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プラントンの狩り

 昨晩はひどい目に遭った。夜の海というのは想像以上に恐ろしい。全身に海藻が絡みついて、海底に引きずり込まれるかと思った。あれは僕に対する悪魔の警告なのか?


 だとしても、もはや手遅れ。僕はすでに悪魔を捕らえるために仕掛けをした。罠に気が付いたときには、もう遅い。壺の中に入った時点で、抜け出すことはできない――と、漁師の人は言っていた。


 そういえば、海から城に戻る途中に人影を見た気がするが、気づかれてはいないだろうか。全身ずぶ濡れだったし、海藻が巻き付いてひどい有り様だった。侍女や衛兵にでも見られていたら、きっと大騒ぎだったはずだ。


 おまけに寒かった。服がぐっしょりと濡れてしまったせいで、凍えるような寒さだったのだ。


 こっそりと部屋に戻って、侍女に替えの服を用意するように言ったら、「舞踏会で何があったんですか」と心配された。そりゃそうだろう。一国の王子ともあろう人物が、体に海藻をくっつけてやってきたのだから。


「酔った勢いで海に飛び込んだんだよ」


 そう言うと心底驚いた様子で、


「お酒をお飲みになったんですか!?」だって。


 着替えを床に落とすくらい衝撃だったらしい。


 僕は普段から酒を飲まない。この国では一応、16歳からお酒を嗜んでもいいことになっている。僕は数か月前に16の歳を迎えたが、酒を飲んだのは誕生パーティーのときだけで、その他は一滴も飲んでいなかった。お酒は嫌いと公言していたくらいだ。


 そんな僕が自ら「酒を飲んだ」発言をしたのだから、きっと彼女も雷に打たれたようなインパクトを受けたのだ。たぶん、海に飛び込んだのも無理はないと思ってくれているはずだ。


 父や母に対する言い訳も考えなければいけなかった。舞踏会にほぼ一晩中いなかったのだから、どこで何をしていたのか不思議に思われて当然だ。


「少しワインを飲んだら、気分が悪くなってしまって。上で休んでいました」


 完璧な言い訳だ。このセリフだけで、両親はすこぶる納得してくれた。よかったよかった。


 しかし、問題もある。せっかく仕掛けた罠の様子を見に行きたいが、父上が今日は狩りをしようと言ったのだ。それも従兄のプラントンと。


 こればっかりは、さすがに行かないとも言えない。舞踏会のように大勢の人がいるなら簡単に紛れられるけど、狩りともなると、いなくなればすぐにわかる。


 断るなら断るなりの理由がいるし、城に残っても家来たちの目がある。


 しぶしぶ馬に乗り、各々がボウガンを持って疎林へと入る。今日の獲物はウサギらしい。


 狩りと言うが、こんなものは単なる出来レースだ。狩猟地となる森は狩猟官と呼ばれる森番が管理していて、一定の範囲を柵で囲い込んである。中に弱らせたウサギを数羽放ち、それを僕たちが追う。


 獲物は半日も探し回れば見つからないことはないし、いくら射撃の腕が悪くても、隅に追いやられた的に何発も撃ち込めば、おいそれと仕留められる。


 こんなのは所詮、貴族のお遊戯だ。父上にも「これではただの動物虐待ではないのですか」と言ったことがある。


「ハッハッハ。エインズ、わかってないな。これも一つの、貴族のたしなみなのだ」


 高らかに笑いながら父上はそう言っていた。


 貴族のたしなみ? 生きるか死ぬかの命のやり取りをするのが、戯れに過ぎないとでも? 母上は命を大切にするようにとおっしゃっていたぞ。大人というのは、つくづく都合のいい生き物だと思う。


 僕が内心、そんなことを思っているとは露知らず、プラントンは意気揚々と森へ分け入っていく。


「我が従弟よ。今日はオレの華麗なるボウガンさばきを目に焼き付けるがいい」


 ボウガンさばき、ねぇ……。


 プラントンとは数年前にも一度、一緒に狩りをしたことがある。あのときも武器はボウガンを持たされたけど、プラントンは一発撃ったきり次弾が装填できず、頭に血を上らせていた。顔を真っ赤にした彼が言った言葉を、今でもはっきりと覚えている。


「誰だ、オレのボウガンに細工をしたやつは!!」


 これには父上も哀れな視線を向けることしかできなかったみたいだった。


 ボウガンという武器は、弓よりも狙いやすいし威力もある程度は保証されている。でも欠点もある。矢を番えるのに恐ろしく力がいるのだ。


 今回、プラントンが放った言葉からして、数年前のあの一件以来、さぞボウガンの扱いを練習してきたのだろう。これは見ものだ。


 いくらも馬を歩かせないうちに、足取りの重いウサギが一羽、姿を見せた。きっと何日もエサを与えられていないのだ。


「静かにッ! あれはオレの獲物だ。エインズ、よく見ていろ」


 馬上で勇ましくボウガンを構えるプラントン。


 彼は何かにつけて、僕をライバル視している節がある。理由はよく知らないが、なんでも母親の因縁が関係しているらしい。侍女が城内で噂しているのを、小耳にはさんだことがある。


 矢が空を切る鋭い音。次いで木に突き刺さる間抜けな音が響いた。


 固唾を呑んで見守っていた父上は、僕の方を見て肩をすくめる。『大したことないな』とでも言いたげだ。僕も父上に同じ仕草をして見せた。『大口叩いた割には、ねぇ』という意味を込めて。


「おい、あれ? チッ、外したか。だがしかし、次は、そうは、いかんぞ……」


 矢を番えようとして、息も絶え絶えにプラントンは息巻く。


「プラントン王子。一度、馬を降りられてはどうかな」


 見るに見かねた父上が助け船を出す。


「地面にボウガンを立てた方が、やりやすいですぞ」


「そ、そうだな……」


 僕の方をちらちらと気にしながら、プラントンは言った。


 僕からの評価が気になるのか? 別に馬から降りて矢をセットしたところで、あんたに対する思いは何も変わらないよ。気障で無駄にプライドの高い小心者、だ。


「おい、獲物は? ウサギはどこにいった?」


 馬に乗りなおしたプラントンが青天の霹靂かのごとく、すごい剣幕で迫ってくる。


「逃げたんだろ。矢を撃てばこっちにも気づくだろうし」


「なんだと? お前、逃げた先を見ていなかったのか!?」


 撃ったのはあんただろ……。あんたこそ、矢を撃った先を見てなかったのか?


 あ、もしかして、射撃のあとでちょっと自慢気にこちらを見て笑っていたから、外したと気付くのが遅れたのか? どこまでバカなんだ。


「まあまあ、落ち着かれよ。ウサギならもう一度、探しなおせばよかろう」


 父上になだめられて、プラントンは鼻を鳴らす。


 次はちゃんと見ていろよとでも言いたげだ。


 どうでもいいから、さっさとこの茶番を終わらせてくれ。僕にはやることがあるんだから。


 僕のそんな儚い思いとは裏腹に、狩りは実に困難を極めた。


 プラントンの放った矢が当たらないのは周知の事実と化していたが、あまりに当たらなさ過ぎて、矢が足りなくなってしまったのだ。


 彼は城へ帰って矢を調達すると言い張り、それを嫌がった僕と口論になった。


 城へ帰るだって? そんなことをしていたら日が暮れてしまう。ただでさえ、昼食の予定だったウサギが夕食になりそうなんだ。これ以上は付き合っていられない。


 結局、父上から矢を借りたプラントンだったが、さすがの父上も痺れを切らしたのか、矢だけではなく手も貸していた。父上の忍耐強い手ほどきもあって、どうにか夕食には間に合う時間までに城へ戻ることができた。


 ありがとうございます、父上。僕は従兄に、森で飢え死にさせられるかと思いました。


 最後の最後まで威張り散らかすプラントンの姿勢は変わらなかったが、城に帰ってこれたとあれば、もはやそんなことはどうでもよかった。

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