表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/68

野営の最中に

 戦場で敵は待ってはくれない。これが、ルテアが僕たちに下した評価だった。状況に応じて、瞬時に判断する能力が求められるのだ。


 アムリボーの作戦はルテアの意表を突いたものだったが、実戦向きではなかった。仲間を守るために訓練してきたのに、味方を犠牲にして勝つ戦法をとったのだ。ルテアもこれには、「本末転倒だな」と苦言を呈していた。


 しかし、ルテアが守ってくれていなかったら、僕の首が飛んでいたのは間違いない。彼女の腕を信頼しての攻撃だったのかもしれないけど、それにしたって危険すぎる。加えて、アムリボーは真剣にルテアを倒そうとしていたように思える。そりゃ、模擬戦だからって手を抜くような真似は僕だってしていない。そうじゃなくて、もっとこう、殺気立っていたような感じがするのだ。


 でもまあ、後になってあれこれ思い返しても仕方がない。


 目的地が近づくにつれ、僕はそのことについて考えない努力をした。


 あれから村を出発して、僕たちはすでに山沿いの道を進み、いよいよ山間の谷へ入ろうかというところまで来ている。ここからが、いわゆるルーテルムダークと呼ばれる土地だ。谷に伸びる道を進んでいけば、やがて遺跡に到達するのだという。もちろん、その道中には避けて通れない難関が存在する。アキネチアの群生地だ。


 実はこのところ、気になることがあった。ミラスの様子がおかしいのだ。


 旅も二日目の終わりに差し掛かろうというところで、歩き詰めだったこともあって疲れが出たのか、顔色がいいように見えない。口数も減る一方で、進むペースも落ちてきている。


 アムリボーもそれを察して、適度なスペースで早めに行程を追えることとなった。


 険しい山に挟まれた地形なので、辺りが暗くなる時間も早い。それぞれが役割分担をして、せっせと野営の準備に取り掛かる。


「明日はいよいよ、アキネチアの群生地に入ることになる。毒にやられないためにも、今のうちに特徴を説明しておくぞ」


 焚火を囲んで一息ついたところで、アムリボーが手料理を振る舞いながら言った。


「ルテア。君も一緒に聞いておいたほうがいいんじゃない?」


 見張りをすると言って少し離れたところで立っていたルテアにも声をかけると、「聞こえている」と返事が返ってきた。


「アキネチアは一見するとバラによく似ている。人の背よりも低いくらいの高さで、ツタに覆われた茂みみたいな感じだ。そこに、赤くて美しい花が咲いている。毒があるのはツタから生えた棘だ。よく見てみると、先端から透明な液体が出ているのがわかるだろう。棘で体に傷ができると、その液体が体内に侵入して毒に侵される」


「要は、棘に触れなければいいってことだね?」


 確認のために問うと、アムリボーは首を縦に振った。


「ああ。だが、液体に触れてもただでは済まない。皮膚がただれて、悲惨な目に遭うだろう。特にミラス。お前はこの中じゃ、いちばん露出度の高い服を着ている。アキネチアを見かけたら、近づかないことだ」


「わかってるわよ」


 忠告を受けたミラスは肌を隠すように自分の体を抱きしめた。


「毒が体内に入ったらどうなるんだ?」


 そう問いかけたのはルテアだ。


「そうだな……。毒の量にもよると思うが、多いと全身の感覚が麻痺して意識がなくなり、やがて死ぬ。少なければ、ひどい眠気よりも辛い症状に悩まされることになるだろう」


「では、苦しむ必要はないということか」


「まあ、な」


 アムリボーが伏し目がちに答える。


 ミラスの母親の死を思い出しているのだろうか。その死に際がどんな様子だったかなど聞けるはずもなく、僕は押し黙った。


 これから死地に足を踏み入れようというのだ。皆、心境は様々だろうが、心地よい思いをしている者はいないだろう。


 僕もその一人だった。


 まだ誰かが毒に倒れると決まったわけではない。だけど、もしそうなってしまったら。自分は耐えられるだろうか。


 血を差し出して助けられるなら、僕は喜んで協力する。その覚悟はあった。


「今日はゆっくり休もう。明日は今まで以上に神経を使う。疲労のたまった状態ではよくない」


 アムリボーの一言で、僕たちは黙って床に就いた。ルテアだけは見張りをすると言って、離れたところで倒木に腰掛け、剣の手入れをしていた。



  ◇ ◇  ◇



「エインズ、起きろ」


 耳元で囁かれた僕は、ハッとして上体を起こした。眠っていたはずだが、やけに体が重い。反対に気を張っていたせいか、思考だけははっきりしていた。


「アム? どうしたの?」


 アムリボーはしきりに辺りを見渡し、ひりついてる。


 何かあったのだろうか。


「誰かが近くにいる。敵かもしれない。ルテアは正体を突き止めるために一人で先に行った。俺たちも後を追う」


 声を潜めてアムリボーは身支度をする。


 僕も周りの手荷物をかき集めて、動ける体制をとった。


 山からの影で、谷の闇は想像以上に暗い。いくら目を凝らしても、人影どころか周囲の地形さえわからない。


「アム?」


 アムリボーの姿が見えなくなったので、暗がりに呼びかける。


 返事はない。


「アム」


 もう一度呼ぶが、アムリボーからの応答はなかった。


 ミラスを起こしに行ったのだろうか。と言っても、そこまで離れた距離で寝ていたわけではない。この夜の静かさなら、声は十分に聞こえているはずだ。


「アム。どこに――」


 不意に背後から口をふさがれ、戦慄が走る。


「声を出すな。感づかれる」


 アムリボーだった。


 いつからそこにいたんだ? まったくわからなかったぞ……。


 これが趣味の悪いいたずらなら軽く笑い飛ばして終わりなのだが、状況がそうではない。


「ごめん」


 謝罪をすると、アムリボーはゆっくりと手を口から離してくれた。


「ミラスの調子があまりよくない。何か悪いものでも食べたのかもしれない。俺が連れて行くから、エインズは先に行ってくれ。この先の道はルテアが安全を確保してくれているはずだ」


「わかった」


 うなずいたものの、昼間見た道は真っ暗で思わず怖気づく。


 振り返ってアムリボーに道を確認しようとしたが、彼はすでにその場にはいなかった。


 ミラスの体調が悪いのは、今に始まったことではない。彼女はそのことを言い訳に足を止めることはなかったが、ここに来て無理が祟ったのかもしれない。とにかく、今はアムリボーに任せるしかないだろう。


 僕は僕で、自分にできることをしよう。ルテアに追いつけば、彼女の助けにもなれるかもしれない。


 意を決して、僕は闇の染まる道を歩き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ