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魔法は何もつかえないけれど  作者: ちくちく
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看病ですか?

朝、ヘレネの部屋に行くと、細々とした雑用を次々に頼まれた。

「本を取って。花を摘んで来て。窓を少し開けて。花瓶に花を活けて来て」

ちょっとした雑用を行う度に、姿勢を直され、指先の所作を直され、花の生け方、置き方を注意され、動く度に所作を直される。


「エレガントに動くの。雑な動きはダメ。指先まで気をつかうのよ。歩き方もそうよ。私の弟子なんだから、全ての動作を美しくね」

お世話じゃなくて、再教育だった。

あの1週間を思い出すと、自然と背中が伸びた。


指先まで気をつかって動くことは難しいが、半日もすると筋肉痛と共に体に馴染んでくる。優雅な動きを体に叩き込んでいくが、ヘレネ自身は扇で口元を隠して、歌う様に的確な指示を出して行く。


昼に部屋に戻った時には思わずベッドに倒れ込んだ。


「看病に来たのではなかった…」

「これってトレーニングと言うか、修行ですね」

「ナネットさんもそう思う?」

「はい。高位貴族令嬢のマナー教育ですね。それもかなり高度の」

「私、庶民で一般人なんですが…」

「ヘレネ様、楽しんでますよ~」

「これが続くのかしら……」

「多分」

「ヘレネ様って……」


午後にヘレネの部屋に行くと、

「あなた、楽器できるのでしょう?」

「はい。少しは…」

「そこにある物どれでもいいわ。どれかで演奏してみて」

「何でもよろしいですか?」

「ええ、あ、シオンもね」


部屋の端にシオンが居たことにその時気が付いた。

「すいません。シオン様まで私に付き合わせて」

「私もマユリと一緒に演奏するのは楽しみだな」

「本当ですか? 私、嬉しいです」

笑顔のマユリと一緒に楽器のそばに行き、あれこれと2人で相談する。


「私はピアノか笛が慣れているのですが、シオン様は何がお好きですか?」

「私は君に合わせるよ。ここにある物ならどれでもいいよ」

「シオン様。全部演奏できるのですか?」

「まあ、音の出る物なら大体は」

「やっぱり。天才です」

「天才ではないよ。音が出せる程度だから」


「私はピアノでいいですか?」

「じゃ、私は久し振りに、このミニハープにしようかな」

「素敵です。どんな音がするのでしょう」

「持って歌えるからね。女の子がハープを奏でて歌う姿は美しいよね」


「私も演奏したいなぁ」

「教えてあげようか?」

「いいのですか?」

「母上のお許しがあれば」

「私はいいわよ。マユリに演奏してもらいたいもの」

「では、空いた時間に」


「さあ、それは後で、今日は何を聞かせてくれるのかしら?」

「バラの歌にしようか」

「はい。上手くはありませんが…」

「先ずは、自分達が音を楽しむ。そうすれば母上も楽しんで下さるよ」

「頑張ります」


2人が楽しそうに合奏を始めた。

ピアノとハープの優しい音色が部屋に広がる。

初めての合奏のはずなのに、2人の息はピッタリで、複雑に音が絡み合い、響き合う。

ヘレネも部屋に居た侍女達も、思わず音に聞き惚れる。


高く低く、歌うようなその音は、言葉のように心の中に浸み込む。

シオンもマユリも音でおしゃべりをしているようで、楽しくて仕方がない。

この曲がいつまでも終わらないといいのに、と思いながら演奏を続ける。

2人で歌った時とはまた違った感覚の楽しさで、気持ちが寄り添う。


(隣にこんな美しい人が居て、一緒に音を奏でて、何て幸せなんだろう。フィル様にも聞かせてあげたいなぁ)

と思っていると、あっという間に3曲を演奏していた。


「素敵だったわ。ありがとう。マユリ、お茶にしてちょうだい。シオン、後はよろしくね」

「じゃ。庭でも案内しようか。ここのバラ園もうちの自慢なんだよ」

「素敵ですね。行きたいです」

「じゃ。おいで」


シオンがマユリの手を取って歩き出した。

(あ、あの私の手。手を繋いで、手を繋いで歩くのですか?シオン様。凄く恥ずかしいのですが)そう言うこともできず、ついて歩く。

シオンは赤くなったマユリを横目で見て、クスリと笑っていた。


ヘレネの庭は中心に噴水があり、そこから放射線状に庭が広がり、大きく4等分にされ、それぞれで花の種類と色味が変えてある。

趣の違う4つの庭それぞれに花が咲き乱れて美しい。

「あ、沈丁花の匂いがする。どこに咲いているのかしら」

あちこち覗いて見ていると、


「マユリ。見ーつけた」

ピンクのユニコーンが花の陰から顔を出した。

マユリは、硬直したようにヒースを見つめる。

「マユリ。何とか言って。1人で遠くに行くから探したんだよ」

ヒースの言葉を聞いてもマユリの表情は硬く、ヒースの体を押しやる。


ヒースが動かないため、マユリは踵を返してヒースから離れようとした。

「待って。マユリ。まだ怒っているの?謝ったじゃないか。僕は役に立つよ。そばにいさせてよ」

「男の人だったでしょ?ヒースクリフ。私のベッドで一緒に寝ちゃったでしょう?私、嫁入り前の女の子なのに。ありえないでしょう」


「横に居ただけだったのに。傍に居ただけなのに」

「私、あなたの鼻先や頬にキスしちゃったじゃないの」

「ちょっとした挨拶でしょ。気にしないでいいじゃない」

「私は気にします。傍に来ないで」


「そんなぁ。許してよ、マユリ。ごめんなさい」

「嫌です。傍に来ないで、帰って」

「僕、悪いことしてないよ。何もしてない。したのはマユリでしょ」

「本当に分かってない。ユニコーンって……。帰って」

「酷い。酷過ぎる。いじめだ」


傍に居たシオンが、笑い出した。

「マユリって面白いね。ユニコーンなんて人じゃないんだから。人の想いなんて分かるわけないでしょ。ヒースも乙女心を理解しないと嫌われたままだよ」

「え。何それ?」

「まあ、もうしばらくはマユリの前に出てこない方がいいと思うよ。ほとぼりがさめると言うでしょ?」

「ほとぼりって、どの位?」

「まあ、城に帰る位までの時間は必要かな?」


「じゃぁ、待ってる。寂しいけど我慢する。しばらくお別れするね」

「ずっとでいいですからね」

「酷い。でも早く機嫌を直してね。待ってるからね」

「待たないでいいです。もう来ないで下さい」


ヒースは大きな瞳に涙を溜めて、こちらを見ると、一瞬の後に転移した。


酷いことを言っている事は分かっているが、ペットの犬扱いをしていた自分が恥ずかしくて仕方がない。あの綺麗な男の人に、あの鼻先にキスしていたなんて、思い出すと気が遠くなりそうになる。もうヒースと顔を合わせたくない。自分が悪いと自覚していても、恥ずかしくて会いたくないのだった。


「まあ、許してあげたら?ユニコーンの守護は強いから、これからきっと役に立つよ。本当に清らかな乙女の所にしか現れないし、それだけマユリが好きなんだから」

「そうなんですか?」

「なので、機嫌を直して?」


シオンが柔らかく微笑んで、マユリの顔を覗き込めば、頷く以外の返事はあり得ない。

こくこくと大きく頷くと、

「いい子だ。さ、奥まで案内しようね」

と満足そうに笑顔になって言い、それから2人で庭園をゆっくりと歩いて楽しんだ。


看病に来たつもりだったマユリは、毎日午前中はヘレネにマナートレーニングでしごかれ、午後はヘレネのためにシオンと音楽を奏でる。毎日非常に充実した日が過ぎる。

美しいヘレネとシオンの姿を見ているだけで幸せな気持ちになる上に、毎日シオンと歌を歌ったり、音楽を合奏する。

穏やかで、優しい2人と居ると、理想の母と兄と過ごしている気持ちになる。


「ヘレネ様。私はこんなで良いのでしょうか。何の役にも立っていないと思いますが?」

「私が幸せで、元気になれば、よろしいのではないかしら?」

口元を扇で隠して、艶然と微笑むヘレネは目が潰れそうに美しい。


「私は娘が欲しかったし、マユリは頑張り屋さんで毎日の成長が楽しみだし、あなたの歌と音楽は本当に美しいわ。とても癒されるのよ」

「本当ですか?それでよいのでしょうか?」

「いいのよ。ずっとここに居てちょうだい」

「そんな、もったいないことです」


「マユリが来てから、母上も私も毎日楽しいよ。君が居てくれるだけでいいんだよ」

「私よりも、シオン、あなたの方が喜んでいるじゃない。それでいいのかしら?」

「母上、正直過ぎです」

「嘘ではないでしょ?」

「まあ、はい。そうですね」

「まゆり。そういう事だから」

ヘレネが笑って言った。










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