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白騎士ルテアVS青髪のクレイン

「団長! 今回の稼ぎはどんなもんですかい?」


 黒色の鎧ごと敵をぶった切りながら、ジャッカルは言った。


「恐らく、ここ最近で一番だ。なにせ相手は王族だからな」


 ルテアも眼前の敵兵を次々と切り倒して返答する。


「おお! お前ら、聞いたか! 今日の夜は盛大に飲むぞ!」


 毎度のことながら、ただでさえ体の大きいジャッカルが甲冑を着込むと、その図体が何倍にも見える。持つ斧も常人では扱えないほどビッグサイズだ。相手目線だと、巨人を前にしているような錯覚を起こすだろう。


 傭兵団の副団長的ポジションのジャッカルに鼓舞されて、銀騎士たちが一段と声を張り上げる。


 馬に乗った突撃で敵の前衛を瓦解させた傭兵団は、下馬戦闘に切り替えて後方部隊の本隊と戦闘していた。後方部隊といっても、大半が補給部隊だ。数少ない護衛を蹴散らすことなど造作もない。


 なぜ自分がこうまでしてこの国に加担しているのか、ルテア自身も疑問だった。


 稼ぎがよさそうだからと引き受けた王子護衛の仕事だったのに、気がついたら伝承の旅人の一人として数えられていた。


 一家に伝わるカビの生えた伝説は知っていた。自分が白銀の騎士の血を引いていることも。だが、興味はなかった。信じていたかどうかも怪しい。


 それが、ある日突然、現実になった。記憶から薄れかけていた伝承が、色を取り戻して息を吹き返したのだ。


 その実、魔法にも興味はあった。もちろん力を求めるがゆえの好奇心だったが、調べていく内に実在しないという結論に達し、間もなく追究するのをやめた。


 強くなるために極力無駄は省く。それが私の信条だったからだ。


 魔法の存在がにわかに現実味を帯びてきたことで、私の心は揺れ動いた。旅を成功させ、この目で伝説の真偽を確かめる。私の行動原理はその一つに集約していった。


 にしても、あの王子はすっとこどっこいだ。とんだ間抜けである。あれこれ手を貸してやらねば、簡単な謎の答えも出せやしない。下手をすると、小石につまずいただけで絶命するぞ。それくらい無知無能かつ柔だ。


 無理もないか。温室育ちのガキが「旅をしたい」と言って、外の世界で通用するほど世の中甘くない。私は私の目的がある。しばらくは様子を見るとしよう。


 そのためにも、まずはこいつらを始末しなければ。傭兵団を呼び出すのは想定外だったが、王族ともなれば報酬金くらい十二分に用意できるだろう。足に刺さった矢以上にタダ働きが嫌いな連中だ。敵に回せばどうなるか、考えが及ばないほど王も愚かではあるまい。


 あとはこの機に乗じて、攻勢に転じてくれるかが問題だ。兵站を掌握されたとなれば、敵も悠長にはしていられない。さっさと王都に入るか、早々に撤退するのが関の山だ。敵が混乱し、士気を下げているところを両方面から叩けば、勝機はあるだろう。


「ほうほう。誰かと思えば、音に聞こえる赤錆傭兵団のルテアさんじゃあないすか。そりゃあ正規軍が苦戦するわけだ」


敵方にもいい動きをしている輩がいると思ったら、あの青髪。クレイン・リバーサルか。カウンター戦法の。


とすれば、隣のデカいのはバルエスダ・レヂエルトだな。剛力は今も健在のようだ。


「なんだ、その格好は。苔の生えた鎧はどうした?」


 クレインとバルエスダは、もともと翠巒騎士団という別の組織に所属していたはずだ。緑色の甲冑が特徴的で、モーバリウス国内だけでなくプリスダットでもそこそこ名の通った騎士団だったのだが。


「ご主人様に死なれちゃってねぇ。解散したんすよ。騎士団長が責任取るとかなんとかで。食いっぱぐれるわけにもいかねぇってんで、今はご覧の通り、モーバリウスの犬っす」


「モーバリウスの犬であることは、今も昔も変わらんだろう」


「ええ、ええ。その通りっす。でも、わかるでしょ? あんたも騎士道精神なんざクソ食らえって思ってるタイプっすよね? こびへつらうのにも飽きてたんすよ」


クレインはへらへらして頼りがいのなさそうな男に見えるが、これでも一端の剣士だ。適当なことを言いながらも、戦いとなると侮れない。


「騎士道精神をバカにしておいて、今もお前は誰かのために戦っているのだろう。それは私も同じ。戦場でこうして出会ったからには、お互いに命を懸けなければなるまい」


「ま、そうすね。あんたとはできるだけ戦いたくはなかったが、仕方ないっす」


戦争の最中に剣を交えることは、すなわちどちらが死ぬことを意味する。クレインが私との戦闘を避けたかったのも無理はない。そんじょそこらの兵士になら片腕だけで勝てるものの、自分と同格かそれ以上の敵が相手となると、命の保証はない。


さて、百歩譲ってクレインと戦うのはよしとして、バルエスダも同時に相手取るのは不可能だ。ここはジャッカルに頼むしかない。


「ジャッカル! こっちに来い!」


 ジャッカルもバルエスダに引けを取らない体格の持ち主だが、武を競うとなると、バルエスダに軍配が上がるかもしれない。ジャッカルは生粋の傭兵だ。戦闘スタイルは常に現場で学んできた。騎士道に背くとされる卑怯な手法も遠慮なく使うが、まともな戦闘訓練というのを受けてきたわけではない。力で優っているならともかく、互角の騎士が相手だ。無傷では済まないだろう。


「なんでい、お嬢」


「あの青髪の横の大男の相手を頼む。それと、その呼び方はよせ」


「おっしゃあ! 任せてくだせえ!」


 斧を振り回して意気揚々と立ち向かっていくジャッカル。


 彼は臆することを知らない。対多数との戦闘でも、いつもあの調子だ。ジャッカルが一人で出稼ぎに行くと毎回、体中に傷を作って帰ってきた。


 ひとまず、ここはあいつに任せるとして……。


 クレインはすでに戦闘態勢だ。彼の周りは不思議なくらい人が寄り付かない。


 そしてそれは、こちらも同様だった。乱戦の中、二人の間に異様な空間が生まれる。


 こっちから仕掛けるしかない。それだけは明白だ。クレインは必ずカウンターを狙ってくる。あちらから来ることはないだろう。


 剣の柄を握り直し、小さく空気を吸う。


 息を止めたルテアは真っ直ぐに斬りかかった。


 腰をかがめて機会をうかがっていたクレインが、予備動作なしに横移動する。まるで氷上を滑るようだ。


 初撃を外したが、まだ計算内。舞うように反転したルテアが、側面に回り込んできたクレインを薙ぎ払う。


 剣が空を切る鋭い音がして、ルテアの二撃目はかわされた。クレインはさらに腰を低くして、ルテアの剣を避けたのだ。


 ――来る。


 姿勢が極端に低くなったクレインは、剣を鞘に納めたような独特の構えから一撃を放ってきた。


 いずこかの国では、居合斬りという剣技があるという。刃を鞘に納めた状態から放つ、電光石火の反撃技だ。クレインの攻撃はそれに似ていた。


 ルテアも揺らめく炎のように体をくねらせて、間一髪のところで刃を回避する。


 そのまま再び反転したルテアは、勢いのまま突きを繰り出した。


 範囲の広い線の攻撃よりも、食らったときのダメージが大きい点の攻撃のほうが有効な場合もある。突かれた剣は刃物で受け流しづらいし、急所を狙いやすいのだ。


 もらった!


 避けようとしないクレインを見て、ルテアは確実に仕留めたと思った。自分が放った攻撃は、当たる前に確信が持てるものだ。


 しかし、剣が肉を貫く感触が手に伝わってくることはなかった。ルテアの持つ剣の切っ先は、クレインの脇の下をかすめていた。


 クソッ!


 心中で悪態をつきつつも、考えている時間はないと即座に悟る。


 この間合いでは、相手の剣を避けきれない。クレインはすでに居合斬りの体勢に入っている。


 諸刃の剣とはまさにこのことか。肉を切らせて骨を断つ。その状況は相手とて同じはず。


 脇の下に入った剣をルテアは大きく上へと斬り上げた。


 同時に、クレインの腰元から鋭い一撃が迫ってくる。


 鉄のぶつかる鈍い音がして、ルテアは吹き飛ばされた。


 まだ意識はある。腹部に痛みを感じるが、気にしている場合ではない。


 倒れた体をすぐさま起こし、クレインの行方を探す。


 どこだ? どこに行った……?


 斬り上げた剣に感触があったかどうかなど、定かではない。目視で確認しなければ、不意を衝かれるのはこちらかもしれないのだ。


「やるっすねぇ。捨て身じゃないっすか」


 力なく話すクレインの声は、地面に倒れた死体の中から聞こえてきた。


「腕が一本、なくなっちまったっす。こうなりゃ、こっちの負けっすね……」


 どうやらルテアの剣はクレインの左腕を切断したらしい。仰向けに倒れる彼の向こうに、装備を付けたままの片腕が転がっている。


「利き腕は残っている。まだ剣を握れるだろう」


 皮肉で言ったつもりはなかったのだが、クレインはそう受け止めたようだった。かすれた声で笑って、彼は静かに目を閉じた。

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