赤錆傭兵団
……まいったな。
ルテアは頭を悩ませていた。
後方から奇襲をかけたはいい。しかし、プリスダット王国軍は城に籠ったまま出てくる気配がない。まあ、示し合わせたわけでもないので期待はしていなかったが。
戦闘が長引けば、いくら手練れの傭兵集団といえど疲弊してくる。対してあちらは1万かそこらの大軍勢だ。数百程度の部隊では、対応しきるにも無理がある。多勢に無勢というものだ。
それに加え、目下ジャッカルが抑えてはいるが、あのデカブツもいる。
――バルエスダ。どうしてくれようか。
私も戦えなくはない。だが、クレインから受けた腹への一撃のせいで、思うように体が動かない。少し出血もしているようだ。
……潮時か。いったん兵を引き、体勢を立て直そう。
そういえば、久々の戦で気持ちが昂って忘れていたが、あの二人はどこへ行った? 戦場で見かけなかったところから察するに、どこか近くで隠れているのだろうか。
とにかく、今は退却だ。二人とも合流する必要がある。
◇ ◇ ◇
「もうちょっとでケリがついたってのに、退却なんてあんまりですぜ、団長」
「そう言うな、ジャッカル。バルエスダと対峙する機会はじきに巡ってくる」
森に撤退した赤錆傭兵団はひとときの休息をとっていた。確認したところ、被害はさほど大きくなさそうだ。ジャッカルも傷こそ負っていたが、どれも致命傷になりうるものではなかった。
「ま、その腹の傷をつけた相手を倒せたんだから、儲けもんですかね」
木の根元に横たわる青髪の男を横目で見ながら、ジャッカルは言った。撤退の際に連れて来たのだ。もっとも、彼に意識はない。腕がなくなったとなると、応急手当では限界がある。早急に医者に見せなければ、命も危うい状態だ。
「どうすんですか、そいつ。そんなもんの面倒見れるほど、うちも余裕があるわけじゃねえ」
ジャッカルの言う通りだ。負傷者は戦場には連れていけない。敵の追撃がなかったからよかったが、後方にたむろする危険因子を連中がいつまでも放っておくはずがない。他にも負傷者は多数出ているが、動けない者は見捨てていくことになるだろう。
この期に及んでプリスダットに助けを求めるのも筋が違う。それに何より、ここにいる傭兵たちが黙ってはいないだろう。彼らは戦いのために生きているような連中だ。国にすがって得た勝利に、何の価値もありはしない。モーバリウスに下るなど論外だ。
では、どうするか。こういうとき、ルテアがとる行動は決まっていた。
「ジャッカル。こいつらは私が戦うと命じれば勝つか死ぬまで戦い、私が逃げろと命じれば私を殺してでも血を望むだろう。そして私は、今の状況を招いた自分の決断を悔いてはいない。この意味がわかるか?」
「ああ、団長。アレをするんだな?」
ジャッカルの表情が見る見るうちに歪んでいく。私のしようとしていることを察したらしい。
私が赤錆傭兵団を率いるようになったのは、2年ほど前の話だ。とある国の騎士だった私は力を求めるために、この傭兵団に加入した。金のためなら負け戦だろうといとわないスタイル。強さを求める自分には最適の場所だと思った。
あるとき、国同士の戦争に傭兵団は加担した。それまで敗色濃厚だった側につき、来る日も来る日も戦いに明け暮れた。血で血を洗う戦だ。しかし、赤錆傭兵団の功績もあってか、戦況は徐々に変わりつつあった。
傭兵団としては、このまま戦争を続けていてほしかった。戦場という居場所がなければ、自分たちは存在意義を失ってしまう。やがて、誰が言い始めたわけでもなく、敵方に与する者が現れた。
傭兵団内の人間が敵味方双方に分かれれば、戦況は拮抗し、戦いを長引かせることができる。そう考えたのだ。それまで敵だった国に寝返った傭兵たちは、自らを翠巒傭兵団と名乗るようになった。
結果は上々だった。むしろ、負けかけていた国が勢いを盛り返し、国中が血で染まるほど戦いは激化した。
だが、それも長くは続かなかった。いくら戦力が同程度といっても、命のやり取りをするのが戦場だ。はじめは大規模だった戦もどんどん局地的なものへと変化していき、ついに両国は決戦の時を迎えた。
翠巒傭兵団の想像以上の勢いに、赤錆傭兵団は押されていった。形勢が不利になり、勝機がないと見込んだ当時の団長は、団員に撤退を命じる。一時的な戦略的撤退ではなく、完全なる退却。つまり、敗北だ。
私はそれをよしとしなかった。我々は戦いを望んでいる。勝ち続ける限り戦い続ける。それが信条だ。戦場で死ぬことを名誉だなどと、生ぬるいことは言わない。負けて死ぬようなら、そいつがそこまでだったというだけの話だ。
私は団長を殺害した。そして自らが団長と名乗り、団員に命じた。「行け。我々は進めるならば進む。進めなくても進むのだ」と。
もはや鬼と化した傭兵たちは、立ちはだかる敵を濁流のように飲み込み、ついには敵方の国王までも打ち取ってしまう。これを機に、赤錆傭兵団は世に知れ渡ることとなったのだ。傾国の傭兵団として。
つまり、私がしようとしていることは死を覚悟した突撃――ではなく、血に飢えた傭兵たちの望みを叶えること。すなわち、「進める限り進む」だ。ひとたび命令が下れば、もはや彼らに言葉は届かない。戦場は阿鼻叫喚の地獄絵図へと様変わりし、相手の大将首を打ち取ろうとも止まることはないだろう。
エインズやアムリボーが森に隠れているかもとも思ったが、我々が退いてきても姿を見せないところから察するに、恐らく近辺にはいないのだろう。ちょうどいい。
私の行く手を阻む者がどうなるか、目にもの見せてやろう。
「聞け!」
森のこだまするルテアの声で、傭兵たちの顔が上がる。どれも疲れて悲壮な表情をしてはいるが、ルテアにはわかっていた。これから自分がする号令で、彼らがどんな顔になるのかを。
「今再び、このときがやってきた。私が前任者の首を取ったとき、赤錆傭兵団の名の由来を皆は思い起こしたことだろう。返り血で鎧が錆びようとも、我々は止まらない。誰にも止められないのだ! 奮起せよ! 戦いの記憶を呼び覚ませ! 誰であろうと躊躇するな! 我々は、進めるならば進み続ける! 進めなくとも――」
「「「進むのだ!!!!」」」
総勢百余名の傭兵たちの怒号が森中にこだました。
彼らの目の色が変わる。血に飢えた猛獣。悪魔さえ怯えすくむ、地獄の兵団。
最初の突撃とは違って、全員がゆっくりと前進していく。この先に戦略と呼べるものはない。ただ強さを求める武の化身が暴れるだけだ。




