魔法は何もつかえないけれど
「お茶を飲みにいらっしゃい」
王妃様からお返事を頂いた。
大急ぎで支度をして、王妃の執務室に向かう。
広くてまるで高級ホテルのスイートルームのような部屋は、落ち着いた高級家具がさりげなく配置されていた。
(凄く素敵。豪華なのにシックで落ち着いた雰囲気。王妃様にぴったりだわ)
立って微笑んでいる姿は、まるで絵画の一場面の様な王妃様に見惚れていると
「何? どうしたのかしら? どんな相談なの? 何でも言って、マユリは娘なんだから」
そう言いながら、王妃はマユリをソファーに座らせた。
横に座った王妃様は、ワクワクと期待に満ちた表情でマユリの言葉を待っている。
マユリは恥ずかしさを必死に我慢して、解呪の為とは言え、意識のないフィルに口付けをした。
恋人でもない自分がそんな事をして、申し訳なく、自分自身も恥ずかし過ぎて、フィルの顔を見る事も出来なり、部屋に来てくれたフィルを、理由も言わずに追い返してしまった事。
そして、自分自身の将来をどうするべきか。
仕事をしないといけないが、何をしたらいいのか。
大好きな人達にどう恩返しをしたらいいのか。
全部に迷って、動けず、今は部屋に引きこもって、心配をかけている。
そんな迷子の様な自分に、正しい道を王妃様なら教えて教えてもらえる。
そう考えてここに来た事を、一気に訴えた。
王妃は黙って聞き終わると、ニコニコと笑顔で、
「お茶が冷めてしまうわ。美味しいのよ。」
美しい所作でマユリにお茶を勧めた。
勧められるままに一口お茶を飲むと、その香りと味に緊張していた体が緩んだ。
ため息を一つすると、ゆっくりと横の王妃を見上げた。
「ねぇ。あなたはフィルを助けるために動いたのよ。悪いことは何もしていないでしょ?」
「でも、でも… 私……」
「フィルはあなたに跪くべきで、感謝しかないのよ。
そしてね、あなたはまだ子供なの。守られるべき者で、あなたが頑張る必要は何もないの。」
「でも、私は皆さんに守ってもらうばかりで」
「ほら、そこから、間違っている。あなたは何をしても、何を選んでも自由なの。
子供は間違えていいの。間違えて成長するの。あなたは私達に沢山喜びをもたらしてくれた。
何度フィルを救ったかしら。その優しい声で私達を何度癒してくれたと思っているの?」
「そんな……事は…」
王妃はそっとマユリの手を握ると、真剣な表情で
「何でもやってみたらいいの。思った通り、我儘に。大人の思惑なんて、ほっといていいの。
好きにやってみて失敗だったら、誰かに。そう今みたいに相談すればいいの。
そのために大人がいるのよ。何でも利用すればいいの。私は頼ってもらって、今とても嬉しいのよ」
と微笑んでマユリを見つめた。
「いいのでしょうか? そんな事をして」
「大歓迎よ。女は女同士しか分からない事が沢山あるものね」
何だか、目の前が明るくなった気がした。
「それとね。フィルはあなたに口付けされた事、嬉しがるわよ。
そして、覚えていないことを凄く残念がるわ。怒るなんて在り得ないわ」
と、口元に片手を当ててクスクスと笑って言った。
「嬉しがる…?。 そんな事は無いと思いますが」
マユリは信じられない思いで、頭を傾げていた
その時、傍に控えていた侍女が王妃に来客を告げた。
「誰かが来たみたいね。直ぐに済むから、私の休憩室でちょっと待っててちょうだいね」
と言うと、有無を言わせずにマユリは執務室の奥の小部屋に押し込まれた。
小部屋の中には長椅子と、小さなテーブル、書棚があり、休憩をとれる仕様になっていた。
座り心地のいい趣味のいい長椅子に腰掛けると、執務室との間に大きな窓があった。
さっきまで居た執務室には窓はなく、この辺は壁だったはずだと、窓に目を向けると隣の部屋の中がよく見えた。
(これって、マジックミラーみたい。こっそりここから、全部見れるんだ。警察の取調室みたいだ)
と隣の部屋を見ていた。
程なく案内されて入って来たのはフィルだった。
(何で、フィル様がここに? でもフィル様、お元気そうで、本当に良かった。
久しぶりにお顔を見た気がする。ここなら恥ずかしくなくゆっくり、フィル様を見られる。
相変わらず素敵で、カッコいいなぁ。こんな人に私。キスしちゃったんだ。ああ、恥ずかしい。
でも、何で。私の居る時に来られたのかしら。あれ? もしかして王妃様のたくらみなの?
時間をずらして、私をここに押し込む計画だったのかな? ああ、きっとそうだ。王妃様って……)
マユリは頭を抱えてしまったが、直ぐに声が聞こえた。
「母上。私はどうしたらいいのでしょう」
フィルは挨拶もなく、眉を顰めた暗い顔で話し始めた。
「まあ、何なの。挨拶もなしなの? とにかく座ったら」
王妃は面白そうな顔をして、フィルに椅子を勧めた。
それでもフィルはイライラとした様子で、王妃の前に立って座ろうともしない。
「母上。何故でしょう。マユリが私を避けるんです。私の何が…、何をして彼女を怒らせたんでしょうか?
思い当たることが何もないんです。どうしたらいいのでしょうか」
「分からないのね」
「私が気が付いた時にマユリを離さなかったからでしょうか。それ位しか思い当たらないんですが」
王妃はマユリの居る方に少し顔を向けて、口元に片手を当てて小さく笑った。
「そうね。教えてあげてもいいけど。あなたは、これからどうしたいの?」
「私はマユリと一緒に過ごせたらそれでいいんです。彼女がやりたいことを一番傍で助けたい。一緒に居たいんだ」
「まぁ。一緒に居たいだけなんて、子供のようね。それが大人の発言かしら」
フィルは王妃の言葉にがっくりと項垂れて、椅子に坐り込んだ。
「そうですね。そう言われれば確かに。子供の言い草ですね。でも今はそれしか思えない。
私はマユリに会いたい。会えないのが寂しいんです」
顔を伏せたフィルに分からないように、王妃は可笑しそうにマユリに向ってウインクをする。
(王妃様。面白がって…。でも私もフィル様に会えないのは寂しいです。同じですね。王妃様はどうするのかしら)
と窓に額をくっつける様にして、隣の部屋を眺めていた。
「あのね。マユリはあなたが嫌いで避けているわけじゃないの」
その声にフィルは顔を上げて王妃を見つめた。
(ああ。フィル様の紫水晶の瞳。どうしてあんなに綺麗なのかしら。ここからなら見放題だわ)
と恥ずかしさを忘れて、久しぶりのフィルの顔を見つめる。
王妃様がその時爆弾を落とした。
「マユリは解呪の為に、あなたに口付けをしたの」
窓の前でマユリは動けなくなった。
間が空いてしまいましたが、久しぶりに投稿します。あと少しなので、お付き合いしていただければ幸せです。




