白騎士ルテアVS巨躯のバルエスダ
死にぞこないが。先の戦で名誉の戦死とやらでも遂げていればよかったものを。
ルテアは内心、そんな風に思っていた。
「オマエ、クレインを倒した。騎士の誇りにかけて、ワタシ、オマエを倒す」
たどたどしい口調でバルエスダは言うと、引き抜いた剣を体の前で真っ直ぐに立てた。騎士が祈りを捧げるときにする姿勢だ。
「痴れ者が。仲間の犠牲を戦いの理由にするな。死んだやつらの誇りが穢れる」
もっとも、クレイン・リバーサルは生きているが。
それはそうと、問題はこのデカブツ相手にどう立ち回るかだ。スピード勝負なら負けるきはしないが、パワーならバルエスダのほうが圧倒的に上だろう。クレインの時のように、諸刃の剣戦法は挑めない。
仮に速さで翻弄するとしても、こいつの鎧はそう容易く斬り裂けるだろうか。厚さが人並みの鎧と同じなら、弱い箇所を狙ってダメージを与えられるだろうが、そうでない場合、手酷い反撃を受けるのは必至だ。
ジャッカルでさえ苦戦していた相手だ。十把一絡げの兵士でないことは確かだろう。
バルエスダは重量のある体を揺らして前進してきた。
中段構え。からの、兜割り。無駄のない、お手本のような動きだ。
真上からの一撃をサッと横にかわし、すぐに距離をとる。
まずは相手の動きを見る。そこから打開策を練ろう。攻撃は重いだろうが、余程の油断をしない限りは当たるまい。
下段に構えなおして、横薙ぎの一閃。これも身を引いて避ける。もし剣で受けようものなら、体ごと吹き飛ばされてしまうだろう。
振り抜いた剣で、今度は袈裟懸けに一太刀。これも剣筋がブレることなく、綺麗な型だ。
この男、デカくて不器用そうに見えるが、相当な訓練を積んでいる。それも、基本をきっちりと抑えた無駄のない動きだ。剣が大きい分、多少大振りなところはあるが、付け入るスキが無い。攻撃の後も視線は常にこちらを見据え、型を崩さずに相手の出方を窺っている。
言うなれば、攻防一体のスタイルだ。攻撃一辺倒のうちの傭兵たちとは違って、戦い方の基礎をしっかりと心得ている。
しかしまあ、そういう連中は数限りなく見てきた。こちらも対処法はわかっている。
そろそろ、反撃させてもらうとしよう。
バルエスダは中段の構えだ。定石通りなら、さっきと同じ兜割り。
――読み通りだ。
振りかぶった剣を潜り抜けるように、相手の懐深くに迫る。
さらに体をターンさせながら、デカい図体の側面、そして背面へと沿うようにして回り込む。
バルエスダはまだ剣を振り抜いたところだ。こちらの動きを目で追ってはいるが、このノロさでは到底追いつけまい。
相手の膝の裏側を思い切り蹴りつけると、巨岩のような体がぐらついた。
クソ。なんて頑丈さだ。普通は耐えきれずに片膝をつくところだぞ。
文句を言ったところで、相手の反撃を食らってはお終いだ。仕方なく、膝裏の装備が薄い箇所に、今度は剣を突き刺してやった。
「ウグッ……!?」
ほう。刺されても声を上げないか。その根性だけは認めてやろう。
しかし、さすがに耐えきれまい。
バルエスダが片膝を地面につくのに合わせて、剣を引き抜く。
さあ、これでお前の頭が近くなったぞ。
後頭部に狙いを定め、剣を突き刺そうとした矢先だった。
砲弾にでも当たったかのような衝撃とともに、体ごと吹き飛ばされた。
やつめ、上体をひねって肘鉄を食らわせやがった。
すぐさま立ち上がる。怯んでいるヒマはない。
基本がしっかりできている相手には、一見すると卑怯だったり、型にはまらない戦法が有効だ。バルエスダにもそれが通用するかと思ったが、考えが甘かったようだ。というか、反撃を受けたのは、相手のフィジカルが常人のそれとはかけ離れていたからだと言える。
それに、必ずしも無意味だったわけではない。膝裏の筋を切断されては、もはやまともに動けまい。
……どうせもう、この男は立って歩くことすらままならんのだろう。それならば、ここに放置していく選択肢もあるか。足がなければ、追跡は不可能だ。
いや、形勢有利なうちにとどめの一撃までもっていくべきか。後日にまた再戦……なんてのも面倒だしな。何より、据え膳食わぬは赤錆の恥、だ。
無論、この場合の据え膳とは、目の前で膝をついている大男のことだ。戦士として、勝利が目前の状態にありながら、みすみすそれを逃す手はない、という意味だ。特に赤錆傭兵団のような、戦闘狂の集団に属している場合は。
やつはもはや、腕を振り回すだけの木偶の坊に過ぎない。
そう思って一歩踏み出して、思わず痛みに顔を歪めた。
腹から出血している。クレインから受けた傷だ。さっきのバルエスダからの重撃で、傷が開いたのだ。
あの青髪野郎……。
傷が痛むたびに、青い髪をした気障な顔が目に浮かぶのも無性に腹が立つ。
さっさと終わらせてしまおう。ここでもたもたしていたら、自分の身さえ危うくなる。
バルエスダの左後方から静かに近づいていく。左膝を地面についているため、こちらからのほうが頭を狙いやすいのだ。さらに、バルエスダは右利きだ。右手に剣を持っているので、左後方がもっとも遠い。
また肘鉄が飛んで来たら、その腕をクレインのように斬り飛ばしてやる。
ギリギリと歯を食いしばりながら痛みに耐え、ルテアは一息に踏み込んだ。
相手の視界には入っていなかったものの、気配で感じとったのだろう。丸太のような左腕が勢いよく迫ってくる。
上体をかがめてそれを見送ったルテアは思った。
恐らく、この左腕は往復してくる。このまま身をかがめていれば、難なく避けられるはずだ。そして、そのあとが攻撃のチャンス。
しかし、意に反して、次の一手は左側――つまり、左腕が来た方向と同じほうから来た。
剣・・・・・・!?
上体をさらにひねったバルエスダが、右手の剣で突き刺さんとしてきたのだ。
加えて、頭上を通り過ぎた彼の左腕が、ルテアの体をすくい上げるように戻ってくる。
――逃げ場がない!
「くっ……!」
腹の傷の具合は悪化するが、これしか選ぶ道はなかった。
屈んだ状態から弾みをつけ、真上に飛び上がる。鎧を装着しているので、並大抵のことではない。相当な負担が全身にかかり、口に血の味がにじむ。
「ガァッ!!」
自分の剣で自分の腕を突き刺したバルエスダは、痛みで声を上げた。
「くたばれ……!」
その大口を開けた顔面に、ルテアは上から思い切り剣を突き立てた。




