3人目
次の日、魔法陣の上に再び、ジークが立っていた。
「フィル。来たよ」
「あなたはどなたですか?」
「ジークだよ。昨日会ったじゃないか」
「あなたはジーク様じゃないです」
「エエー。何でそんなこと言うの?」
「ジーク様じゃないです。違う人です」
「俺はジークだよ。どこか違う?」と困ったように言う。
「違いませんが、ジーク様でなければ、もうお一人のご兄弟ですね」
と言うと深々とお辞儀をして、
「初めまして、マユリと申します」 と微笑んだ。
「フィル。何でこの子、分かるの?」
驚いた顔の3人目のフィルが、ベッドの上のフィルに聞いた。
「本当に、どうして分かったの?そいつは三つ子の1人、シリウスだよ」
「改めて、初めまして、シリウスだよ。よろしくね。マユリ」
胸に手を当て、優雅に貴族の礼をすると、菫色の瞳がじっと、マユリを観察するように細められた。
シリウスは驚いていた。
三つ子を見分けられる人間は、今まで母親以外に1人も居なかった。
フィルは痣があるため分かるが、今もジークとシリウスを見分けられる者はいない。
それなのに、この娘は昨日会ったばかりなのに分かったみたいだ。
何故分かったのか、是非聞きたい。シリウスがそう考えるのも当たり前のことだった。
「理由は分かりませんが、分かります」
「なんだよ。それ」
「シリウス。君、何しに来たの?」
とフィルが聞けば、シリウスは真剣な表情になり、フィルの傍に立つと腕を掴んだ。
「触れた。弾かれない。おい!やったな!」
泣きそうな顔で、フィルの頭をぐしゃぐしゃにして、その体を抱きしめた。
「でもまだ、体が動かないから、マユリに迷惑をかけているんだ」
マユリは笑顔を向けられて赤くなった。
「迷惑なんて……。 あの、今から食事なので、シリウス様もよろしければ、いかがですか?」
「マユリの料理は美味しいから、食べないと損だよ」
「そんなことはないですが…… 」 と言いながら食事の準備をする。
マユリは熱いポタージュを一匙ごとに冷まして、フィルの口に運ぶ。
一口ごとにフィルは「美味しい」と目を細めて笑う。
「おい。何だ、それ? 食べさせてもらうのか?」
呆れたとばかりにシリウスが言う。
「だって、手が動かないんだから、仕方ないでしょう。」
「少しでも沢山食べて、早く元気になって下さいね」と2人で笑い合う。
(子供みたいな女の子が、大人の男の世話をする? いいのか? 子供にこんなことをさせて。)シリウスは思った。
「私が食べさせよう」
「嫌だよ。マユリに食べさせてもらうと、2倍美味しんだから」
「また、訳の分からないことを…」
「本当さ。嘘だと思うなら、試してごらんよ」と言われれば、
「そんなことある訳ないだろう。仕方ないなぁ。試しにマユリ一口くれる?」
「まったく。そんなことありませんよ」
(昨日と同じ話の流れですね。同じ顔の人は同じことをするのかしら。そして、きっと同じ結果。なんだろうな)
そして、結果は「何でだ。美味しい」 というシリウスの言葉で終わった。
「マユリ、甘やかし過ぎじゃないか?」
「羨ましいだろ。私の妹は本当に凄いんだ」
フィルの世話を焼くマユリの手際は非常に良くてよどみがない。そして、本当にかいがいしい。呼ばれれば嫌な顔一つもせずに嬉しそうに用事をこなす。
(妹なら、私の妹でもあるのに。フィルは……。しかし、このマユリ。子供みたいなのに、やることは大人であまりに都合がいい。出来過ぎた状態だが、ここの結界は邪悪な人間は弾くはずだから、ここには居られないはず。この巡り会わせは幸運と言うべきなのか。このままごとの様な2人は何だ。答えは出ないが、しばらく様子を見るしかないな)と考えた。
「父上と母上に報告するから、とりあえず帰るが、必要な物はあるか?」
「物は要らないけど、報告は私の体が動くようになってからでいいんじゃないか?」
余り気乗りがしない表情でフィルが言った。
「報告は仕方ないでしょ。まあ、また来るから」
シリウスは魔法陣の上に立つと、手を振って消えた。
「三つ子ってここまで似るんですね。分身しているみたいです」
「うん。本当に、母上以外で私達を見分けた人は君が初めて。驚いたなぁ。3人を見分けられたかなぁ。今は私だけ違うんだけどね」と笑った。
その次の日。
「来たよ」 同時に2人の声がした。
ジークとシリウスが2人、同じ服を着て並んで立っていた。
「どっちがどっち? 当てたらご褒美を上げよう」と同じ顔で笑う。
「はい。右がジーク様。左がシリウス様」 2人を一瞥しただけで答えた。
「正解だ。何で、何で分かるんだ。マユリは妹だな」 2人が頷き合って言った。
フィルも分かったマユリに驚きを隠せない。
「そう言われましても……。取り合えず、お二人ともパンケーキいかがですか?」
「やったー!マユリ。パンケーキ焼いてくれるんだ。最高だ」
嬉しそうに、笑うフィルに
「当然、俺達の分もあるよね」 ジークは食べる気満々だった。
熱々のパンケーキを2人の前に置くと、もう一皿を持ってフィルの横に座る。
「うーん。美味しいね! これ何度食べても飽きないよ」
口一杯に頬張り、満面の笑みでマユリに次の一口をねだる。
「ねぇ。あいつどう思う?」
ジークとシリウスが頭を寄せ合って、ひそひそと声を潜めて小声で話す。
「そうだよね。ちょっとおかしいよね」
「どう考えても俺達の感じなら、違うよね……」
「それにしても、このパンケーキ旨いな」
「うん。食べ終わってから、確かめようか」 小声で話していた2人が頷き合った。
「ご馳走様。マユリ。お茶くれる?」
と言ったフィルの両側から、ジークとシリウスが2人でマユリの腕を掴もうとした。
咄嗟にフィルが横に居たマユリを抱き込んで、後ろに飛び下がった。
「やっぱり動ける。この嘘つきが!」
と両サイドからフィルの頭を2人がかりでぽかぽかと叩いた。
マユリは、突然フィルの胸に密着するように抱きかかえられたため、驚き過ぎて意識が一瞬飛び、ぐったりとしてしまった。
「マユリ! しっかりして。どうしたの?」
「お前がこの子を騙しているのが悪い。噓つき!」
「いつまでこんな甘えた生活をするつもりですか。恥ずかしい」
(頭の上で同じ声が言い合っている。1人で喧嘩するなんて器用なことだな)とマユリがぼんやりとして考えていると
「だって、だって……。マユリに甘やかされるの凄く、気持ちがいいんだ……」
「そんな、しょーもないことで、心配させて。しかし、甘やかされるのは、ちょっとだけ羨ましいかな?」
「そうだろう? マユリはとっても上手に甘やかしてくれるんだ。すごーく、気持ちが良くて幸せなんだ」
「お前。幾つだ。マユリは年下だろうが」
「妹に甘やかされる。ちょっといいかも」
「ジークは分かってくれるね!」
「いい加減にしろ! この馬鹿共」
思わず、クスリと笑ってしまった。
「あっ。気が付いた」
目を開けると、心配そうな顔をしたフィルと、安心したようなジークとシリウスが居た。
「大丈夫?」
と言ってフィルが両手で手を握る。
恥ずかしくて、手を引こうとするとフィルは余計に力を込め、顔を近付けてくる。
(近い。近い。 顔が近過ぎて、息苦しい。そばに来ちゃダメ)
内心、冷や汗をかきながら頑張って手を引き抜くと
「フィル様。あのですね。私は男性とお付き合いしたことはなく、ましてそばにこんな綺麗な人もいませんでした。そして私の居た日本はすごーくスキンシップの少ない国だったんです。本当を言えば、あーんも手を握られるのも恥ずかし過ぎるんです」
「でも、私の妹でしょ。抱っこしたり、エクボをつついたり、フワフワのほっぺを撫でたり、手をつなぐ位、いいでしょ?」
「ですから、恥ずかし過ぎるので、止めていただければ助かります」
「嫌だ。手をつなぎたいし、あーんもして欲しい。私のこと嫌いなんですか?」
捨てられた子犬の様にひどく寂しげな様子で、じっとマユリを見つめる。
「馬鹿言ってるんじゃない!」 ジークとシリウスが怒鳴った。
「マユリ、こんな奴ほっとけ。ダメ男」
「もう、こんな所に居なくていいよ。家に連れて帰る。このままでは、フィルにこき使われて、又倒れてしまうよ」
「2人ともひどい! マユリは私の妹なのに」
「お前の妹は俺達にも妹だろうが! 働かせ過ぎだ」
「お2人とも、私は働き過ぎではないです。恥ずかし過ぎて心が持たないだけです。フィル様を嫌うなんてあり得ません」 うつむいて小さな声で言うと、
「嫌いじゃないなら、これまでと一緒でいいってことだね。嬉しい!」
と言ってマユリを抱きしめ、マユリは再び意識を失くしてしまった。