣に全体重をかけ、より一層の力を込める。


 が、エインズは剣の刃の上でこちらの剣を滑らせて受け流すと、柄の先端で殴打を浴びせてきた。


「ガッ」


 自分でも憐れだと思うような声を上げて、オレは後ろに仰け反った。


 互角じゃない。相手のほうが一枚上手だ。攻撃を見透かされているのではない。完全に対応されているのだ。


 なぜだ。なぜ勝てないッ!


 オレは一撃を覚悟した。相手に大きなスキを与えてしまったのだ。ただでは済むまい。


 しかし、予想に反してエインズは何もしてこなかった。


「プラントン、考え直してくれないか。王となった君なら、戦争を止めることだってできるはずだ」


「この期に及んで、まだそんなことを――ッ!」


「君を殺してしまったら、それこそ国家間の重大な問題に発展するはずだ。僕はそんなこと望んでない」


「うるさい! 正々堂々と勝負しろ! 情けなど受けん!」


 屈辱だ。侮蔑だ。こいつはオレに勝った気でいるのだ。


「何がそこまで君をそうさせるんだ? 僕にはわからない。理由を言ってくれよ」


「だまれぇぇ!!」


 もはや剣を構えることすらやめたエインズに、オレは斬りかかった。


 ガキンと大きな金属音が鳴り響き、オレの渾身の一撃は何者かの手によって防がれた。


「エインズ、見損なったぞ。武器を振る相手に無防備とは」


 その声の正体は、かの女騎士だった。


「ルテア!」


 エインズが驚きと嬉しさの入り混じった声を上げる。


 形勢逆転。いや、そもそもこちらが有利だったかどうかすら怪しい。


 ここまで力の差があるというのか。……違う。最初からオレが自惚れていただけだったのかもしれない。


 撤退だ。逃げるしかない。


 オレは無様にも敵に背中を向け、一心不乱に逃げ出した。


 これ以上の雪辱はない。あまりにも惨めだ。この借りは、必ず返さなければならん。


 予想通りというべきか、敵の追撃に遭うことはなかった。もはや追う必要性すら感じないということか。


 もう生半可な行動はせん。これからは、徹底的にやつらを追い詰めてやる。慈悲を乞う間も与えんほどに。オレを逃がしたことを、永遠に後悔させてやる。必ず。必ずだ。

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