再びの呪い
黒い蔦にがんじがらめに捕らえられたフィルは小さく苦しそうに呻いていた。
「どうしたんだ! フィル。分かるか?」
ジークは意識のないフィルの傍に駆け寄ろうとしたが、5mも近付けずに何かに阻まれる。
透明な壁がそこにあるようで、フィルに触れる事さえできない。
ジークは直ぐに両親やジョイルを読んだ。
「フィル! どうして? 何なのこの姿は」
王妃がその姿に驚いて、そばに行こうとするが、やはり近付くことができなかった。
「これは…… 前の時よりもひどいわ。ジョイルなんとかして!」
悲鳴のような声で叫んだ。
ジョイルと使い魔のオニキスはフィルをじっと見て
「これは……。 酷い。 私達では……」
「何とかして頂戴。フィルを。フィルを助けて」
縋る様な視線を向けて、苦しそうに王妃が言うと
「とにかくベッドに」
ジョイル達が魔法でフィルをベッドに移し、解呪の魔法陣を展開し始めた。
同時にジョイルはアレンに救助を求めた。
フィルが呪いに全身を侵されたこと、自分達では手の施しようがないこと。
一刻の猶予もない状態であることを連絡した。
程なくアレンが城に転移して来た。
意識のないフィルを一瞥すると眉を顰めた。
(何だ。これは…。 呪いが全身を蝕んで命の火まで消えかけている)
「何があった?」
周囲を眺めて誰ともなく聞いた。
「昨日、マユリが帰って来たんだ…」
横に居たジークが答えた。
「マユリはどこに居る。あいつがここに居ないなんて、どうしたんだ?」
怪訝そうな表情でジークを見ると、
「マユリがヘレネ様の所に行くと言ったんだ」
少し悲しそうな表情になったジークが答える。
「何だそれは」
「それしか考えられないんだ……」
今は、アレンですらフィルの傍に近付くことができない。
とにかく、このままでは呪いが完成されて、フィルが死んでしまう。
アレンは解呪の魔法陣を周囲に展開させ、呪いが進行しないように固定した。
完成したアレンの魔法陣が白い光を放つと、絡みついていた黒い蔦が光に焼かれたように縮んで、フィルの身体からボロボロと床に落ちていく。
しかし、フィルの肌は以前のように徐々に黒く染まっていく。
(止める事は出来ないか)
呪いのスピードが恐ろしく速い。
「ジョイル。解呪を続けておけ。俺はマユリの所に行く」
と言うと走り出した。
マユリは自室に居た。
何故か部屋の中を落ち着きなく歩き回っていた。
突然、ドアを開け放ったアレンの顔を見ると、
「アレン様! フィル様が倒れたとお聞きしました。大丈夫なんですか?」
と青い顔で尋ねる。
(何だ。これは。何があったんだ?)
「お前は何故。ここに居るんだ? フィルの所に行かないのか?」
「私の様な者が、お傍に行くわけにはいきません」
振るえる両手を握りしめて、辛そうに俯いて言った。
(これは……。どういうことだ)
アレンは再び転移した。
「ヒースクリフ! ヒースクリフ。どこに居る?」
ユニコーンの里の広場に立ったアレンが大声で呼んでいた。
「ヒースクリフ。出て来い。早くしないか。マユリが一大事だぞ」
「アレン。煩い。何だよ。何の話? マユリがどうしたの? 大袈裟」
ピンクのユニコーンが元気なく、のそのそと緩慢な動作でアレンの前に現れた。
心なしかしょぼくれたような顔でアレンを見上げた。
「お前、守護聖獣のくせに。何をやっている」
ヒースクリフを怒鳴りつけた。
「何も出来ない。何も。マユリが傍に近付くなって……」
大きな瞳に涙を溜めて話すユニコーンは哀れな様子だった。
「そんな事を言っている場合か。今役に立てなければ、お前は守護聖獣を名乗るな」
ヒースクリフの前に仁王立ちになったアレンが、見下ろして言い放つ。
流石にアレンの剣幕に危機感を感じたヒースクリフは、
「何があったのさ? とにかくマユリの所に行く」
とアレンに言うと、アレンとヒースクリフはあっという間にマユリの部屋に転移した。
「あ、アレン様。ヒースクリフ」
突然消えて直後に現れた2人にびっくりして思わず言葉が零れた。
マユリを一目見た瞬間、ヒースクリフはふらついたように後ずさりをした。
「マユリ……。何だよ。君、何があったのさ。どうしてこんなことになっているの?」
目を見開いたヒースクリフが叫んだ。
「やっぱりか。そうなんだな。マユリがフィルの傍に行かないなんておかしいと思ったんだ」
アレンが妙に納得したように言った。
「こんなことをされるなんて、やっぱり僕が傍に居ないと駄目だったんだ。ごめん。マユリ。本当に駄目な守護聖獣だったね」
「何の話なの? ヒース。私は元気よ。何もないわよ」
「マユリは何も分かってない! こんな、こんなに怖い事になっているのに」
ヒースが涙目でマユリに謝る。
「アレン様。連れて来てくれてありがとう。一生後悔する所だった」
ヒースクリフはアレンを振り返って頭を下げた。
「やはりそうか」
「うん。単純だけど強い魔法だよ。単純だから解きにくい。たった一つだけ、人に対した本人の思いを入れ替えるだけ、それだけだから、人にはどうしようもない」
「酷いことをする」
「本当に。僕じゃないとね」
ヒースクリフとアレンは頷き合った。
「マユリ。君の首のネックレスはどうしたの?」
マユリの胸に一粒の小さな黒い石のネックレスが光っていた。
「ヘレネ様にもらったんです」
「そうか。僕が触るけどいいかい?」
「いいけど。壊さないでね」
ヒースは額に輝く一角で黒い石にそっと触れた。
黒い石に一角が触れた瞬間。
石から黒い禍々しい煙が立ち昇り、ヒースの白銀の長い一角を覆いつくすように巻き付いた。
白銀の角が光を失い黒く染まっていく。
ヒースクリフが苦しそうに瞳を顰めるが、一角を石から離さないようにより押し付ける。
ヒースクリフの呼吸が走っているように荒くなり、苦し気に前足で床を叩く。
「ヒース。大丈夫なの? 痛いんじゃない? もう止めて。苦しいんでしょう?」
マユリが両手でヒースの頭を支えて心配そうに尋ねる。
「だ、大丈夫…。負けないから。 僕がマユリを助けるんだ」
決意を込めた瞳でマユリを見上げて、より集中した。
随分長い時間に感じたが、実際は10分程度だっただろうか。
黒い石は透明になり、ヒースの白銀の一角は全体が真っ黒に染まっていた。
ヒースクリフは大きく息を吐くと、ぐったりと床に座り込んだ。
「ヒース!どうしたの? 大丈夫?」
「大丈夫じゃ……ない、かな…」
「何をしたの。ヒース。立てるの?」
「ちょっと無理…かな?」
「何で。何で…。何をしたの」
ヒースクリフはぐったりと目を閉じて、頭も床に落ちてしまった。
「何をしたの?教えて。 ヒース言いなさい」
マユリの真剣な声と視線を受けて、苦しそうに話し始めた。
「あのね。この黒い石に呪いのような魔法が仕込まれていたんだ。マユリの気持ちを。人の人への思いを、対象を入れ替える、そんな呪いの様な魔法を解除したんだ」
床にべったりと頭を付けて寝たまま、話すことも疲れる様に言葉を紡ぐ。
「ヒースは大丈夫なの。休めば回復するの?」
「うん。時間はかかるけど…… ね」
「元気になるのね。どの位休めば治るの?」
「そう…、そうだね。100年…… 位、寝ていれば……」
「100.100年って、私死んじゃうわ」
「僕達ユニコーンは清浄な聖獣だから、呪いの様な邪悪なものに触れるとひどく弱るんだ。だから、穢れを落とすためには……。時間がかかるのさ」
「何でよ。私の為にそんなことして。駄目よ。私の為なんて……」
マユリはヒースクリフの姿と言葉に、声を詰まらせた。
「マユリが僕の乙女なんだから、僕は君の為に何でもする…」
苦しそうに目を閉じたヒースの頭を、両手でしっかりと胸に抱きしめるとマユリはポロポロと泣き出した。
「駄目。駄目よ。ヒース。許さないわ。早く元気になって私を守ってよ。傍に居るって言ったじゃない。100年なんて。100年なんて……。私の為にそんなことして」
マユリはぐったりと力のないヒースクリフの頭を膝の上に乗せ、額に頬を寄せて涙を流す。
大粒の涙が、ヒースクリフの一角や額に零れ落ちて、濡らしていく。
「マユリ、もう怒っていない? 僕、傍に居てもいいの? 元気になったら傍に居ていい?」
ヒースクリフがマユリの腕の中から、何度も尋ねる。
「当たり前よ。ずっと傍に居て。早く元気なってくれるなら。何だっていいわ」
「嬉しいな。本当だね。僕。元気になるよ」
(んん。何だろう。声に元気が……)
腕の中のヒースクリフの声が心なしか大きくなったようだ。
思わずヒースクリフの顔を見ると、瞳が輝いてこちらを見ている。
腕を離すと、さっきまで真っ黒に染まっていたヒースクリフの一角が白銀に輝いていた。
「ヒース。あなたの一角が…、一角の色が戻っている!」
「うん。僕、元気が出たみたい」
マユリの膝の上に頭を乗せたまま、嬉しそうに目を細めた。
「100年かかるって……?」
「うん。僕もそう思っていたけど、マユリの。僕の乙女の真心の涙には穢れを払う力があったみたい。マユリに抱かれて心配されて、力が流れ込んだ。こんな事があるなんて、初めて知った。マユリ。ありがとう。僕の乙女」
(驚きしかないが、ヒースが元気になったのならいいけど)と考えていると
「マユリ。これからよろしくね」
ヒースの嬉しそうな声に、「これから傍に居ていい。」と言った自分を思い出し、思わず頭を抱えたくなった。
「おい。マユリ。フィルの事を忘れていないか?」
アレンの冷静な声が、マユリに届くと
「フィル… フィル様!」
マユリが叫んだ。
読んで下さる方。ありがとうございます。上手くお話になっていれば、幸いです。このお話の世界の端っこで頑張っていることが嬉しい日々です。その上で、1人でも好きだと思ってもらえたら。なんと幸せなことでしょう。感謝で一杯です。




