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魔法は何もつかえないけれど  作者: ちくちく
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涙の理由

「ねぇ、マユリ。泉で何で泣いていたのか教えてくれる?」

フィルが真面目な顔で尋ねた。

どう話すか少し迷ったが、ぽつりぽつりと話し始めた。


7歳の時、マユリの両親は交通事故で亡くなった。

そして、マユリは父方の祖母に引き取られた。1人暮らしの祖母との生活は、少し寂しい想いもあったが、厳しくも優しい祖母の愛情に包まれて、毎日何の不自由もなかった。


昔気質の祖母はいずれは1人になるマユリに、

「大人って、家事はできて当たり前。できないなんて論外。家計を管理して、少ない材料で美味しい物を作る。そんな人になって」

と口癖のように言って、掃除、洗濯、料理と、家事は幼い時から厳しく躾けられた。

もともと家事は嫌いじゃなかったため、12歳の頃には一人前に家事をこなせる様になり、ついでにお菓子作りまで上手くなった。食いしん坊の祖母の褒め上手もあり、2人して太ってしまうという弊害はあったが…。


そして、お茶にお花、日舞、ピアノまで、明治時代の花嫁修業かというほどに多くの習い事もした。

好奇心旺盛な祖母は、習い事の合間にコンサート、演劇、美術展、興味のあるものは、何でもマユリを連れて行った。2人で一緒に楽しみ笑い合う、忙しい毎日だった。


そんな忙しくも楽しい日々は、半年前に祖母の癌が見つかった時に終わりを告げた。

癌が見つかって2か月後に祖母が入院した。

進行が早く、あっという間にベッド上の生活になった。

マユリは毎日病院に行って、弱っていく祖母を一心に看病した。削られている命に寄り添う日々は辛かったが、沢山話をして笑い合った。学校と病院を往復する日々は飛ぶように過ぎた。


祖母の入院と共に叔父夫婦が心配して、同居するようになった。優しい叔父夫婦はマユリのことを大事にしてくれるが、寂しさは拭えなかった。


そして、祖母が旅立った。

毎日、学校に行き、淡々と生活をした。

やっと1か月が過ぎた。

徐々に祖母の死を実感するようになった。

眠れない日が続き、寝ても夜中に飛び起きる夜が続いた。

そしてあの日限界が来た。

マユリは叔父夫婦を心配させないように、大好きな公園に1人で泣きに行き、突然この世界に来た。と語った。


長い話をして最後に

「それで、私16歳なんです。幼児じゃないです」

と言って、フィルを見つめた。


フィルは真剣に話を聞き終えると、小さく何度も頷き、

「頑張ったんだね」と静かに頭をなでた。

(16歳って言ったのに。まだ、幼児認定継続なの? 鈍感!)


寝る前にフィルがテーブルに紙と羽ペンを持って来た。

「さあ、必要な物を注文するよ。何が欲しい?」

「ベーコン。ハム。泡だて器。チーズ。ミルク。卵。油。…」

「待って、早いよ。」

(やっぱり、文字は読めないな。異世界チートは言葉だけね。残念。分からないけど、文字はカリグラフィーの字みたいで芸術的。フィル様の字はきっと上手なんだろうな)と思って見ていると、手早く書き上げた紙を持って、ソファーの横に行った。そこに魔法陣が書いてあり、その中央に注文書を置いた。フィルが魔法陣の数か所を指で撫でると、魔法陣自体が白く光って紙が消えた。


(おー。ファンタジー。魔法だー。拍手しちゃう)と眺めていると、

「嬉しそうだね」

「はい。魔法は初めて見ます」

「魔法は使ってなかったの?」

「はい。魔法自体がありませんでした」

「そうなんだ。不便だね」とフィルが笑った。


次の日大小2つの箱が魔法陣の上にあった。

「これは、マユリの」と小さな方の箱を渡された。

箱の中には服や靴、ズボンなどが沢山入っていた。ゆったりと楽そうな子供服の様で、丈も良さそうだった。その下には文房具と美しい装丁の絵本が何冊も入っていた。

「服は良さそう? 本は字の勉強にどうかなと思って?」

(字が読めないこと分かったんだ。何だか、感動しちゃう、もう、いいや。幼児でも、妹でも)


「ありがとうございます。こんなに沢山。服まで。私のお兄様は本当に優しいです」

と少し震える声で笑顔を向けると、照れたフィルは耳を赤くして、食材の箱を台所に持って行った。


朝。

得意のトロトロオムレツを作った。

フィルが1口食べると、幸せそうにうっとりと微笑んだ。

フィルは1人暮らしだったためか、思ったことが全て言葉になって出てしまう。

「凄い。マユリは料理上手だ。こんなに美味しい物を作れて。その上にこんなに綺麗に盛り付けて。女の子の料理ってこんななのかな?こんな小さいのに。魔法使いみたい。マユリが来てくれて、私はなんて幸せ者なんだろう。嬉しいなぁ」


聞いていると、恥ずかしいことこの上なしだが、無意識に言っているため、止めもできない。その度に真っ赤になってしまうマユリを見て、不思議そうにしているフィルがちょっと憎らしい。それでも嬉しそうに食事をして、

「明日もオムレツ作ってくれる?」

と言われれば、(嬉しい。今度は何を作って驚かせようか。あれは好きかな?美味しいと言ってくれるかな? 料理、役に立ってる。教えてくれてありがとう、おばあちゃま。明日も私頑張る)と拳を握ってしまう。









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