王妃の伝言
「惚れていいぞ」
思いがけない言葉に思わず顔が赤くなり、両手で頬を押さえる。
アレンは口角を上げて面白そうにマユリを見る。
(こうして改めてみると、アレン様ってば本当にカッコいい。背も高くて綺麗なお顔で素敵。いつも私を助けてくれるヒーローで、魔法の天才で、その上にとても優しい。惚れるのは当たり前ですよね~)
まじまじとアレンの顔を見つめてしまった。
そんなマユリをほっておいて振り向くと、アレンはおもむろに3つ子とシオンをテーブルの周りに坐らせた。
「でな、王妃様からの伝言だ。命令でもある。4人共しっかり聞け。
『マユリは私の娘。3つ子の誰かのお嫁さんになるなら話は簡単。3人の誰でもいいわよ。
そして、3つ子じゃなくシオンやアレン、他の誰かを選んだとしても、私の娘として王家から嫁に出します。
マユリが成人するまで、1年位あるでしょう? ゆっくり、自分の目で夫を自分で選びなさい。
そして、皆これからマユリに結婚相手として選ばれるように頑張りなさい。
誰をマユリが選ぶか、これからが楽しみだわ』
と言うことだ。それで、俺も数に入っているらしい。
マユリ、お前は1年掛けて夫を選ぶんだ。これからよろしくな」
と3つ子とシオンを交互に見て苦笑する。
「そ、それって、どういうことですか?」
「そのまんま。夫を選べばいいんだ」
「アレン様やシオン様って……。夫って…。私が選ぶって」
あり得ない自分の結婚話に絶句してしまった。
そのびっくりした顔を見て、アレンは大笑いをした。
「でもな。1年と言わず俺の所なら直ぐに嫁に来ていいぞ。俺は大人で、なかなかに強い魔法使いだからな」
とマユリの頭をポンポンと撫でた。
「駄目です。マユリは今日から私と暮らすんですから」
フィルが目を三角にして、アレンを睨む。
「そうか、そうか…。 今から俺達の嫁取りのレースが始まると言う事だな」
真剣な顔でジークが大きく頷くと、シリウスも大きく頷いていた。
「そうだな。今はフィルが先頭だが、これからだね。1年なら私にもチャンスがある。同じ顔で同じ声、同じ姿だ」
「それなら私も。3つ子なんかに簡単に渡すつもりはないよ」
シオンも美しく笑って宣言する。
「皆。何を言っているんだ。マユリは今日から私の傍に居るんだ。他の誰かの傍じゃない」
フィルが周囲の男達の言葉に驚いて言うが、
「おい。マユリはもう子供じゃないんだぞ。
成人前の娘と2人だけで暮らすなんて。マユリの将来を考えろよ。
周囲の人間がどう噂するか? これだから、お前は考えなしと言われるんだ」
シリウスが呆れたようにフィルの胸を指差して言った。
「大人として、保護者と言うなら、マユリに傷をつけるような行動は駄目だろう」
「この前まで、一緒に暮らしていたのに……。今更じゃないか」
「世間はこれからそう見る、ということさ」
シリウスが少し悲しそうにマユリに目を向ける。
マユリ自身も思いがけない話になり、驚きを隠せない。
(フィル様と2人で暮らすことが外聞が悪い? 駄目な行動? 今までここで暮らしていたのに。これからは一緒に居られないのかな? 私はここで暮らせない? では、これからどうしたらいいの? また城に戻らないといけないということかしら? 今日ここに帰って来たばかりなのに)
どうすることが正解なのか分からず、困って思わずフィルの顔を見上げた。
「まぁ、今日だけは許してやろう。今晩は2人でゆっくりしたいだろう? こらからを考えるためにもな」
アレンが冷えてしまったお茶を飲み干して、固まったように立ち竦む2人に言った。
「お前達にはこれまでの事があるんだから、王妃の話も合わせてよく考るんだぞ」
フィルとマユリは顔を見合わせて頷いた。
「マユリ様。私は城に戻ります。お部屋でお待ちしてますからね。また、明日お会いしましょう」
「マユリ。城で待ってるぞ。来たら俺の所に顔を出せよ。でないと、こっちに来るぞ」
ジークが少し意地悪そうにマユリの額を人差し指で押した。
「マユリ。今迄話をする時間は少なかったけれど、私のしている仕事も見て欲しいな」
シリウスが少し恥ずかしそうに言った。
「マユリ。私はいつでも君の味方だよ。そして一番の理解者だと思う。待っているからね」
脳に直接響くようないい声でシオンがマユリに囁いた。
「まあ、お前の素肌に直接触れたのは私だけだな。私の所が一番安全だ。それは分かっているな」
「アレン様。それは。皆さんに誤解される発言です。止めて下さい」
一瞬で顔を真っ赤にして、マユリはアレンの背中をぽかぽかと叩いた。
「事実だろうが。 呪いの解除の時は裸にしたしな」
3つ子とシオンが思わずギョッとして、アレンを見る。
「まあ、マユリの意識はなかったし、命が掛かっていたからなぁ。しかし、マユリは吸い付くような肌だったな」
「アレン様! 何言ってるんですか。 セクハラです。 酷い!」
真っ赤になったマユリはナネットの背中にしがみついて叫んだ。
「セクハラってなんだ。まあ、とにかく帰るぞ。王妃様が待っている。じゃマユリまた明日な。ナネット帰るぞ」
「マユリ様。心配しないで、大丈夫ですよ。私がおりますからね」
「本当? 」
心配そうにナネットに聞けば、大きく頷いて笑顔が返ってくる。
アレンが魔法陣の上で呼んでいた。
ナネットがアレンの横に立つと、あっという間に2人の姿が消えた。
「俺達も今日は帰るぞ。アレンも一緒に帰ろう。話もあるし」
「そうだな。私も3つ子に話がある」
ジークとシリウスとアレンも魔法陣の上に立った。
「あれ、くっつかなくていいんですか? 転移の時は危ないんでしょう? 大丈夫ですか?」
「何を言っているんだ? 転移するだけだぞ。男3人で背中合わせをするのも俺は嫌だぞ」
「でも、フィル様が…。危ないって」
「フィル。お前。何を教えているんだ」
「マユリ。明日正しいことを教えてあげますからね。まったく仕方のない」
3人の声が消えると姿も見えなくなった。
「フィル様。あれはどういうことでしょうか? 抱き付けって言いましたよね」
「ごめんなさい。嘘です。マユリに抱き付いてもらいたかっただけです」
フィルが深々と頭を下げた。
色々と衝撃的な1日だった。
夕食を食べて、疲れた2人は暖炉に火を入れた。
たちまち薪が温かく燃え始め、部屋を温かくオレンジ色に染めていた。
暖炉の前のソファーに2人でゆったりと座り、少し甘くした紅茶を楽しむ。
城に行く前の2人のいつもの落ち着いた夜のようだった。
「美味しいね」
「はい。美味しいですね」
2人でニッコリと笑い合う。
「ねぇ、マユリ。 私は今とても幸せで満足なんだ」
「私も幸せです」
「私はこの生活が好きだ。母上はああ言ったけど、マユリはどうしたいの?」
「私は立派な大人に成りたいです。働いて人に頼らないで生きていけたらと思っています」
「そうか。大人か。今迄私は仕事をしてはいなかったな。マユリに尊敬されて一緒に居るためには、私も働かないといけないね」
「フィル様。私なんて一緒に居ても、良い事とは思えませんが?」
「それは違う。私は君が来てくれるまで、ただここに居るだけで、生きていなかった。
私は存在しなくても誰も困らない。不必要な人間。でも君は私を必要としてくれた。
自分が誰かの為になるんだ、と思えて嬉しかったんだよ。君が私を救ってくれたんだ」
「そんな。この世界で最初に私を助けて下さったのはフィル様です。兄と言って下さったから…」
「マユリが私を救ってくれたんだ。その上に命をかけて2回も助けてくれた」
マユリの手からお茶の入ったマグカップを取って、テーブルの上に乗せると、
フィルはマユリの両手を握って顔を覗き込んだ。
「私は君に感謝している。 そして、大事な人なんだ」
マユリはフィルの瞳をじっと見つめた。
(ああ。紫水晶の瞳。おばあちゃまの一番の宝物。おじいちゃまからのプレゼントの紫水晶のブローチと同じ色。
黒にも見える深い深い紫色。私の一番好きな色。なんて綺麗な瞳なんだろう)
「君が幸せならいいんだ。でも、私の傍に君が居ないのはやっぱり嫌なんだ」
優しいフィルの言葉に心が温かくなる。
「でも、私なんかが皆さんのお嫁さん候補って。王妃様の言葉ですが、そんな事考えられません。
でも、フィル様の迷惑にならないのなら、傍で暮らせるだけで嬉しいのですが」
「そうか。私達は同じだね。これから1年。2人でゆっくり考えればいいかな?」
「それでいいのですか?」
「いいさ。それと 『私ごときとか、私なんか。』と言うのは禁止。君は私の大事な人なんだからね」
大事な人という言葉に思わず赤くなってしまった。




