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魔法は何もつかえないけれど  作者: ちくちく
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暗闇の中から

「わっ! 何? 真っ暗」

気が付いた時、周囲は暗闇だった。


(フィル様の部屋に居たはずなのに、何故真っ暗なんだろう。)

座り込んでいる床は何となく手に触れるが、その手に触れていたはずのフィルの身体はなく、跪いていたベッドの感触もなかった。

真っ暗で、あまりに暗いため方向感覚がおかしくなる。

何も触れないこの空間は上下も分からなくなり、ひどく自分が曖昧な存在に思える。


(怖い。恐ろしい。真っ暗闇は恐ろしい)

パニックになりそうで思わず

「フィル様。フィル様」

一番傍に居て欲しい人の名前を呼んでみた。

もちろん返事の声はなく、周囲には何の音もしない。


(何だろうこれ。小説の中によくある、精神世界の中ってこと?

フィル様の心の中に落ち込んだということなのかな? 

この暗さって、よくお話の中に出てくるパターンよね。

全てを拒絶した、心象風景がこの暗さなのよね。


ここで私が頑張ってフィル様を連れて帰らないと、きっと駄目なのよね。

でも、暗闇ってこんなに恐ろしいものなんだ。

私、弱虫なのに……。一歩も動けない気がする。 怖い)


「おばあちゃま……。私、ここでどうしたらいいの? 怖いよぉ……。助けて」

思わず涙が零れ、大好きな優しい祖母に呼び掛けた。


心の中に浮かんだ祖母は、いつもの笑顔でいつもの言葉を話している。


「ねぇ。マユリ。怖くてどうしようもない時。神様にお祈りしてね。

自分がどうすればいいのか。そっと見えない手を添えて下さるの。

祝詞をお唱えしている内に、落ち着いて考えられるものよ。

そして、私もマユリをいつも思っているから。大丈夫」

「おばあちゃま……。そうだね。私。頑張る。それしか今できないよね」


マユリは正座して背を伸ばすと、両手を付いて深々と頭を下げ、いつもの祝詞を唱えた。


「 …… 祓い給え、清め給え。かしこみかしこみ申す」

少し気持ちが落ち着いて周囲を見るが、暗いことに変わりはなかった。


それでも手にも足にも力が入るようになった。

マユリは深呼吸をすると、目を閉じたまま立ち上がった。

(怖いけど、床に足が触れていれば床の感覚はある。目を瞑れば足の感覚で前に進める。とにかく動いてみよう)


「フィル様。 フィル様」

大声で呼びながら一心に歩き続ける。


「どこ? フィル様」

何も見えないが目を開けて周囲を見る。

変化を必死で探して、名前を呼び続ける。


どれだけ時間が経ったのか分からないが、喉が痛んできた頃に

「何だよ。お前。煩い」

不意に耳元に男の子の声が聞こえた。



「誰? フィル様じゃないわよね」

思わず周囲を見渡したが、やはり周囲は暗闇で何も見えない。


「煩い女だな。もうフィルを呼んでも無駄。もう僕の物だから」

「あなたの物? フィル様が? あなたは誰よ?」


「誰だっていいだろう? 

この身体は僕の物。もうフィルなんて消えるんだ。存在がなくなるんだ」

笑いを含んだ声がどこからともなく響く。


「嘘。嘘よ。消えるなんて、そんなこと許さない。」

「お前に許される必要はない。もう遅いんだ。お前に何ができるのさ。もうすぐフィルは消えるんだ。呼ぶだけ無駄 」

嘲ったような声が聞こえる。


「駄目。駄目。絶対に駄目。諦めるなんてできない。フィル様。 フィル様。 私を置いて行かないで」

マユリは血を吐くように絶叫した。


「おい。煩い。止めろよ。もう無駄だって言っただろう。煩い」

声は名前を呼ぶことを、止めようとする。

(止めるということは、きっと何か効果があるんだ。でなければ止めないわよね)


呼ぶことが何かに通じると信じて、フィルの名を呼ぶ。

喉は疼き、声は徐々に掠れてきたが、呼び続ける。


「おい。止めろ。騒ぐんじゃない。煩いと言っているだろうが。どうせお前もここから出ることはできないんだぞ。無駄なことは止めろ」

暗闇の声が嘲笑うように繰り返す。


「フィル様。返事をして。一緒に居ると言ってくれたでしょう」

涙交じりに叫ぶと、暗闇の中に点のような小さな光が灯った。


「見つけた! フィル様。今行きます」

夜空の小さな星の様な光を目指して駆けだした。

徐々に光の形が大きくなる。


「おい。無駄だと言っただろう。行ってもお前に助ける事はできない。

お前には何もできない。助ける事はできない。馬鹿だな。無駄なことを」

暗闇の声がマユリの動きを止めようと繰り返される。



光は丸いガラスの球体だった。

その中に俯いて顔の見えないフィルが蹲っていた。


マユリはガラスの球を叩いてフィルを呼んだ。


「フィル様。フィル様。帰りましょう。皆待ってます」

叫び続けた声は掠れ、ガラス球はマユリが叩いても揺れもしない。


膝を抱えたフィルはマユリの声に顔を上げる事もなく、身動き一つしない。

ガラス球を叩いていることにも気が付かないようで、反応も一切なかった。


名前を呼び続け、どれ程時間が経ったのか、息が苦しくなり目の前がぼやけて来た頃、フィルが身じろぎをした。

緩慢な動作で顔を上げた。


定まらない視線が何かを探すようにこちらを見た。

見詰めるマユリの視線を捉えると、驚いた様に目を見張った。


「マ… マユリ?」

「フィル様。フィル様。よかった。気が付いた」

涙が止まらない。


「本当に? 本当にマユリなの?」

「はい。私です。フィル様。帰って来て。皆さんが待っているんです。こんな所に居たら駄目です」

「何故私はガラスの中に居るんだ?」

フィルは自分が居る所に、初めて気が付いた様に周囲を見回した。


「フィル様は呪いに取り込まれようとしているんです。このままでは消えてしまいます。帰りましょう。皆の元に」

マユリは必死で訴えたが

「マユリはシオンの所に行くんだ。 私は必要ないだろう。 ほっといてくれ」

フィルは諦めたような投げやりな言葉を返す。


「フィル様。フィル様お願いです。家族の皆さんが泣いています。帰って来て下さい」

「私なんて、居なくても……。誰も私を必要とはしていないさ。三つ子だし」

フィルが俯いてしまった。


「駄目です。フィル様は帰らないと。私が。私が身代わりになります。呪い。私が代わりになります。私がここに居ますから、フィル様を返して」

マユリは暗闇の声に話し掛けた。


「へぇー。君がここに残る? 身代わりねぇ。

それもいいけど。どうせ2人共ここからは抜け出せないさ。

帰る方法知らないだろ?

僕は2人共手に入れて、消滅させる。

無駄だったよね。もうすぐさ。ああ、愉快だね」

暗闇の中で嘲る様に笑った声が響く。


(私では身代わりになれない。でもこのガラス球を割れば、魔法の使えるフィル様は何とかなるかも。諦めるな。)

マユリが思った時


「マユリ。君だけでも帰らないと。君が残るなんて駄目だ」

フィルはガラス球の中でマユリに向かい合うように立ち上がり、いつもの優しい瞳で見つめて言った。

「フィル様がここに残るなら、私も居ます。でも諦めないで。私は最後まで諦めません」

マユリはガラス球を叩き続ける。


叩き続けた両手を見て、フィルはギョッとした。

「マユリ。もう、止めろ。ケガしてる」

驚いたフィルは怒ったが、

その手を止める事はなく、肌は裂け、ガラスの球に血が滲み、流れていく。


「フィル様が居ない世界なら、私は生きられません。私の命をあげますから、フィル様は私の代わりに生きて下さい。皆の所に帰るんです」

「マユリ。駄目だ。ケガをしてる。止めてくれ」

苦しそうな目でマユリを見つめて言った。

「フィル様。絶対にあきらめません。家族を亡くす悲しみは私だけでいいんです」



「おい。叩くな。いい加減にしろ」

耳元で焦ったような声がした。


マユリの血の付いたガラス球に小さくひびが入った。

血の流れに沿ってひびが下に延びていく。

「もう、止めてくれ。マユリが傷ついている」

苦しそうにフィルがガラス球の内側に手を付けて言った。


「私なんかどうなってもいいんです。フィル様さえ助かれば」

「マユリ駄目だ。君が生きなければ」

「皆の所に帰るんです」

ガラスの内と外で2人は手を合わせ、見つめ合って言った。


その時、ピシりと音がして、ガラスに大きくひびが入った。

割れたガラス球の内と外の2人の手が触れあったような気がした。

白く輝く光がほとばしり、フラッシュのように辺りを染めた。


目を開けたマユリの前にフィルの姿はなかった。












お話を読んで下さる方。ありがとうございます。私のお話を少しでも楽しんでもらえると嬉しいです。文章は読むは易く、書くは難しいものと日々考えております。でも話を考えるのは本当に楽しいので、端っこで頑張りたいと思います。

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