目が覚めた
「フィル様!」
目の前に居たはずのフィルの姿が消えていた。
あったはずのガラス球は少し光を放ちながら、足元に粉々に崩れて落ちていた。
思わず周囲を見回すと真っ暗で、何の音も聞こえない。
(これって、フィル様は戻れた?)
「あーあ。何てことをしてくれたんだよ」
不貞腐れた声がした。
「もう、ほとんど僕の物になっていたのに。 ほんと邪魔な女」
(フィル様は戻れたみたいね。 私、なんとかできたみたいだわ!)
思わず笑顔になってしまった。
「煩い上に面倒な。 本当にお前って何なんだよ。
あーあ、負け、負け。今回は僕の負け。
仕方ないからあいつはもうしばらくはほっとこう。
お前が居なくなってからあいつは手に入れればいいからな。
お前って魔法も使えないくせに本当に厄介。
次は失敗しないからな。 それまで、 バーイ、バーイ」
暗闇の声が不機嫌そうに言うと、音が消えた。
フィルを助けるため、必死だったさっきまでは気が付かなった。
真っ暗で音のしないここは、静か過ぎて恐怖が募る。
床にべったりと座り込んだマユリは、もう立ち上がる気力もなかった。
この状況は悪夢を見ているようで、怖すぎて吐き気がしてきた。
「どうすればここから抜け出せるのかしら。私帰る方法なんて知らないし、分からない。
アレン様。何も教えてくれなかったし。
怒ってもいいわよね。
でも、フィル様はこんな怖い所に1人で居たなんて…… 酷い。
でも、アレン様も酷い。私をほったらかしって……
保護者でしょ? アーレーン様ー。 助けてー。 早くー 助けてー」
もう、何だか力も入らず、届くとも思えなかったが、恨みがましく怖さを紛らす様にアレンを呼んでみた。
しかし、何も変わらず、虚しいこの状況。
「アレン様。私……どうすればいいの?
恐いです。フィル様も居ない。また…… 独りぼっちだ」
この世界に来たあの日よりも悲しい。
もう泣いてしまおうか。
「私はここですよー。誰か。助けに来てよ。
元気になったでしょう? ヒースクリフ。
私の守護聖獣って言ったのに……。今こそ傍に居てよ……。
傍に来て… 」
恨みがましく呟くと、涙を堪えて上を向いていた。
それでも時間が経てば堪え切れずに、涙が頬を伝った。
「マユリ。来たよ 」
落ち着いたヒースクリフの声が聞こえた。
次の瞬間、ピンクに光るユニコーンが傍に立っていた。
「ヒースクリフ!」
「驚いた? 来たよ。僕は君の守護聖獣だからね」
「本当に? 本当にヒースクリフだ……」
思わずピンクの首に抱き付いた。
「ヒース。ヒース。怖かった。来てくれてありがとう」
ヒースクリフの温かい体を抱いているだけで、嬉しくて涙が零れた。
「うん。早くここから出ないと。僕もこんな穢れた所には居られないから」
「ヒース助けてくれるの?」
「馬鹿にしないでじっとしててよ。ここから出るの結構力が必要だからね」
次の瞬間マユリの周囲の空間が歪んだ気がした。
「しばらく傍を離れるけど、心配しないでね」
ヒースの囁く声が聞こえた後、そのままマユリは意識がなくなった。
その少し前。
(ここは…。私の部屋……か?)
フィルの目に見慣れた自分の部屋の天井が映った。
自分がベッドに寝ていることが分かった。
胸の上が少し重くて温かい。
目線を下げると意識のないマユリの顔がそこにあった。
「マユリ…… 」
小さな声で呼びかけると、ゆっくりと瞼が開いた。
ぼんやりとした目でこちらを見ているが、ボーっとして視点が定まらない様子だった。
マユリがそこに居ることに嬉しくなったフィルは、グイっとマユリを胸元に引き上げてギュッと抱き締めた。
「マユリだ!」
名前を呼ぶ声が明るい。
急に抱きしめられたマユリは、一気に意識が戻った。
(うわー。何。 何? 何が起こったの? フィル様。何で私を抱き締めているの? ここ、あっ。フィル様の部屋。あっ、そうだ。私、呪いを解くために、解くために……)
気が付いた瞬間、一気に顔も身体も真っ赤になった。
フィルの腕から逃れようとして、ジタバタするがフィルの腕はより一層力が入って逃げられない。
「離して下さい」
「何故? 私は嬉しいのに」
笑顔のフィルの顔がすぐ目の前にある。
「離して…」
「嫌だ。マユリがどこかに行く」
「どこにも行きません。お願いします。恥ずかしいです」
震える声で必死に言うが、腕は緩まない
「顔、真っ赤だ。マユリは温かくて、抱いていると気持ちがいいよ」
楽しそうに言うと、マユリの頭に頬ずりまでし始めた。
「お願いします。離して……」
「おい。いい加減にしろ。嫌がっているのが分からないのか? 」
急に身体が自由になった。
すっと浮かんで、アレンの腕の中に落ち着いた。
「アレン様……」
安心して、泣きそうな顔でアレンを見上げると
「何だこの手は」
と手を掴まれた。
両手は血塗れで真っ赤に腫れていた。
「ああ、これはガラスを叩いたので。でも夢の中だったのに…」
と言い終わらない内に
「ジョイス! こいつの手当てを頼む」
とジョイスの傍のベッドに飛ばされた。
「了解」
ジョイスの傍でやっと一息つくと、自分の手を見て驚いてしまった。
夢の中のようだったのに、自分の手は血塗れになっている。
不思議な気分で眺めていると
「無茶をして……」
ジョイスが優しく手をとると、治癒魔法の光に包まれた。
「ジョイル。魔法使い。魔法陣を解け」
アレンの言葉と同時に周囲の解呪の魔法陣が消え、ジョイルや魔法使い達がぐったりと座り込んだ。
「よく頑張ったな」
「はい。なんとか」
疲れ切った顔でジョイルが言えば、周囲の魔法使い達も頷いていた。
「おい。フィル。お前はどんな具合だ」
やっとベッドの上のフィルにアレンが目をやれば
「はい。私は大丈夫ですが。マユリのケガは?」
ベッドの上で座っていたフィルが、心配そうに聞いた。
「お前の為に必死だったんだな。そして、マユリだけじゃない。城の人間皆がお前の為に力を尽くしたんだ。両親や兄弟達もな」
フィルは周囲に座り込んでいる、ジョイルや魔法使い達を見回すと、ベッドから出て深々と頭を下げた。
「何はともあれ、まずは王に報告しないと。フィルに水と食事を。面会の連絡も頼む。マユリはジョイスの所でしばらく休め。お前の報告は後でまた聞くから。ジョイルや魔法使いは1日休め。王の許可は取っておく。全員よくやった」
アレンの声に全員が安心して頷き、直ぐに動き出した。
程なくして、王の執務室に王の一家とアレンが集合し、全員がフィルの無事な姿に安堵した。
「フィル。あなたばかり。どうしてこんな目にあうのかしら」
「今度ばかりはもう駄目かと思ったぞ」
「お前、全身があの黒い蔓に巻かれていたんだぞ」
口々に昨夜の様子を語られると、フィルは自分がどれだけ危険な状態だったのかと、今更ながら恐ろしくなった。
「アレン様や魔法使いの皆さん、マユリのお陰です。感謝してもしきれません」
「誠に、アレン殿。我らはどうすればあなたの恩に報いることができるのだろう」
王と王妃は深々と頭を下げて言った。
「まあ、今回はジョイルや魔法使いが頑張ったからな。私はそんなには働いていない。
1番はマユリだ」
「マユリですか。またあの子に助けられるなんて。本当にフィル。あなたの守護者なのかしら」
「そうですね。本当にマユリが居てくれて私は幸せです」
フィルは笑顔で頷いた。
「でも。マユリは幸せなのかしら? マユリはあなたの傍では酷い目ばかりじゃないかしら?」
王妃の言葉に、フィルは凍り付く。
「そうだな。あいつは見る度に傷だらけな気がする」
アレンが言うとジーク達が頷く。
「前にヘレネの屋敷に行きたいと言っていたな。マユリの本当の希望は何だろうか?
それをまず確かめないといけないな。そしてアレン殿の希望も聞きたい」
「まあ、私はいいとして、ジョイルと魔法使い達に休暇をやってくれ。魔力が尽きているだろうから」
「それは、すぐに」
王が大きく頷いた。




