隣国の王とこの国の王子
王都を出て間もなく、平原の方が騒がしくなった。
まず、大勢の喊声。時を待たず、それはどよめきに変わった。
戦場に動きがあったのだ。崖下を移動していた僕は、アムリボーが止めるのも聞かずに上を目指した。
顔を出して様子をうかがうと、先ほどまで整然と隊列を組んで布陣していたはずのモーバリウス軍が、蜘蛛の子を散らしたように散り散りになっていた。
パニック状態の兵士の群れの最中、馬上で怒号を上げる青年がいた。ひときわ白く輝く豪奢な鎧を身に着け、剣を振り回して兵に指示をする青年。彼の声を聞く者は誰一人としていないが、それでも青年は叫び続けていた。
僕はあいつを知っている。軍を率いていたのは、お前だったんだな……!
「プラントン! お前が黒幕だったのか!」
僕の顔を見るや、プラントンはぎょっとした表情になった。幽霊でも見たかのようだ。
しかしすぐに、その目は怒りにとも取れる色に染まっていく。
「おい、誰か、あいつを捕らえろ!」
すっかりお偉いさんだな、プラントン。舞踏会に来たときは、ただ偉そうなだけだったのに。
でも、残念。お前の命令を聞く余裕は、今の兵士たちにはないみたいだ。
「ええい、仕方がない! オレが直々に相手してやる!」
なにが「直々」だ。別にうれしくもなんともない。
そんなことより、父上の国を脅かし、大勢の命を危険にさらした罪、償ってもらうぞ!
「来い、プラントン!」
馬を駆って真っ直ぐ突っ込むプラントン。
それに対し、引き抜いた剣を正中線上に構える僕。
「エインズッ!!」
すれ違いざまに斬りかかるプラントンの刃を剣で受けるも、相手の勢いが強すぎて僕は地面に転がった。
「轢き殺してやる!」
馬を旋回させ、プラントンが野蛮な言葉を放つ。
僕はズボンのポケットを探り、中から麻布製の球体を取り出した。
使い方はイマイチよくわかってないが、たぶん思ってるので合ってるはずだ。
接近してくるプラントンに確実に命中させるため、十分に距離を引き付ける。
「終わりだぁッ!」
狂気じみた形相で迫りくるプラントンに、僕は手に持った球体を思い切り投げつけた。
が、角度が悪かった。地面で上体を起こしての投てきだ。球体は馬の頭に当たりはしたが、逸れてプラントンには命中しなかった。
ドンッ!
プラントンの左後ろで、球体は爆発した。
「おわっ!」
音と衝撃に驚いた馬の前足が絡まったような動きを見せる。
馬はプラントンもろとも、すぐ横を土煙を上げて転がっていった。
もう少し遅かったら危なかった。巻き込まれていたら、無事では済まなかっただろう。
「今の……、魔法か?」
プラントンがやけに落ち着いたトーンで言う。
立ち上がって振り返ると、薄れゆく土煙の中でよろめくプラントンの姿があった。
「お前も魔法が使えるのか?」
その問いの答えはノーだ。僕は黙って首を横に振った。
「では、今のはなんだ? オレはその技を使うやつを知ってるぞ」
「ゴドのことだろう。あいつは魔法使いなんかじゃない。見慣れない道具で戦ってたけど、今のがそうだ。衝撃を加えると爆発する。小型の爆弾みたいなものさ」
「爆弾……。そうか。オレは人選を誤ったようだな。だが、覚えていろ。旅人の候補は他にも大勢いるんだ。伝承を引き継ぐのはお前じゃない。このオレだ」
プラントンは踵を返し、片足を引きずりながら去っていく。
「エインズ、追わなくていいのか? あいつが敵の親玉なんだろ?」
アムリボーが駆け寄ってきて、唾を飛ばして言った。
「いいんだ。またいずれ、会うことになるだろうから」
伝承の旅人になるべく人を集め、最終的には全世界をも手中に収めようとしている王。ゴドが言っていた人物とは、プラントンのことだった。
伝承の旅人には、世界を脅かすほどの力があるのか? だけど、プラントンやゴドに、そんな力があったようには思えない。力は旅をしていく最中に手に入れるものなのだろうか? そしてプラントンは、それを求めている……?
先王はどうなったのだろうか。まさか、息子であるプラントンに謀殺されたのか? キレニア女王は? プラントンは昔から、自分の両親を誇りの思っていたはずだ。
王都のほうから男たちの雄叫びが聞こえる。
「勝ち鬨のようだ」
声のするほうを見ながら、アムリボーは言った。
よかった。プリスダットは勝ったんだ。
平原からも、モーバリウスの兵士たちは徐々に退いていきつつあった。
「城に戻るか? それとも、ルテアを捜すか?」
返事は決まっていた。
「ルテアを捜そう。一緒に城に戻るんだ」
「わかった」
「だって――」
歩き始めたアムリボーが振り返る。僕は彼に笑顔を向けて言った。
「ルテアには、返しきれないほどの借金もあるしね」
「おいおい、俺には何もなしか?」
笑顔を返して言うアムリボーの背中を、僕は追いかけた。




