ミラスとの取引
ミラスは妖艶な雰囲気をまとった女性だ。所作もしなやかで、無駄がない。少々目のやり場に困ることもあるが、僕は何とか平静を装った。
全身完全武装のルテアとは大違いだと、僕は思った。
「で、あなたが目当てのものだけど、残念ね。今は在庫を切らしてるの。代替品なら用意できるけど――」
「なら、他を当たろう」
「ちょっと待ちなさいよ」
アムリボーが立ち去ろうとするのを見て、ミラスは食い気味に言った。
僕のほうを見て、アムリボーが口角を上げる。彼は駆け引きをしているのだ。ミラスが興味を示しているうちに、アレを確実にゲットするために。
だが、『アレ』とはなんだろう。これまでの会話から察するに、そう簡単に手に入らなさそうだが。
「話は最後まで聞いて」
「聞かなかったのはそっちのほうだ」
「話をぶり返さないで」
ミラスは怒っているようにも見えるが、対照的にアムリボーは楽しんでいるようだ。自分が優位に立っていることで、ミラスを手玉に取っているのだ。
「それで? モノがないのに、どうやって取引する?」
「私の体で払う」
……え? 聞き間違いじゃないよね? 自分の体を売って、『アレ』を用意するってこと? この街にも売春宿はあるらしいけど、そんな軽々しく売っちゃえるもんなの?
動揺したのは僕だけじゃないらしい。さっきまで余裕の表情を浮かべていたアムリボーにも、戸惑いの色が見て取れる。
「お、おい。何もそこまでしなくても――」
「あなたのためじゃないわ。自分自身のためよ。そうするよりほかないもの」
「だからって、それはないだろう。お前もまだ若いんだ。他の選択肢だってあるはずだ」
「若いからこそよ。歳をとってからじゃ、こんなことできないかもしれない」
「いや、ダメだ。自分を犠牲にしてまで、お前に無理強いさせたくはない」
「別にかまわないわ。血をあげるくらい、どうってことないもの」
「血!?」
思わず声が出てしまった。
会話を中断されたことで、僕は二人の視線を一身に浴びた。二人とも、「どうした?」みたいな顔をしている。
「血って、ちょっと大げさじゃないですか……? そりゃ、子供ができちゃうかもしれないけど……。いやいや、ミラスさんの血が貴重じゃないって言ってるわけじゃないんですよ? ただ、これってそんな大層な話なのかなって」
慌てて弁明したものの、二人の表情は変わらない。
「子供って、お前、何の話をしてるんだ?」
アムリボーが不思議そうに言った。
「だって、その、僕らが『アレ』を買うために、ミラスさんはどこかで売春しようとしてるんでしょ?」
「「は?」」
二人の声が重なる。
そのあと、室内に男女の笑い声がこだました。
「お前、ミラスが誰かに体を売ると思ってるのか?」
「私がそんなことするわけないでしょ」
どういうことなのか、全くわからない。
会話に置いていかれた僕に、笑いをこらえながらアムリボーが説明してくれた。
「これから俺たちが行くルーテルムダークにはな、猛毒を持つといわれる植物の群生地があるんだ。そこを通り抜けないと、目指す場所にはたどり着けない。だから万が一、毒を受けてしまったときは、解毒する必要があるんだが、解毒剤に人の血が必要なんだよ」
あ、そーゆーことね。ふーん。
「あなた、なかなか面白いわね」
ミラスがカウンターに肩肘をついてこちらを見る。
そのあまりにも艶めかしい立ち居振る舞いと、絶妙なアングルから見える胸元のせいで僕は咄嗟に目を伏せた。
「ウブなところも可愛いじゃない」
会話の恥ずかしさとミラスの発言もあって、僕の心臓は飛び跳ねるウサギのように高鳴った。
いいから、さっきのことは忘れてくれ。そんでもって、さっさと取引を終わらせて城に戻ろう。
「まあ、ミラスがそこまで言うなら仕方がない」
アムリボーがやれやれといった感じで首を振る。
「決まりね。それじゃ、支度してくるから」
よかった。やっとここから去れる。
「伝承の旅人じゃないが、仲間が増えるのはいいことだな」
独り言のようにアムリボーは言った。
「仲間?」
どういうことだ? ミラスはここで血を採って、僕たちにくれるんじゃないのか?
「ああ。ミラスも同行する」
「ええ!?」
これ以上心臓に負担をかけたら、倒れるかもしれない。
「血は新鮮なものじゃないと効果が出ないからな」
「じゃあ、この店はいったい何の店なの……?」
僕はこの質問したことを、後悔することになる。
「奴隷だ」
今度こそ僕は卒倒した。




