書き置きの謎
もうじき日が暮れる。このままでは無人の村で一夜を明かす羽目になる。依然としてルテアが手を貸してくれる気配はないし、魔法陣の謎も解けそうにない。
僕はまじない師の家の前に戻ってきていた。
「ねえ、何か思いつかない? 僕一人じゃ限界みたいなんだ」
ダメ元で、ルテアに助けを求めてみた。この際、罵声を浴びせられてもいい。代わりにヒントになるような何かを教えてくれさえすれば。
「馬鹿か、お前は。私に聞いてどうする。旅の目的が何か知らんが、理由があるのだろう。お前ひとりの力で続行できないようなら、やめてしまえ」
ルテアの発言は、悔しいけど正しい。
正直、甘く見ていた。魔法使いになれると浮かれて、他のことに一切目が言っていなかったのだ。
城にいるときは、身の回りの世話は全て侍女がしてくれていた。食事も用意されるし、衣服はいつも新品同様に手入れしてくれる。
出発の前に先立つものとして、いくらかのお金は持ってきていたが、人がいないのでは無用の長物だ。今のまま、何の進展もなくここで寝ることになれば、泊まるところはおろか食べ物すらない。
昼間の襲撃にしても、ルテアの力がなければ、絶対に切り抜けられなかった。身の安全が保証されているだけ、僕の旅はマシだといえる。
加えて、この体たらく。見知らぬ世界に出るのに、何の障害もなく進めると思うほうが愚かだ。
謎解き要素があるなんて予想外? そんな言い訳は通用しない。自力で打開しなければならないのだ。
考えが甘すぎた。僕はあまりにも世間知らず。困ったら誰かに助けてもらおうだなんて、虫がいいにもほどがある。
「後悔しているのか」
ルテアの言葉が、何も言い返せずに立ちすくむ僕に対する同情じゃないことはすぐにわかった。
「僕は、何も見えてなかった。自分があまりに恵まれすぎて、何もかもが当たり前だと思っていた。だけど違ったんだ。ちょっと壁にぶち当たっただけで、このザマだよ。どうすることもできなくなってしまう」
「弱気だな。お前もゆくゆくは一国を背負う立場になるのだろう? 伝承の英雄が、聞いて呆れる。お前のようにメンタルの弱い英雄など、災いを止めるどころか旅を終えることすらできんだろうな」
ルテアも本当の伝承を知っているのか。たしかに、僕みたいなのが旅人の一人では、他の3人も災難だ。
それなら、どうするんだ? 城を出たその日に、僕は諦めるのか? 旅は想像以上に大変でした、仲間を見つけるなんて不可能です、とでも言って?
それではあまりにお粗末だ。魔法が使えるようになるとわかったときは、あんなにはしゃいでたじゃないか。
これしきのことで、旅をやめてなるものか。むしろ、これくらいのことでやめるような旅なら、最初からしないほうが賢明だ。
「まったく、世話の焼ける王子だ……」
ため息交じりに言うルテア。押し殺したイライラが、鎧の隙間からあふれ出ているみたいだ。歩くルテアの苛立ちを代弁するかのように、ガチャガチャと鎧が音を立てる。
「どこに行くんだ?」
一瞬、見捨てられるかと思った。だけど違った。
ルテアは村の中心にあるオブジェの根元に立った。
「そこにいろ。もうじき日が暮れる」
言っている意味がわからなかったが、とりあえず言われた通りにする。
まじない師の家と思しき軒先に立って、僕はルテアの次の行動を待った。
「書き置きには『東の王』とあったのだろう? それは恐らく、お前のことではないが――。まあ、この際だ。代役を務めてもらうとしよう」
伝承にも『東の王』は登場していた。ただ、ここにいるのは『白銀の騎士』と『業魔』だ。『東の王』が書き置きと同一人物を指しているなら……。
まさか、ルテアは書き置きの内容を再現しようとしているのか? 『東の王に凶兆あり。黒き魔の手が迫りしとき――』。
頭にフレーズが思い浮かんだとき、周りが途端に暗くなった。いや、そう感じただけで、実際には違う。広場の中心にあったオブジェが斜陽に照らされ、こちらまで影を伸ばしていたのだ。
「金色の眼は開かれん……」
振り返った僕の目に、まじない師の家の扉が映る。
オブジェの先端にはめられた水晶が陽光を集め、扉の中心のガラス玉を金色に染めていく。
導かれるように扉を開くと、昼間見た光景とは別世界が広がっていた。




