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遭遇、不審人物

 エインズとアムリボーは敵軍のたむろする平原の脇を抜け、海沿いに進んで王都の側面に回り込んだ。内側から見ていたときは自分を閉じ込める檻のように感じられた外壁が、今はモーバリウスの黒い軍勢の前で湛然不動の様相を呈している。これのおかげで、城は安易に攻め込まれずに済んでいるのだ。改めてありがたみを実感する。


 しかし、行く手を阻まれているのは敵軍だけではない。


「どこから入るんだ?」


 アムリボーに尋ねられるが、答えられようもない。


「抜け道があるって話は聞いたことあるんだけど、場所までは知らないんだ……」


「それじゃ、ここで事態が収束するのを待つのか?」


 プリスダットは籠城の構えだ。長期戦になることは間違いない。敵が退くまで、壁の外で待機するのは現実的じゃなかった。


 なら、どうするか。僕が導き出した結論は、イチかバチかの賭けだった。


「入れないからって、正面からはマズくないか!?」


 門の前で僕は懸命に手を振っていた。


「おーい! 僕だ! エインズだ! 中に入れてくれ!」


 包囲されているといっても、外壁にべったり敵が引っ付いているわけではない。迂闊に近づけば、外壁の上から射かけてくる弓のいい的になってしまう。


 案の定、僕たちにも矢の先端は向けられた。


「おいおいおいおい、危ないぞ!」


 アムリボーは隣であたふたしている。慌てふためくヒマがあるなら、君もアピールしたらどうだ? 生きるか死ぬかがかかってるんだぞ。


「何者だ!?」


 外壁の上から兵士の一人が声を張り上げる。その手には、いつでも発射できるようにと引き絞られた弓が握られている。


「だからエインズだって! この国の王子! お・う・じ!」


 上では兵士たちが何やらもごもごと話している。


 信じられないのはわかる。僕が城を出るのも公的には知られていないはずだし、敵軍が目前に迫っているというのに、外から王子を名乗る人物が現れたのだ。状況から見て、罠だと考えてもおかしくない。


「王子! そんなところで何をされているのです!?」


 振ってきたのは、僕も聞き覚えのある女の人の声だった。


「センティ!」


「早く中へお入りください! お前たち、門を開けんか!」


 センティの計らいで、僕とアムリボーは事なきを得た。


「何をなさっているのです!? ご自分の立場をお忘れですか!? というか、こちらの方は!?」


「せ、センティ。ちょっと落ち着いて。順を追って説明するから」


彼女はセンティ・ネル。プリスダット王国軍の近衛兵団を指揮する団長だ。普段は城内の警備が担当なので、僕もよく目にしている。褐色の肌と、長くてクセのある黒髪。目は澄んだ水よりも青く、鎧をまとっていなければ、十人中十人の男が振り向く美貌だと思う。ただ、真面目過ぎる性格が玉に瑕である。


「とにかく、ここは危険です。急ぎ城の中へ」


「彼も連れて行ってかまわないかな?」


「誰ですか、この獣みたいな男は? エインズ王子のお連れ様で?」


 アムリボーが「誰が獣だ」などと反論している。


 怪訝そうな表情で毛皮を羽織ったアムリボーを見ていたセンティだったが、僕が事情を説明すると理解してくれたようだった。納得はしてないみたいだけど。


「今は王都でさえ危険な状況です。城まではわたくしがお送りいたします」


 センティが言うには、王都内に敵の間諜や暗殺者が紛れ込んでいるのだそうだ。すでに、王都を警備していた警ら隊の兵士も、何人かやられているらしい。軍が出陣の準備を始めている城内ではさすがに騒ぎは起こっていないので、王都の警備の応援として近衛兵団が駆り出されているのだという。


 複雑に入り組んだ街中を、蛇のようにするすると抜けていくセンティ。先頭を進む彼女が角を曲がるたびに、姿を見失ってしまわないか冷や汗ものだ。


 噴水と階段のあるちょっとした広場に差し掛かったとき、センティは立ち止まった。手だけでこちらに「止まれ」と合図している。


 フードを被った男が階段の上にいる。街の人間でないことは一目でわかった。服装が特徴的だからだ。やたらとポケットの多い服を着て、背中には黒いマントを羽織っている。子供と見間違いそうなくらい背が低く、体はボールのように丸い。センティが警戒するのだから、子供ではないのだろう。


「暗殺者……?」


 声を押し殺してセンティに尋ねると、彼女は階段の上から目を離さずに言った。


「違います。街は今、次の作戦に向けて住民たちを避難させていますが、アサシンが易々と人目に付くような真似をするとは思えません」


 不意に、その謎の男と目があった。


「逃げて!」


 センティの声と同時に、至近距離で何かが破裂した。


 強烈な光と音で、視界が大きく揺らぐ。


 ――耳鳴りがする。


「――ンズ。エインズ。……エインズ!」


 朦朧としていた意識にアムリボーの大声が無理やり侵入してくる。


 爆発の衝撃で吹き飛ばされたらしい。建物の壁際に背中を打ち付けたみたいで、酷い鈍痛が走る。


 なんだったんだ、今のは。


「あの娘はやられた。ここから逃げるぞ。やつが来る」


 肩を借りて起き上がる。さっきまで自分たちがいたはずの場所に、センティが倒れている。そして、彼女に近づく影。


「センティ!」


「おい、よせ。今の爆発は間違いなくあいつの仕業だぞ! 出て行ったら殺される!」


 アムリボーの言う通りだ。だけど、彼女を助けなければ。


 広場に躍り出た僕を、ポケットだらけの男が凝視する。


「ケケッ。見つけたぜ。あんたがエインズだな?」


「どうして僕の名前を……!」


「後ろの獣野郎が大声で叫んでたろうが」


 あ、そっか。って、納得してる場合じゃない。


「センティには手を出すな!」


「せんてぃ? ああ、この女騎士か。安心しなって。オイラが興味あるのはオマエだけだ」


 ああ、よかった。センティには手を出さないって。アムリボー、もう大丈夫だよ。


 って、違う違う。なんだって? 僕に興味ある?


「そ、それはちょっと予想外だなあ……。僕、男には興味ないんだ」


「そいつは残念だ……ってアホか! そういう意味じゃねえ」


 くそ、さすがに誤魔化せないか。というか、敵ながら見事なノリツッコミだ。


「変な掛け合いやってる場合か! さっさと逃げるぞ!」


「アムリボー……。男にはなぁ、やらなきゃならないときってのがあるんだよ!」


「急にどうしちまったんだ!? 勝てるわけないだろ!」


 彼の言う通りだ。相手の素性もわからない。僕の剣の腕は並以下。勝算があるとは思えない。


でも、センティを置いてはいけない。僕の中で、何かに火がついた。

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