模擬戦闘
「お前も一緒だとは聞いてないぞ」
拾った木の枝を即席の杖にして、ルテアは表に立っていた。
目の前には、手頃な木の棒を剣代わりに見立てて持った僕とアムリボーの二人。
「アムも同じことを思ってたから。ダメかな?」
「まあ、別にかまわん。相手がいるほうが、より実戦に近い形で訓練できるだろうからな。ただし、私の戦い方は真似られんだろう。私のは、ほぼ戦場で習得した我流だ。お前たちには、ちゃんとした騎士としての戦い方を叩きこんでやる」
「よろしくお願いします、師匠」
僕に続いて、アムリボーも頭を下げる。
「し、師匠だと……? まあいい。まずは剣を構えてみろ」
こうして、ルテアの鬼のような訓練が始まった。
彼女は妥協という言葉を知らない。ダメな点はとことん指摘して直させ、それをクリアしたら即座に次の課題を与えた。褒めるといったことも、まったくしなかった。
ただ、さすがは武の道に精通している、戦いのプロだ。僕もアムリボーもメキメキ上達していった。ひょっとすると、自分はセンスがあるんじゃないかと思ったくらいだ。彼女には口が裂けてもそんなことは言えないが。
ミラスは僕たちの稽古を遠目から眺めるだけで、参加しようとはしなかった。ルテアも、「あの華奢な体ではまともに剣を持つことすらできまい」と言っていた。あんたが言うなと思ったのは内緒だ。
そんなこんなで、1週間が経とうとしていた。ルテアの傷の具合もよくなってきて、絶好調とはいかずとも、ある程度動けるまでに回復した。
「ルテアの傷も塞がってきたし、無理をしなければ旅を再開できるだろう。そこで、だ。1週間の訓練の成果として、一度模擬戦をやってみないか」
そう提案したのはアムリボーだった。
「名案だね」
と、答えたはいいものの、相手が自分と同じ練度の男とはいえ気が抜けない。体格は僕の倍ほどもあるし、力の差は歴然だ。経験値に差がないなら、あとは持って生まれた体力勝負ということにはならないだろうか。
「そうだな。100パーセントの実力とはいかんだろうが、ケガはちょうどいいハンデだ。二人相手でも、問題ない」
どこで聞いていたのか、割って入ってきたルテアの発言に僕とアムリボーは顔を見合わせた。
「別に君と戦おうってつもりじゃないんだけど」
「はっきり言うが、戦わんぞ」
口々に反対するも、ルテアはやけにやる気満々だ。
「なに、遠慮するな。傷がまた開いてしまっては困るからな。手加減はしてやる」
無謀とわかっていながら立ち向かうとなったとき、人は案外、開き直れるものだと僕は思った。
どうこう言っても2対1だ。1週間、真剣に取り組んできたし、勝てる見込みが全くないってことはないはずだ。
ふと、ルテアの一騎当千の戦いぶりを思い出して身震いする。
彼女は相手が複数人だったとしても、各個撃破できるだけの実力の持ち主だ。流れるような動きで敵に反撃の余地を許すことなく、確実に仕留めていく。
僕かアムリボー、そのどちらかが倒れた時点で、勝敗は決するだろう。
「お前たちにはより実戦に近い形で挑んでもらいたいからな。今回は本物の剣を使うぞ」
「ちょっと待て。いくらなんでも、それは危なすぎやしないか? またケガでもされたら困る」
ルテアに反論したアムリボーだったが、僕にはそれが失言に聞こえた。
だって、それじゃまるでルテアがケガをする前提みたいじゃん。
「お前は自分の心配だけしてろ」
冷たく言い放たれて押し黙るアムリボー。
僕だって納得してるわけじゃないけど、ルテアが言う以上はそうするしかない。
自前の剣を構え、その重みを改めて実感する。こいつを握ったのは、プラントンと戦ったとき以来だ。ただ、あのときはろくに扱い方も知らなかった。護身用としての役目を果たしていたかさえ怪しいレベルだ。
「とりあえず、一人で相手をするのは無謀すぎる。仕掛けるにしても、二人同時だ。いいな?」
隣で剣を構えたアムリボーが横目にこちらを見ながら小声で伝える。
「うん」
概ね、その作戦には賛成だ。
「どうした? 来い」
ルテアに触発された僕たちは、お互いの歩調を合わせて徐々に加速した。
「うおらっ!」
アムリボーがルテアの頭上から剣を振り下ろす。
ターンしながら横に回避したルテアに、僕は斬りかかった。
彼女は剣を使って攻撃を受け流した。彼女の剣の刀身を、体重の乗った僕の剣が滑っていく。
「わっ!」
前のめりにこけそうになったところに、前方からアムリボーの横一線が飛んできた。
頭の上半分が吹き飛ぶかと思った。が、剣は眼前で勢いを失った。ルテアが止めたのだ。
「バカか、お前は。こいつの顔面を叩き潰すつもりか?」
「そうだよ、アム! 死ぬよ!」
珍しくルテアと意見が一致する。彼女が防いでくれなかったら、僕は頭蓋骨を粉砕されていただろう。
というか、体格差でいうと二回りはありそうなのに、ルテアはアムリボーの攻撃をいとも容易く受け止めているように見える。鍔迫り合いになっても一向に押されている気配がない。
そりゃ、バルエスダと一騎打ちをして勝ってしまうくらいなのだから、かなりの馬鹿力も持っているのかもしれないけど……。なんだか、世の中の法則を無視しているようにすら思えるぞ。
「ボーっとするな! エインズ! チャンスだ!」
は!? えっ?
二人の迫力満点の力比べに間近で見とれていた僕は、アムリボーの声で我に返った。
チャンスって、どういうこと? たしかにルテアは僕を庇って身動きが取れない状態だけど、このスキに攻撃しろってこと? それって、かなり騎士道精神に欠けるというか、端的に言って卑怯だよね……?
もしかして、アムリボーは最初から、これを狙ってたのか? 一人じゃ無謀だけど、二人なら片方が犠牲になれば勝算があると?
「ダメだよ、アム。こんなやり方で勝ったって、素直に喜べないよ」
「なんだとッ!?」
力が入っているせいか、アムリボーの言葉はいつもより覇気がこもっている。
「甘いな」
悠長としている間に、ルテアが行動に出た。
アムリボーの剣を空高く弾き返したかと思うと、反転して僕の喉元に剣を突き付ける。同時に、空を舞っていた剣をキャッチして、唖然としているアムリボーにも同様に突き付けた。
鮮やかだった。
「なんて女だ。感服したよ」
アムリボーが降参する。僕も剣を落として、ルテアの剣技を前に投降した。




