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謁見

 ルテアが率いていた人たちは、赤錆傭兵団という名前で知られているらしい。彼女はそこの団長の座を実力でもぎ取ったのだとか。まあ、たしかに、彼女ならやりかねないが。


 赤錆ではなく鮮血で染まった鎧を着たルテアと、どこに行っても獣と間違われる薬草医のアムリボー。そして『業魔』の名を冠しながら一切魔法が使えない小国の王子。これは僕のことだが……。


 三人はプリスダット王国の主であるガスティノ王に呼ばれ、謁見の間に来ていた。


「なるほど。それで、プラントン王を退却させた、と」


 玉座に座って事の顛末を聞き終えた父上が言う。


 プラントンが「東の王」である可能性を孕んでいることは伏せておいた。まだはっきりと言い切れる判断材料は揃っていないからだ。僕の勝手な思い込みかもしれない。


「この際だから正直に言うが、実はモーバリウス王国が攻め入ってくるのは時間の問題だったのだ。今回はこちらの準備不足で対応が遅れ、結果的にお前たちに救われた。まず、そのことについて礼を言おう」


「準備不足だと? かの国が戦をする腹積もりでいたことは、ずいぶんと前からわかりきっていた。一国を預かろう者が、民の命を失いかけて『準備不足でした』で済まそうと? 虫がいいにもほどがある」


 啖呵を切ったのはルテアだった。


国なんてものにまるで執着心のなかった彼女が、こうも勢いよくまくし立てるとは意外だ。


 なんて思ってる場合じゃない。


「無礼者め。陛下に向かって何という口の利き方だ!」


 控えていた衛兵たちが一斉に切っ先をルテアへ向ける。


「貴様ら、揃いも揃って愚か者だらけだな。咎めるべきは私の言葉遣いか? 進言の内容こそ、貴様らの言う不敬に値するのではないのか」


なんで火に油を注ぐようなこと言うのかな……。ルテアの言うことには一理あるかもしれないけど、このままだと君、串刺しだよ?


「……皆の者、武器を収めよ」


「しかし、陛下……!」


「よいと言っておるのだ!」


 父上が声を荒げる姿なんて、久々に見た。それもルテアに向かってじゃない。衛兵に対してだ。


 衛兵たちもおずおずと下がっていく。


「私も民の命を預かる者としての責任は重々承知しているつもりだ。だからこそ、私は王都を戦場にしてでも戦う道を選んだのだ。それを差し引いても、今回の件は貴公にとって目に余るものだったのだろう。こちらが意図していなかったと言えど、貴公ら赤錆傭兵団の助力があったのも勝因の一つだと了知もしている。ここはひとつ、気を静めてはもらえぬか」


王が自国の民でもない流れ者の傭兵に、ここまで丁寧に頼むことはない。これにはさすがのルテアも引き下がった。


「さて、エインズ」


 あ、僕ですか?


「はい、父上」


「お前はどうするつもりだ?」


 すごいアバウトな質問だな……。


 隣国からの侵攻を受けて国は大変な状況だけど、それでも旅を続けるのかって聞きたいのか? 逆に僕には、旅に出てほしいと思ってる?


 でも、こんな不安定な情勢の中で外に出たら、きっと今まで以上の危険が付きまとうだろう。父上はそれを危惧しているのだろうか。


 どう答えても、正解じゃない気もするし……。


「煮え切らないやつだな。王は単に、お前がどうしたいのか聞いているのだろう」


 え、そうなの、ルテア。


 父上は今のルテアの発言、聞いてたよね?


 ……なんか珍しく険しい顔してるなあ。こうも父上の心情が読めないのも初めてだ。


 だけど、いつにも増して真剣な眼差しを感じる。これに関しては、気のせいなんかじゃないはずだ。


 そう、父上が僕に向けているのは期待だ。自分の息子に、こうしてほしいという願望があるのだ。必ずしも期待に添う決断じゃなかったとしても、父上が異を唱えることはないだろう。けど、たぶんがっかりするはずだ。


 この場合、僕が返すべき答えは恐らく、これだ。


「旅を続けます」


「うむ」


 父上の動作はごくわずかにうなずく、それだけだった。


 でも僕には、この返事で正解だったという確信があった。絶対に父上は納得しているはずだ。


 僕がした返事は、字面が語る以上の意味がある。僕自身が抱いていた、最も強い思い。父上はきっと、それが聞きたかったのだ。


「では、必要な物を揃えさせよう。話は以上だ」


 それだけ言うと、父上は玉座を離れて奥の部屋へと入っていった。


「はあ……。お前、わかっているのか? この国は今、戦争をしているのだぞ。王子が国を離れるなど――」


「わかってるさ、ルテア。それに君も、旅することを望んでただろ?」


「た、旅などどっちだっていい。私は与えられた使命を全うするだけだ。傭兵団に対しても、金は払われるそうだしな」


一瞬、たどたどしくなる彼女の反応は、戦場で見る姿と違って可愛げがある。血塗られた鎧で武装していても、中身は女の子なのだ。……そうだと信じたい。


「で、次の目的地は?」


「ああ、アム。それなら決めてあるんだ。前に君が言ってた、国境の地。『業魔』がいるとされる場所さ」


「なるほど。それじゃ、かなりの長旅になりそうだな。支度するか」


 3人は踵を返すと、謁見の間を後にするのだった。

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