違和感
「さっきのは誰? 大丈夫なの?」
茂みの陰に身を潜めた僕に、ミラスが当然の疑問を投げかけてくる。
「わからない。ルテアを追ってる最中に突然、現れたんだ。君たちが来てくれなかったら危なかった。ありがとう」
「ありがとうって……。ルテアは? 会えてないの?」
ため息交じりにミラスは言った。
「そうなんだ。あいつらが来た方向から考えて、すれ違わなかったはずがないんだけど」
「先で道が分岐してるのかもしれないわね。だからルテアは気づけなかった」
その可能性はある。ルテアはどこまで行ってしまったのだろうか。今もまだ進んでいるのだとしたら、何者かを追跡しているのかもしれない。あるいは、すでに戦闘状態か。
「とにかく、サム一人じゃどうなるかわからない。私は一度引き返すわ。何か力になれるかもしれないし」
「ダメだ」
咄嗟にその一言が出た。
「なぜ?」
立ち去ろうとしたミラスが疑念の目を向けてくる。
「それは――、あのパルマって女が、とんでもなく手練れだから。君が行っても、役には立てないよ」
辛辣だが、それが正解だと思った。
さっきの戦闘のダメージで、自分は当分、ろくに動けそうもない。戻ったところで足手まといだ。
ミラスも決して絶好調とは言えないし、もし動ける状態だとしても、あれほどの戦闘スキルを有する刺客相手に丸腰で立ち向かうのは無謀すぎる。
今は、アムリボーを信じるしかない。彼は僕と一緒に、ルテア直伝の戦闘訓練を受けたんだ。そう簡単にやられるはずがない。
それよりも、先に向かったルテアだ。彼女の安否も気になる。もし合流できれば、それはそれで大きな助けになってくれる。ルテアを捜すことの方が先決に思えた。
「ずいぶんとキツイこと言ってくれるのね。私の従兄が命を懸けて戦ってるのよ。見捨てることなんてできないわ」
「わかってる。わかってるよ。だけど、これ以上バラバラになるのはよくないと思う。敵はまだいるかもしれない。単独行動は控えるべきだよ」
「だったらなおさら、サムの身が危ないかもしれないじゃない!」
「ミラス! 冷静になってよ。敵からしてみたら、僕たちが見つからないことのほうが、返って都合が悪いはずなんだ。アムはあれで結構戦えるし、なんなら僕よりも強い。今は信じよう」
語気を強めると、彼女は押し黙った。
正直、ここまで悪い状況に陥るとは思っていなかった。
寝ている間に、何者かの接近を許し、ルテアが偵察に向かった。後を追う形で野営地を離れた僕の前に、二人の刺客が現れた。遅れて出発したアムリボーに助けられたものの、毒花だらけの谷の真ん中で、身動きが取れない状態になった。
……最初に敵を見つけたのは誰だったのだろう? 見張りをしていたルテアだろうか? 目に見えるところまで近づいてきていた敵がいたのだとしたら、偵察しに行ったルテアは今もそいつを追っている……?
何かがおかしい。状況を整理しようと頭を回転させたはいいが、違和感を覚えずにはいられなかった。
ルテアは釣りだされたということか? じゃあ、僕にルテアの後を追わせる判断をしたのはアムリボーかミラスのどちらかだ。ミラスはあのとき、まだ寝ていたので、アムリボーということになる。
「ここにいたのか」
アムリボーのことを考えていた矢先に本人が現れたので、僕は心臓が飛び出そうになった。
「サム! 無事でよかった!」
ミラスが駆け寄ってアムリボーを迎える。
「エインズ、大丈夫か?」
アムリボーは傷を負うどころか、ピンピンしていた。パルマ相手に無傷で済んだのか?
「大丈夫だよ。ちょっと殴られただけだ。アムは? あの女、武器は持ってなかったけど、すごい速さだったでしょ? 苦戦したんじゃないの?」
「ああ。でも、この通りだ」
やけに落ち着いた様子で歩み寄ってくるアムリボー。
僕はその姿に、心なしか悪寒を感じた。
どうしてだろう。いつものアムの雰囲気と違う。まるで人格が入れ変わったみたいだ。
「エインズ、許してくれ」
間近に迫ったアムリボーはそう言うと、いきなり掴みかかってきた。
「ちょ、アム! なにするんだ!」
無理やり持ち上げられて、投げ飛ばされそうになる。
転べばただでは済まない。なぜなら、ここはそこら中にアキネチアが自生する猛毒地帯だからだ。
弱った体力を振り絞って懸命に抗うも、圧倒的な体格差を前に成す術がない。
視界が大きく傾く。足がすくわれ、体が持ち上がる。倒れる寸前、僕はアムリボーの背後で、こちらに冷静な眼差しを向けるミラスを見た。
――なぜ?
疑問に思う間もなく、僕は地面に投げ出された。




