王都前、戦闘開始
行きの道程とは打って変わって、帰りの先導をしたのはルテアだった。モーバリウスの兵士がうろついていると危険だという理由で、彼女自ら申し出たのだ。
ルテアが先頭で目を光らせていたおかげもあってか、王都近郊までは何事もなくやって来れた。問題は、モーバリウス王国軍に包囲されている王都へ、どうやって入るかだ。
プリスダットの城は後方こそ切り立った断崖絶壁で守られているものの、前方はだだっ広い平原で敵にとっては行軍しやすい地形にあった。城の前に扇状に広がる平野と王都は高い外壁で隔てられているが、裏を返せば、一度囲まれてしまえば袋のネズミであることを意味していた。逃げ場がなくなった王族が最後に行き着くのは敵の手中か、深い海の中なのである。
「おい、どこかに城へ通じる抜け道の一つくらいないのか?」
遠巻きに平原でうごめく黒い軍勢を見ながら、ルテアが言った。
城から王都へと続く抜け道ならいくつか知っているが、街の外に出る道となると、僕も専門外だ。
力なく首を横に振った僕を見て、ルテアが悪態をつく。
「本当に役に立たんな。仕方ない。報酬の話がまだだが、国を救えなくては本末転倒だ」
ルテアはそう言うと、首からぶら下げていた何かを鎧の中から引っ張り出した。
「それは?」
僕の質問には答えず、ルテアは引っ張り出したものを口にくわえ、一息に吹いた。
ピィーッ!
甲高い音が鳴って、僕もアムリボーも顔をしかめる。
「笛だ」
吹き終わったルテアは再び鎧の中にそれをしまった。
言うのが遅いよ。至近距離で聞いたから、耳がイカれるかと思ったよ。
「おいおい、マズいぞ」
そう言ったのはアムリボーだ。顔を青ざめさせて平原を凝視している。
見ると、笛の音を聞きつけたモーバリウスの兵士の一団が向かってきている。数にして50前後。斥候にしてはやけに多い。念のために多めの兵士を投入したのなら、大きな迷惑だ。
「逃げる?」
ルテアに指示を仰ぐが、彼女が動く気配はない。それどころか、口元に笑みを浮かべている。
血迷ったのか、この女。大軍勢を目の前にして闘争本能に火でもついたか?
小高い丘の上に立つ僕たちは、さながら国を救いに来た英雄ってか? 冗談じゃない。これじゃ猛牛の群れに呑まれる哀れな子羊だ。
「白騎士に続けー!!」
聞こえた怒号は前方からではなく、背後の森からだった。
「うおおおお!!」
次いで、空気を揺るがすような雄叫びが心臓に響く。
地鳴りを起こして丘を駆けあがってきたのは、馬に乗った騎士の集団だった。
「どうなってる!?」
アムリボーが傍をかすめながら突撃していく騎士たちに感嘆の声を漏らす。
すごい。その一言に尽きる。ルテアはこれを呼んでたんだ。
銀色の甲冑に身を包んだ彼らはどこから来た誰なのか。ルテアの傭兵仲間だろうか。彼らの掛け声の『白騎士』はルテアのことを言っていたように聞こえた。もしかして、この騎士団の大部隊を率いているのか? そうとしか思えない。笛一つで騎士の一団を動かす影響力を持っているのだ。ただ人ではない。
って、あれ? ルテアはどこだ?
「アムリボー、ルテアは?」
「え? 一緒に突っ込んでいったぞ」
ヤバい。置いてかれた。
もうすでに戦端は開かれ、金属と金属のぶつかり合う音がそこかしこに響いている。
こんな戦場のど真ん中で敵に遭遇したら、ひとたまりもない。
「に、逃げよう!」
「そうだな!」
アムリボーも同様の危機感を覚えていたようだ。僕たちは丘を滑るように下り、激戦区を大きく迂回して王都へと向かった。




