湧き上がる疑問
「伝承を知ってるなら、4人の旅人がそれぞれどういう名で知られてるかはわかってるな?」
アムリボーが問う。
「東の王、天体を占う者、白銀の騎士、業魔。この4人だよね?」
「そうだ。いかにも。『天体を占う』はまじない師のことを意味している。要はその4人だ。で、ここにいるのは白銀の騎士とまじない師、それから業魔。この認識で間違いないか?」
円卓の席についた僕はうなずいた。ルテアは答えこそしないものの、異論はないようだ。黙って壁際で話を聞いている。
「我々はそれぞれの英雄の血を引き、伝承を受け継いできた。まじない師の俺が伝え聞いた話はこうだ。災いの前触れが起こるとき、東の王が白銀の騎士とともに訪れる。原文はもうちょっと複雑だが、要約するとそんな感じだ。ルテア、あんたは?」
「東の王を業魔のもとへ導け」
話を振られたルテアが短く答える。
「ふむ。俺も彼女も、東の王を導く役目を担ってる。この場所も、伝承の旅人が隠れ家として使っていた家だ。来るときに備えて、俺の先祖が代々守ってきた。で、エインズ。君は東の王ではないと?」
「僕は父上から業魔だと聞いてる。たしかに、うちはプリスダットの王族だけど、それとこれとは関係ないよね?」
「は? なに? 王族? プリスダットの王なのか?」
アムリボーは目を丸くして言った。
「うん。まだ王じゃなくて、王子だけどね」
「王位を継ぐ立場にある、と……」
目の前のまじない師は髭をさすって考え込む素振りを見せる。
「王と業魔……。この二つの役目を同時に担うなんてことがあるのか?」
独り言のようにつぶやくアムリボー。
それに対して、ルテアが異論を唱えた。
「あり得ない」
「そうだ。あり得ない話だ。4人の旅人はそれぞれ異なる役割を果たさなければならない。一人二役など、可能なはずがない。だから今は、彼が業魔だと仮定して話を進めるべきだろう」
そうなると、一つ疑問が残る。
「では、東の王はいったい誰だ?」
アムリボーが口にした、あと一人の旅人が誰か問題。
二人の話から推測するに、まじない師の家で集合するのは業魔以外の三人なのだろう。
「僕たちはあと一人、東の王に相当する人物を捜さなきゃならない。その認識でいいのかな?」
「そのようだ、業魔よ。誰か、王の居所に心当たりのある者は?」
三人の間に沈黙が流れる。二人とも、東の王が僕だと思っていたのだ。居場所を知っているはずもない。
「まあ、そうだろうな。なら、エインズ。魔法で王を捜せるか?」
さも魔法が使えて当然かのように、アムリボーは話を振ってきた。
業魔なら最初から魔法が使えて当たり前なのか?
「いや、僕は魔法を使えないんだ」
正直に告白する。後ろでルテアが鼻で笑った。アムリボーも「え?」と言いかけたが、すんでのところで飲み込んだようだ。
「魔法が使えない、か。何か事情でもあるのか?」
「事情……というか、魔法が使えなくなったとかじゃなくて、使ったこともなければ、使えるって知ったのも最近で……」
「おいおい、そりゃとんでもないカミングアウトだな」
気まずい沈黙が流れる。
……僕が悪いのか? 旅をして、最終的に魔法が習得できるとかじゃないの?
「まあ、今すぐ魔法が使えなきゃ世界が滅ぶってわけでもない。業魔が魔法を使えない件に関しては、しばらく保留しておくか」
アムリボー。君、ちょっと僕に幻滅してない? 僕だって早く魔法が使えるようになりたいさ。この場にいる誰よりも、その気持ちが強い自信もある。
「で、どうする? 東の王の所在も不明。業魔は魔法を使えない。まじない師の俺は、まじないのやり方を知らない。まともなのは白銀の騎士だけか」
彼の言ったことを頭の中で反芻すると、なんだかとんでもない状況に陥っている気がする。こんなメンバーで災いを鎮められるのか?
あと、付け加えとくと、ルテアは肩書き通りの人材かもしれないけど、性格に難ありだ。
「で、名前だけのまじない師は、どうして地図なんか広げたんだ?」
ルテアが口を開いた。お馴染みの、呆れたような口調だ。でも、自分だけが伝承通りの力を持っていると鑑みれば、妥当かもしれない。
「ああ、これは、だな。俺の役割として、ここに集まった3人を業魔のもとへ案内するっていうのもあってだな。持ってきたはいいが、当の本人が目の前にいるんじゃ、意味ないな」
「ちなみに聞くが、業魔はどこにいる予定だったんだ?」
「ここだ」
アムリボーが指さしたのは、プリスダット王国領内の、ここから正反対の位置だった。地理的には隣国のモーバリウス王国との国境だ。
「お前たち二人が大して役に立たないなら、そこに行ってみるしかないだろう。『本当の業魔』に会えるかもしれないしな」
皮肉めいた言葉を残して、ルテアは部屋を出ていこうとする。
「そりゃそうかもしれないが、今日はもう遅い。ここで泊まるといい。それに、この部屋には夕暮れ時しか入れないから、今出ると戻れなくなるぞ」
アムリボーの言葉で踵を返したルテアが「どこで寝ればいいんだ」と不機嫌そうに尋ねる。
アムリボーの話では、4人の旅人の隠れ家として機能していたこの家には、ちゃんと一人一人に個室が用意されているのだそうだ。
僕も部屋の一つに案内された。
食事に関しても、アムリボーが作ってくれた。その時点で、僕は心底ホッとしていた。ルテアといつまでも二人旅をしていたら、こんな暖かみのある食事とふかふかのベッドにはありつけなかったかもしれない。
衣食住のありがたみをひしひしと感じながら、僕は寝床に入ったのだった。




