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誰かを守る力

 夜が更けても、ルテアは村に来なかった。


 アムリボーはルテアが傷を負って帰ってきたときのために、薬を用意すると言って、先に休んでいたミラスと一緒に宿に入っていった。


 僕はというと、ルテアのことが心配で村の入り口に座って道の向こうを見つめていた。


 あの怪物みたいにデカい騎士。ルテアはバルエスダと呼んでいた。知り合いだったのだろうか。


 持っている剣の大きさも尋常ではなかった。あんなのにやられたら、真っ二つに体が折れてしまいそうだ。


 想像して、背筋に悪寒が走る。


「風邪ひくぞ」


 そう言って背中に毛布を掛けてくれたのはアムリボーだった。


「薬は?」


「完成した。これでいつでもルテアを迎え入れられる」


 アムリボーは「彼女が帰ってきたら」とは言わなかった。帰ってくると信じているのだ。


 僕だってそうだ。ルテアがやられるはずがない。そう心から思っている。思っているはずなんだ……。


 どうあがいたって、最悪の結果を想像してしまう。このまま彼女が来なかったらどうしよう。僕らのために死ぬなんて、そんなことがあっていいはずがない。


「アム、もし――」


「あいつが姿を現さなかったら、か? 悪いが、引き返すことはできない。あのデカい騎士一人を相手取るのにも、俺たちにとってはリスクが伴う。先に進んで追跡の手から逃れるしかない」


 現実的に考えれば、そうだ。戦いなんてド素人の三人が刃向かったところで、一網打尽にされて終わりだろう。むしろ向こうからすれば、出向く手間が省けてよかったくらいに思うかもしれない。


 僕に力があれば……。なにも魔法が使えればって意味じゃない。剣をふるう腕があれば、ルテアだけに任せずに済んだかもしれない。


「俺にも、誰かを守れる力があればな」


 僕の気持ちを代弁するかのようにアムリボーはつぶやいた。


「アムは薬を作って、僕たちを助けてくれたじゃないか。爆弾魔と戦ったときも、僕をかばってくれた。もうすでに、たくさん守られてるよ」


 それに引き換え僕ときたら、何の役にも立っていない。少し前までは、魔法が使えるようになれば、人のために行動できるとばかり思っていた。だけど、そこに行き着くまでの道のりが長すぎる。今のままじゃ、僕が魔法を覚える前に、周りの人すべてを失ってしまうかもしれない。


「たしかに、俺には薬を作る知識がある。けど、薬ってのはあくまで対処療法だ。何かが起きた後じゃないと、意味がない。誰かが傷つく前に、未然に防ぐ必要があるんだ。その責任をルテアだけに背負わせるのは、重すぎやしないか?」


「……そうだね。僕も魔法が使えたら、みんなのことを守れるんじゃないかと思ってた。もちろん、実際にそうなのかもしれないけど、問題なのは今、どうするかだ。こうやってやきもきしながら仲間を待つのもツラいしね」


 僕もアムリボーも、どうやら腹積もりは同じようだ。


「……おい、あれ」


 そう言ってアムリボーが指さした先。道の上に、人影が見える。右に左にふらふらと揺れながら、こちらに向かって歩いてくる。


 あの体格なら、間違いなくルテアだ!


 僕とアムリボーはほぼ同時に走り出した。


「ルテアー!!」


 駆け寄って、彼女の体を支える。


「よせ、お前ら。何しに来たんだ」


 ルテアは嫌がったが、僕らは聞かなかった。


「ケガしてるのか? どうなんだ?」


 アムリボーが執拗に聞く。


「問題ない。大丈夫だ。問題ないと言ったろ。おい、離せ」


 ルテアは抵抗するも、その力は弱々しかった。


 僕たちは宿までルテアに付き添い、二人がかりで傷の手当てをした。



  ◇  ◇  ◇



 翌朝、僕はベッドで横になって寝息を立てているルテアの傍らで、彼女の寝顔を見ていた。


 こうして見ていると、彼女が華麗な剣さばきの使い手のようにはとても見えない。まだ年の若い町娘か、着飾れば美しい貴族の娘と言い張ったって、誰も嘘だと思わないだろう。


「なんだ、お前。看護人のつもりか? 気持ちの悪い」


 目を開けたルテアが発した第一声はそれだった。


 やっぱり、前言撤回だ。言葉遣いがなっていない。せいぜい下町の貧民の娘が関の山だ。あるいは獣に育てられたとか。


「お腹の具合はどう? 傷はまだ痛むかな?」


「心配いらん。この程度の傷で死ぬようなら、とっくの昔にあの世行きだ」


 そういうことを言ってるんじゃないんだけどな。死ぬか死なないかじゃなくて、痛いか痛くないか。この違い、わかるかな? 獣の娘にはわからないか。


「あのさ。アムが言ってたんだけど、君のケガの具合もあるし、状態が良くなるまで、少しの間はここに滞在しなきゃいけないって。だからその期間を使って、お願いがあるんだけど――」


「なんだと? おい、あの毛むくじゃらの薬草医を呼んで来い。私のために足を止めるなど許さん」


 咄嗟に起き上がろうとして、腹の痛みに呻くルテア。


「ほらまだ動けないでしょ? それじゃ僕たちの護衛も務まらないと思うんだ」


「クソが」


 彼女の顔に似合わぬ悪態には目をつむる。


「だから、ルテアが療養している間、僕たちに剣の稽古をつけてくれないかな?」


「なに!? うっ……」


 またしても飛び起きたルテアは、再びベッドに転がった。


「なぜ私がそんなことをしなければならない? 契約外だぞ」


「お金が必要なら払うよ」


「いや、金だけの問題ではない。お前の申し出は、暗に私の護衛に不満があると言っているようなものだ。言え。どこに問題がある? 私が傷ついて戻ってきたことか? 私が戦っている間、お前たちが野放しになっていることか?」


「君が傷ついていることだよ」


「なっ……」


 ルテアは言葉を詰まらせると、咳払いして目を逸らした。


「わ、私はこれでも、傭兵である前に騎士だ。誰かを守るために戦う。戦いでケガを負ったとしても、目的を果たしているならそれでいいのだ。お前が心配することではない」


「君の視点から見れば、そうかもしれないね。だけど、僕が耐えられないんだ。ただ守られるだけで、何もできなくて、ひたすら帰りを待っているだけの自分にね。守る力があれば、己の無力さを感じなくて済む。君だけが傷つく必要もなくなる」


「……バカが。それではまるで、お前も傷を受けに行っているように聞こえるぞ」


 ……たしかに。


「ケガしに行きたいんじゃないよ? 誰もケガしないようにできるかもしれないって言いたいんだ」


 ルテアは微かに笑みを漏らした。


「敵わんな。王子に守られる騎士がどこにある。まあ、お前がそこまで言うなら、付き合ってやろう」


「僕のことは、王子って思わない約束だよ」


「そうだったな」


 やった。これでルテアに剣の稽古をつけてもらえる。


 弾む思いで、僕はアムリボーに結果を報告しに行った。

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