城に帰れば
2人でゆっくりと話をして、森の家で過ごす静かな夜が明けた。
「おはよう」
と笑顔でフィルに挨拶ができることが何だか嬉しかった。
「さぁ。城に行く準備をしないと。戦闘が始まるぞ」
「戦闘ですか?」
「今日から戦いが始まるんだ。でも私は負けないからね」
ニッコリと笑うフィルの後ろに何だか黒い靄が見える気がした。
(戦闘? 何? どういうこと? 誰と戦うというのかしら、何があるの? 分かりません)
「マユリ。今日は母上の所にまず行くからね」
「はい。私も昨日のお話をきちんとお聞きしたいと思っていました」
「ああ、何を言われるやら。 母上は。マユリ、言質を取られないように気をつけてね」
(言質って何? 王妃様もフィル様も。昨日から何を言っているのかしら。どういうこと?)
「大丈夫だよ。私が守るから」
「フィル様。守るって……、 そんなことが必要なのですか?」
「何を言われるか、予想できないからなぁ。 気を付けようね」
フィルがマユリの頭をポンポンと撫でて言った。
(王妃様も城の皆様も親切なのに、言質とか守るとか、結婚の話なんか冗談に違いないのになぁ)
何だか力の入ったフィルの顔を見上げながら横に立っていると
「じゃ。行こうか」
とフィルがマユリの手を引いて森の家の転移陣の上に立った。
魔法陣が白く光って、次の瞬間には城に移動していた。
城の転移陣の横に立つ警備の騎士に2人で軽く会釈をすると、
直ぐに王妃の執務室に行くように伝えられた。
城の朝の廊下は多くの人々が忙しそうに行きかっている。
それでもフィルとマユリの姿を認めると、すれ違う人達は皆少し立ち止まって2人に笑顔を向けて小さく頭を下げる。
(流石だな。フィル様は人気者だわ)
少し嬉しくなって、マユリも笑顔で人々に会釈を返して歩いていた。
さして時間もかからずに朝の喧騒を抜けて王妃の執務室まで来ると、
侍女に部屋の中へと案内された。
そこには笑顔の王妃が待っていた。
「来たわね。待っていたわよ。逃げずに思ったより早く来たわね」
王妃にソファーに座る様に指示され、2人は揃って腰を下ろした。
「早速だけど、あなた達聞きたい事があるのでしょう?」
「そもそも何を考えているのですか? あれはどうゆう意味でしょうか?」
「あら、昨日ジークが話したでしょう? 言葉のままよ」
王妃は両手の指を組合わせて、その手の上に顎を乗せてこちらをじっと見て言った。
「マユリは今迄通り、私の傍に居れば問題はないと思いますが」
「うふふ。それがね、結婚希望者が他にも一杯居たの。
一応誰にでもチャンスは上げないといけないと思ったの」
王妃はマユリに視線を向けて微笑んだ。
「余計なことを。マユリの気持ちはどうなるのですか?」
顔を顰めてフィルが言えば、
「あなたがそれを言ってもねー」
王妃が悪戯っぽく顎に人差し指を当てて小首を傾げる。
何となく、不穏な親子の会話ではあったが、美形の2人が並んでいるとまるで映画を見ているようだった。
(王妃様ってなんて美形で可愛い方なんでしょう)
と自分の話なのに、自覚もなくじっと見惚れていると、視線がこちらを向いた。
「うふっ。 マユリはモテモテですからねー。 これから旦那様選びよ。楽・し・み」
王妃の爆弾に、マユリは思わず大きな声になった。
「旦那様? 私庶民です。王妃様。 立場が違います。 あり得ないことです」
焦って王妃に訴えたが、
「身分なんて関係ないわよ。 誰でもいいのよ。
皆、女性としてのあなたを、妻として傍に居て欲しいと望んでいるわ。
自分の気持ちに向き合って、ゆっくり考えて選んで欲しいの」
王妃は真剣な表情でゆっくりとマユリに言った。
王妃の言葉に戸惑いを隠せなかったが、
「私が選ばなかったら。 選べない時は本当に王妃様が誰かを選ぶんですか?」
「選んであげるわよ。相応しい人を。大人の眼で」
マユリは考え込んでしまった。
「必要ないです。選ばなくていいです。マユリは私の妻になるんですから」
フィルはマユリを抱き寄せて言った。
突然のことにマユリは顔を赤くして、両手でフィルを押して離れようとするがまったく動けない。
困った様にフィルの顔を見上げた。
「フィル。あなたね。愛って片道では虚しいわよ」
呆れた顔で王妃がため息をついた。
「マユリ自身の気持ち。分かっているのかしら?」
「一緒に居ることはマユリも望んでいます。私は他の者達とは違いますから」
「そういう事ではないの。男性として愛せるかということなの。
マユリがあなたを大事だと思っている事は間違いないけど、それは異性としてかしらね」
王妃はじっとフィルを見詰めた。
「あの。フィル様はとても大好きで大事な方です」
「じゃ、マユリは自分以外の人とフィルが結婚しても悲しくない?」
王妃がマユリに聞いた。
「私なんてどうでもいいのです。フィル様が幸せであることが一番です。
結婚は好きな人とするべきで、こんな私では…ダメだと思います」
フィルは驚いて目を瞠った。
「ほら。マユリはあなたの事を男というより、家族として大事に思ってる。自分よりもあなたを守ろうとしているの」
「でも…、これからは私が傍に居ますから、私が守ります」
「馬鹿ね。フィル。あなたが今迄どれだけ彼女に守られてきたと思ってるのかしら?」
マユリ。あなたが彼を救ってくれたのよ。私はあなたに幸せになって欲しい。
あなたが愛したいと思える人をきちんと選んで欲しい。
その上で男性として選ばれたら、フィル自身も幸せになれると思うの」
「母上。建て前はそうでしょうが、本当はマユリで遊ぼうと思っているのでしょ?」
「確かにね。少しはあるわ。マユリが誰を選ぶか、楽しみですもの
でもね、フィル。ゆっくり考える時間がマユリには必要なの。大人になるために」
王妃はマユリに優しい微笑みを向けた。
「マユリ。もう帰ろう。城に居ると何をさせられるか分からない」
フィルがマユリの手を引いて立ち上がると
「あ、待ちなさい。もう森の家には帰さないわ。嫁入り前の娘と2人だけで暮らすなんてどれだけ外聞が悪いか。
もう転移陣は閉鎖したから。これからは城で暮らしなさい。
あなた。それでマユリを守る? ホントに笑っちゃうわ。
世間はマユリをあなたの愛人と言うわよ。ホント、世間知らずのお馬鹿さん」
思いもしなかった常識を知って、フィルが固まってしまった。
「まあ、あなたも森の家で長く1人で居たから仕方ないけど、マユリの為にも常識を学びなさい」
王妃からの鶴の一声だった。
そして2人は森の家に帰ることは禁止され、城で暮らすことが決定された。
短い時間だったが、何だかひどく疲れた時間だった。
マユリ達が以前使っていた部屋に戻れば、ナネット達が満面の笑顔で待っていた。
「お帰りなさいませ」
「帰って来てしまいました。また、よろしくお願いいたします」
頭を下げるマユリに
「では、いつものようにお茶をご用意致しましょうね」
ナネットが微笑んで言った。
私の拙いお話がどなたかの暇つぶしになると嬉しいです。




