盗賊襲来
「下賤な輩というのは、どこにでもいるものだ」
これは、オルム村へ向かう道中で遭遇した盗っ人たちにルテアが言った言葉だ。
僕を護衛してくれている銀の甲冑をまとった騎士は、父上の言う通り一流だった。
「グアア! なんてヤツだ。まとめて3人も斬り殺しちまった!」
「クソ、護衛は一人とか言っといて、バケモンじゃねぇか!」
腰の曲がった貧相な男と、がたいの大きいリーダー格の男が口々に叫ぶ。
まさか城を出て早々に襲撃を受けるとは思ってもみなかった。人気のない街道を歩いていた僕とルテアは、立ちどころに複数の盗賊に囲まれてしまったのだ。
しかし、ざっと見た感じ10人はいようかという賊の集団相手にルテアは一歩も引かなかった。それどころか、自ら剣を抜いて立ち向かっていく。
後ろで肩を震わせて見ていることしかできない僕の前で、ルテアは瞬く間に3人の敵を切り伏せた。
圧倒的な強さだ。相手が武装していようとお構いなし。重たい甲冑を着ているのが嘘のように、ルテアの身のこなしは軽やかだ。
「おい、お前ら、ボーっと見てないであいつをどうにかしろ!」
リーダー格の男が片手に持った斧を振り回して手下に命令する。
「ルテア! 大丈夫?」
僕にとっては絶体絶命。頼みの綱はルテアだけだ。
「うるさい! 何もできないなら、黙ってそこにいろ!」
その通りだ。護身用に持たされた剣を思い出して引き抜いたけど、実戦経験なんてない僕が行っても足手まといになるだけだろう。
それにあの様子だと、ルテアも余裕というわけじゃなさそうだ。剣を下ろして脱力した風には見える。でも、その顔は真剣そのもの。僕の問いかけに対する答えも、緊迫した雰囲気が感じられる。
今度は6人がルテアの周りを取り囲む。
真っ先に切り込んできた一人を疾風のような一撃で斬り倒し、流れるようにもう一人に斬りかかっていく。
舞うように戦うルテアの姿に見入っていた僕は、腰の曲がった男が遠回りに近づいてきているのに気が付かなかった。
「グヘヘ、捕らえたぞ。お・う・じ」
後ろから掴みかかられて、耳元に気味の悪い息がかかる。
「おい、離せよ!」
言っても無駄だとわかっていながら、こういう局面になると言ってしまうものだ。
「お前を人質にして大金を稼ぐのだ。グヘヘ。大人しくしていろ……」
僕は人質――ってことは、殺す気はないんじゃないか?
「おい、そこの騎士! 王子は捕らえたぞ。武器を捨てて降参しろ!」
だああ。耳元で大声出すなよ……。
命の危険がないとわかって、僕は妙に安心していた。むしろ、心に少し余裕ができたくらいだ。
ルテアはというと、取り囲んでいた6人すべてを切り捨てたところだった。返り血を浴びた甲冑と血走った目のせいで、狂気じみたオーラを帯びている。
「グヘ……。妙な真似したら、すぐに王子を殺すからな」
僕の背後で腰の曲がった男が身震いしているのがわかった。ルテアの殺気に気圧されているのだ。
ふと、僕は思った。背中でしがみついてきているこの男、遠くから見た感じだと小柄で背も低そうだった。
リーダー格の男がかなり大きな体つきをしていたので、対比でそう見えただけかもしれないが、力はそんなに強くないんじゃないか? 体重をかければ、どうにかなるかもしれない。
僕は一息に、前屈みになった。
「グエッ!?」
耳障りな呻き声とともに、背後の男が持ち上がる。
弾みをつけて思い切り仰け反って倒れこむと、下敷きになった男からバキバキという木の折れるような音がした。
「アギャアァァァッ!?」
拘束していた腕がなくなったので起き上がって見てみると、背中の曲がった男は背筋の伸びた男になって泡を吹いていた。
「ウガッ!?」
野太い声がしてルテアの方を見ると、リーダー格の男が仁王立ちの状態で固まっていた。その胸から、鋭い切っ先が突き出している。
胸から剣が引き抜かれ、うつ伏せに突っ伏した大男の後ろから、ルテアが姿を見せる。
「よかった、無事で」
僕が声をかけるとルテアはつかつかと歩み寄ってきて、剣先をこちらに向けた。
「なぜ捕まった? そこにいろと言っただろ!」
「動いてはないよ。こいつが近づいてきているのに気が付かなかったんだ」
少しの間があって、ルテアは剣を鞘に納めた。
「次からは気をつけろ」
口調は荒っぽいけど、ルテアなりに心配してくれたのだろうか。
「ありがとう」
僕はいろんな意味を込めて、ルテアに礼を言った。
ルテアが守ってくれなければ、僕は今頃どうなっていたんだろう。人質として捕まって旅は終わりを迎えましただなんて、父上より情けないし笑えない。
僕は先に進むルテアの後を走って追いかけた。




