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魔法は何もつかえないけれど  作者: ちくちく
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帰って来た森の家

「ただいま」

3か月程離れていたが、森の家は何も変わっていなかった。

家具に少し溜まったほこりが、時間の経過を教えてくれた。


マユリは窓を全開にして、深呼吸を一つすると、箒と雑巾を持って掃除を始めた。

横で暖炉の薪を準備し始めたフィルは、時々マユリを見ては、安心したように微笑む。


「フィル様。食材は大丈夫みたいですよ。お昼は何にしましょうか?」

いつの間にか、傍に来ていたマユリが笑顔で聞いてくる。

「そうだね。やっぱり、パンケーキ……、食べたいかな。」

城に行く前と同じように返事を返す。

「うふふ。 お任せください。卵も空間収納で新鮮なままですから」

ここを離れてからの怒涛の日々を忘れたように、2人で笑い合う。


台所で、卵を泡立てる音が軽やかに規則正しく響く。

(朝まで城に居たのに、今は森の家に居て、隣にエプロン姿のマユリが居て、幸せだなぁ。あの闇の中に居た時はあんなに凍えていたのに。今は身も心も温かい。幸せってこんなにも簡単なことだったんだな)

鼻歌を歌いながら、フライパンを握るマユリを見ているだけで満たされる気がする。


「フィル様。久しぶりのパンケーキ、焼けましたよ」

「うん。分かった」

いつもの会話と共に、食卓に並べられたフワフワパンケーキの前に2人で座って、

「いただきます」

と手を合わせて笑い合った時。


「おおっ。丁度いい時に着いた」

「本当、いいタイミングだね。いい匂いだね。マユリ、僕達にもパンケーキ」

魔法陣の上にジークとシリウスが立っていた。


「お二人共、どうしてここに? 何か御用ですか?」

「まあ、それはいいから。マユリ、俺達にもパンケーキを焼いてくれ」

「では、先に私の分をどうぞ。直ぐに準備しますから」

(何だか、既視感のある会話だな)

と思いながら、マユリは直ぐに立ち上がって、またパンケーキを焼き始めた。


「何しに来たんだ?」

苦虫を嚙み潰したような顔をしたフィルが、2人に言い放つ

「お前こそ、何で勝手にマユリを連れ出して、どういうつもりなんだ?」

マユリの分のパンケーキを頬張って、思わずにやけたジークが言った。


「私とマユリがどこに居てもいいだろう?」

パンケーキを口に入れて、目尻が下がったフィルが言えば

「お前はいいさ。だがマユリをお前の勝手にしては駄目だろう?」

「俺達にも予定と言うものがあるんだからな」

「私達にお前達2人は関係ないだろう」

「関係あるのはマユリだけだ。お前はここに居ていいぞ。マユリだけ城に返せ」

シリウスもパンケーキを口に入れて、もごもごと話す。

「何だよ。マユリだけって」


「お待たせしました。追加焼けました」

フワフワのパンケーキが皿の上に山盛りに乗っていた。

『「「ありがとう!」」』 3人の嬉しそうな声がした。

(おお~ 流石3つ子、完璧なハモリだわ~。受ける~)

マユリはニコニコ笑顔で嬉しそうな3人を見つめる。


「おいしいよ。マユリ。これ食べたら城に帰ろうね」

シリウスがマユリの手をそっと握って笑顔で話す。

その言葉に目を瞠った。


「え? 私、さっきここに帰って来たばかりなんですが?」

嬉しそうにパンケーキを頬張りながらジークも

「俺達が連れて帰ってやるからな。心配はいらないぞ」


「でも、帰るって、私。ここが家なんですが」

不思議そうに頭を傾げると、

「城にはお前を待っている人が一杯いるぞ」

「私を…ですか?」

「お前は皆に愛されているんだ。城の皆がひどく寂しがっている。特にお前の侍女達は寝込んでしまったぞ」


「そんな…。ほんとですか?」

城の優しい人々の顔が目に浮かんだ。

城の人々にあれだけ大事にしてもらって、あんなに引き留められていたのに。さよならも言わなかったと気が付いた。

確かに失礼な行動だった。

「そうだろう? だから、俺達と帰ろう。お前は城に居るべきなんだ」

ジークが真剣な目をして話す。


「ねえ、マユリ。城の方が暮らしやすいし、便利だろう? お前を好きで大切に思う者達があれだけいるのに。

何故、こんな所に住もうとする? 皆を泣かしていいのか? 城で必要とされているんだよ」

「おい。シリウス。そんな言い方。マユリが悪いみたいじゃないか」

「悪いのはお前だ。フィル。城から攫ったように出て行って。城の皆がどんなに悲しんだことか。責任が取れるのか?

勝手なお前が悪いんだ。反省しろよ」


「私が自分の幸せを掴むのを何故非難されないといけないんだ。皆のことなんて知らない。

私達に責任なんてないだろう? 2人共早く城に帰れよ。私とマユリはここに居るんだから」

3人で話しているのに声がほとんど同じで、不機嫌な1人の人間が話しているようだった。


険悪な雰囲気に、マユリはおろおろと3人の顔を見回すが、3人共に睨み合って表情が固い。

(勝手に森の家に帰ったことが人を傷つけるなんて思いもしなかった。城で必要とされている?

どうしたら良かったんだろう。私なんかが、城に居ても…。でも、今皆さんの喧嘩の種になっているなんて)

あれこれと考えていると、何だか自分が情けなく、勝手に涙が溢れて来た。


「すいません。ごめんなさい。勝手な私がいけなかったんですね」

ポロポロと頬を伝う涙を拭いもせずに頭を下げて謝るマユリを見て、3つ子がギョッとした。


「ち、違いますよ。マユリが悪いわけないでしょう」

「うん。マユリは悪くないんだ。悪いのはこいつだ」

「私は最初から城に長居するつもりはなかったんだ。マユリもそのつもりだったんだから」

と3つ子が焦った様に言うが、零れる涙は止まらない。


「何しているんですか。3人揃ってマユリを泣かして。どういうことですか」

耳に馴染んだバリトンのいい声が聞こえた。

魔法陣の上に眉を顰めたシオンが立っていた。


3つ子から庇う様にシオンがマユリの前に立った。

「ああ、もう。ちょっと目を離したら、こんなに泣かせて。やっぱり私の所に居た方がいいでしょう?

マユリ。私の所においで。この兄弟は女性を大事にするということを分かっていない。

どうせ、城の皆が君が居ないと寂しがるとか言ったんだろう?」

ジークとシリウスが目を逸らし、3つ子を見るシオンの眼が鋭い。


シオンはマユリの手を引いてソファーに座らせると、そっとハンカチで涙をぬぐった。

「マユリ。君は自由なんだよ。誰かの為に生きる必要はないんだ。

君の人生なんだよ。どうしたいの? 3つ子の事は考えないで。

君の望みは何? 遠慮せずに言ってごらん」

と顔を覗き込んで、いつもの優しい声で問い掛ける。


「シオン。勝手なことを。マユリは私とここに帰りたいと言ったんだ」

「フィル。それが勝手だと言うんだ」

「そうだ。マユリはお前だけのものじゃない」

シオンの登場に焦った3つ子が又同じことを口々に言い始めた。


「だから、お前達3人は駄目なんだ。また泣かせる気か」

苛立ったシオンが立ち上がり、口調も厳しく問い詰める。

3人から4人の口喧嘩に発展しようとした時、


「マユリ。助けに来たぞ」

魔法陣の上に立ったアレンが、呆れたようにこちらを見ていた。


「マユリ様!」

アレンの後ろからナネットが飛び出してきた。

「アレン様。ナネットさん。どうして?」


「心配でアレン様に連れて来てもらったんです。ああ、泣いたんですね…。誰ですか? 何を言われたんですか? 私のマユリ様を……。こんなに目が腫れる様に泣かせて。どなたですか!」

マユリを抱き締めたナネットが4人を睨み付けた。


まるで子供を守るメスライオンの様に、威圧するナネットにマユリは抱き付いて、

「ごめんなさい。ごめんなさい。私が悪かったの」と繰り返す。

「どういうことですか?」

ナネットは一層マユリを抱き締めていよいよ怒って4人を睨む。


「まあまあ、ナネット落ち着け。ここが森の家か。いい所じゃないか。マユリも大丈夫だから。

取り合えず、ナネットと2人でお茶でも入れてくれ」

アレンの声に落ち着きを取り戻した2人が連れ立って、お茶の準備を始めた。


「さて、お前達。ナネットをこれ以上怒らせるな。ああ見えて怖いぞ。

で、マユリのことだが、お前達がこれ以上争うようなら、俺の所に連れて行くぞ。

俺は転移するから、お前達は誰も追って来れない。もう会えなくなるということだな」

3つ子とシオンはアレンを凝視した。


「マユリはまだ成人前なんだぞ。振り回すな。本人がしたいようにさせてやれ。

ゆっくり時間をかけて本人にしっかり考えさせろ。心が決まるまで待て。それが保護者というものだ。

そして、ここに住んでも、毎日城に通えば皆会えるだろうが。転移すれば何程もなかろう」

4人をゆっくりと見渡して言った。


「そうですね。毎日城に転移すればいいのか」

「そうだな。仕事で通勤するのと一緒だな。毎日」

ジークとシリウスが大きく頷いて言えば、

「何で毎日? 私達2人で通勤するというのか? 面倒な」

フィルは不機嫌そうな顔を隠しもせずに2人を睨む。


「毎日来て下さいますよね」

お茶を持ってきたナネットがニッコリと微笑みながら、有無を言わせない口調で言った。

「そうですね。ここで暮らせるし、皆さんにも会えますね。でもフィル様の負担になりますから毎日はちょっと。

行ける日に行くということで、いいですか?」

お茶を配りながら、マユリはナネットに尋ねた。

「毎日がいいのですが。我慢しましょう」

ため息を吐いて、小さく微笑んだ。


「ありがとうございます。素晴らしい解決法です。流石はアレン様です。尊敬します」

アレンにお茶を渡しながらニッコリと笑いかけると、

「そうか。惚れていいぞ」

と言ってマユリの頭を撫でて笑った。


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