急な報せ
その報せは、突然だった。
「起きろ、エインズ。大変なことになった」
飛び起きた僕の視界いっぱいに、アムリボーの強面が映る。
起きがけにその顔を見たら、誰でも一瞬で目が覚めることだろう。
「なに? どうしたの?」
「いいから支度しろ。お前にとって重要なことだ」
慌ただしく部屋を出ていくアムリボー。
何があったというのだろう。僕にとって重要? まさか、魔法使いになる方法がわかったとか?
アムリボーから聞いた話で、僕は束の間でもそんな風に思った自分をバカだと思った。
「王都が襲撃を受けた。相手はモーバリウス王国だ」
アムリボーは使いの者を一人雇っていて、王都と村を往復させて食料や生活必需品を買い出しに行かせているらしい。その使いが言うには、プリスダットの王城がモーバリウスの軍勢に攻め込まれているというのだ。
「そんな、まさか」
それしか言えなかった。
プラントンか? あいつが来たのはつい最近だし、企みは諦めさせたはずだ。話を聞いたプラントンの両親が報復しに来たとしても、戦争を吹っ掛けるなんて。いくら何でもやり過ぎじゃないか?
「どうする? 王都に帰るか?」
アムリボーは自分のことのように心配している。
「帰りたいのはやまやまだけど、僕が帰ったところで何の役にも立たないんだよね。現時点じゃ魔法も使えないし……」
「バカかお前は。これは魔法が使える使えないの話か?」
口を挟んできたのはルテアだった。彼女は一切の気配を感じさせず、僕の背後に立っていた。鎧という重装備に身を包んでおきながら、物音ひとつさせずによく動けるものだ。
「ルテア、君の言いたいことはわかる。僕は国の王子だ。有事の際には、いつでも出て行けるように備えておかなきゃならない。だけど今は、父上と母上を信じたいんだ。僕は僕のやるべきことをやる。優先すべきはこちらだと思うんだ」
「たわけたことを。宣言してやろう。プリスダットは二日と持つまい。モーバリウスもプリスダットに負けず劣らずの小国だが、あちらは戦争に対する意気込みが違う。いつでも戦いを起こす気でいたのだ。お前は知らんだろうが、モーバリウスはお前が生まれる前から戦争の準備をしていた。生半可な覚悟で勝てる相手ではない」
珍しく、ルテアが饒舌だ。戦のこととなると、この場において彼女の右に出る者はいないだろう。ルテアの意見は貴重なものだ。
「でも、だからって、どうしろって言うんだ。僕が戻っても、返って身を危険にさらすだけなんじゃ――」
国が敗れれば、父上と母上は間違いなく殺されるだろう。次は僕だ。王族の血が残っていたら、どんな遺恨を残すかわからない。そのあと、適当な人物を王に擁立して属国にするか、はたまた完全に併合してプリスダットを地図上から永遠に消し去るか。モーバリウスがどう考えているにしろ、敗北の先に見える未来は明るくない。
「私を連れて行け」
ルテアの口から予想外の言葉が出た。
へ? 連れて行けって、一人でモーバリウスをどうにかするつもりなのか?
たしかに、彼女の戦いぶりのすごさは間近で見て実感している。ごろつきの集団相手に、一歩も引けを取らないほどの凄腕だ。だけど、相手は一国が率いる軍隊だ。一人で戦況を覆せるとは思えない。
これにはアムリボーも口をあんぐりと開けている。実際、彼の口は見えない。髭が縦に伸びているので、そう思っただけだ。
「その、言いたくないんだけど、君を連れて行って何かが変わるのかな?」
「つべこべ言うな。国の存亡がかかっているんだぞ」
彼女は詳細を明かそうとはしない。しかし、その姿勢は断固たるものだ。余程の自信があると見える。
「わかった。ルテアの言う通りにするよ」
「決まりだな」
今のところ、ルテアの指示に従って事が悪い方向に運んだことはない。今回もきっと、彼女には何か秘策があるのだろう。
そんなこんなで、僕はルテアとアムリボーとともに、戦火に燃える王都へと向かうこととなった。




