タミアの爆発的ランナウェイ
私は侍女のタミアです。ついでに今日は厄日です。
なんと私の雇い主であるモーバリウス王国が、何の連絡もなしに戦争を吹っ掛けやがりました。まだ私がプリスダットの城内にいるというのに!
信じられません。私のことなど、もうどうでもいいという意味なのでしょうか。
そりゃたしかに、エインズ王子が旅に出ると聞いて、地元のチンピラを雇って襲わせて失敗しましたけど……。
あれは私が悪いんじゃありません。護衛は一人しかいなかったのに、10人かそこらの大の男が一網打尽にされたんですよ? チンピラがよほどの雑魚だったか、護衛がどえらい強さだったか、どっちかです。
でも、ここでは言い訳も通用しません。だから私、逃げることにしたんです。
いつまでも城にいたら、モーバリウス王国の軍隊があっという間に攻めてくるでしょう。巻き添えなんてごめんです。
そう思ってこっそり城を抜け出したら、王都は不思議なくらい静かでした。人っ子一人いないのです。それで、思い出しました。城を出るとき、オースティン将軍が言ってたんです。「王都の門を開けて、敵を引き込む。兵を街中に忍ばせて、袋叩きにする」って。
冗談じゃありません。それじゃ、逃げてきたのに私が挟み撃ちじゃないですか。
慌てて引き返そうとしたんですけど、そのとき一人の男を見つけました。
その人はなぜか地面に伸びてました。すごくコロコロしてて小さかったので、最初は子供かと思ったんですけど、変な頭巾をかぶってるんです。気持ち悪い。
私、わかりました。こいつは盗っ人です。王都の混乱に乗じて、城の金品を盗みに来たんです。
許せません。人の不幸に付け込んで悪事を働くなんて、非道です。……え? 私が言うな?
と、とにかく、私はこいつが盗んだと思われる丸い球みたいなものをいくつか拾いました。もちろん、持ち主に返すためですよ? 盗ろうとしてるだなんて、人聞きの悪いこと言わないでください。
で、早いとこ王都から脱出しようと思ったんです。球はあとで戻ってきてからのほうがいいかと思いまして。そしたら私の目の前で門が開きました。作戦決行ってわけです。
最悪です。モーバリウス王国の黒い鎧を着た物騒な連中が、一気に王都へ押し寄せてきました。
そりゃもう、必死になって逃げました。暗殺者と言ったって、私はアグレッシブなタイプじゃないんです。スパイのように潜り込み、役になりすまして機会をうかがう頭脳派です。
そのあとのことは、よく覚えてません。なんせ、後ろでボンボン何かが爆発してるんですもの。振り返る余裕なんてあるわけないです。
拾った球も、城に着いたときには全部なくなってました。せっかく私にも幸運が巡ってきたと思ったのに……ゲフンゲフン。今のは聞かなかったことにしてください。
けど、一つだけいいこともありました。
城の中で怯えていたら、ウィネク女王がやってきたんです。「タミア、探したのですよ」と言って。
無礼を承知で号泣しました。だって怖かったんですもの。
女王陛下はお優しいです。危険が迫っているにも関わらず、こんな私のことを気にかけ、探してくださっていたのです。今でも女王陛下が撫でてくれた感触が頭に残っています。幸せです。いっそのこと、寝返ろうかと思ったくらいです。
戦いの結果は、プリスダット王国の勝利で終わったようでした。もしかしたらモーバリウス王国のキレニア女王のもとへ帰れるチャンスだったのかもしれませんけど、私、心の底から喜んでしまいました。
それもこれも、ウィネク女王が私をたぶらかすからです。
こ、これくらいのことで心変わりしていては、暗殺任務なんて務まりません。
噂によると、エインズ王子が帰ってきてるらしいじゃないですか。
次こそは必ず、成功させて見せます。だからどうか、キレニア様。私の活躍を最後まで見ていてくださいね。このタミア・ミュルヘン。使命を全うし、歴史にその名を刻んで見せます。




