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魔法は何もつかえないけれど  作者: ちくちく
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「森に帰る。」と言ってみれば

「マユリ。しっかりして。マユリ」

フィルの声と、馴染みのある布団の感覚に、意識が戻って来た。


「フィル様。ヒースは傍に居ませんか?」

「居ないよ」

「本当に? この部屋の中にも居ませんか?」

「大丈夫。僕とナネット達だけだよ。安心して」

マユリは薄く目を開けると。周囲を注意深く見回した。


(ヒースが男の人だったなんて。ユニコーンが人になるなんて。あの男の人の鼻先にキスしてたなんて。ああ、思い出すだけで恥ずかしさで火が出そう。アレン様も呆れたわよね。のうのうと一緒に寝てれば…。ああ、穴があったら埋めてもらいたい)

「驚いたね。ヒースが人になるなんてね」

マユリは布団から目だけを出して、フィルに聞いた。


「私、恥ずかしい女ですよね?」

「そんなこと思わないよ。私も驚いたし」

「本当に?私の事、軽蔑しませんか?」

「するわけないでしょう。でもこれから注意しないといけないね」

「はい」


(フィル様はいつも優しい。でも、でも、私の所業…。アレン様知っていたんなら、何で教えてくれなかったの。私、私。あんな綺麗な人に頬ずりしてた…。フィル様にだってしたことないのにって。いやいや、そんなことを考えている時点で私,大分変だ。ああ、それにしても、どんな顔してアレン様に会えばいいのよ……)


「ねぇ。大丈夫?」

フィルの後ろから、ヒョイと悩みの種が顔を出した。

「イヤッー!」

悲鳴を上げると布団の中に潜って縮こまり、

「どこかに行って」と叫んだ。


「酷い!人型の僕だって可愛いでしょ?何でそんな意地悪を言うの?」

「男の人だから余計に駄目なの。あっちに行って」

「酷い。酷過ぎる。僕泣いちゃうからね」

「酷いのはそっち。泣きたいのは私。何でよ」

もう、何が何だか分からなくなって、2人で泣き出してしまった。


「ちょっと、2人共落ち着こうか。ヒースは私と暫く席をはずそう。ナネット。マユリにお茶でも入れてあげてくれる」

と落ち着いた声で言うと、布団の上からポンポンとマユリを撫でて、ヒースを連れて部屋から出て行った。


マユリはナネットの入れてくれた美味しいお茶をちびちびと飲みながら、次第に落ち着きを取り戻してきた。

(だって知らなかったんだもの。不可抗力。フィル様さえ気にされないなら、いいじゃない。その他の人がどう思ったとしても)


と思っていたが、その時アレンが来た。

顔を見た瞬間に、やっぱり、布団を頭から被ってしまった。

「ごめん。ちゃんと教えるべきだったな」

布団の上から謝る声がした。


「いえ。アレン様が謝ることでは…。呆れたでしょう?」

「いや。あいつがあざとくてずる賢いだけだ。俺が悪い」

「でも…」

「とにかく、俺が悪い。お前は悪くない。だから気にするな」

布団から目だけを出せば

アレンが笑ってこちらを見ていた。


「まるでヤドカリのようだな」

「もう少しいい例えがないのでしょうか?」

少し気持ちが軽くなってクスリと笑った。


「それでな、お前のあの祝詞には何らかの力が働くことが分かった。魔法ではないが、

お前を守る力がある。俺達には分からないが、神聖な守護があることは良かったな。まあ、ユニコーンの守護の方がこの世界では分かりやすいがな。それとお前の髪だ。そこに力がこもっている。スピネルもヒースも触りたがるのはそのためだ」


「この髪は昔から祖母が切ってはダメと言ってました。そして,けがの後急にまた伸びて怖いんですけど」

「必要があったんだろう。回復薬と回復呪文もたっぷりだったしな」

「不思議ですね。でも祖母のお守りかもしれない。それなら嬉しいです」

アレンの後ろにいた、ジョイルも大きく頷いていた。


「そうよ。マユリの髪は本当に気持ちがいいの。ジョイルとの契約を破棄したいくらい」

「おい。止めてくれよ」

「まあ、私が守ってやらないとね。ジョイル。大事にしないと乗り換えるわよ」

スピネルがそう言うと、マユリの三つ組みの髪の下に潜り込んだ。


こうしてマユリが頼まれた城での用事は全て終了した。


これからどう生きるか、どう生活すればいいのか。城の生活は何不自由なく、それこそお姫様の様な生活だった。

庶民の自分が甘えずに自立する道を探さないといけないが、ここではすっかり甘やかされてしまった。

一度しっかりとリセットしてよく考えなければ、なのでやっぱり森の家で考えようと決心した。


フィルにそれを言うと、

「うん。いいよ。一緒に帰ろうか」

「フィル様の家はここです。ここに居ないといけないと思います。

「マユリ1人をあの家にやるわけないだろう?」

「フィル様、王子様なんですよ」

「私はマユリの保護者でしょ? 1人にするわけないでしょ?」

「そんな。許されません」

「私が、マユリと一緒に居たいんだ」


一歩も譲らないフィルの言葉に、いけないことだと理性では分かるが、嬉しい気持ちは抑えられない。

「マユリが帰りたい時に一緒に帰る。これは譲らない。いいね」

涙が溢れて止まらなくなるが、大きく頷くとフィルが頭を撫でて、

「初めて会った日みたいだね」と笑った。


フィルはその足で、両親の所に行き、森の家に帰ると告げると、マユリが森の家に帰りたがっているという噂があっという間に城中に広まった。


「マユリ様。城から出て行くおつもりですか?」

「はい。ここは私の本来居るべき場所ではないです。お世話になりました。帰る日はもう直ぐでしょうけど、それまでよろしくお願いします」

「ここにいましょうよ。私達がずっとお世話しますから」

「ナネットさん達は私のお姉さんだと思っていますから、またチャンスがあれば会いに来ますね」


「チャンスって?」

「フィル様次第です」

「ではフィル様を脅しましょう」

「それは…、どういうことでしょうか?」

「どうぞ、お気になさらずに」


(けが、もう一回してくれてもいいから、ここに居て欲しい)

涙ぐんだ2人の背中に黒いオーラが見えた様な気がして、何だか少し背中が寒くなった。


フィルが両親である、王と王妃に森の家に帰ると言った時。全員からブーイングを受けた。何故マユリを説得しないのか。全員から責められた。

その上で、マユリだけを置いて行けと言われた。

マユリの希望と言っても、説得できないフィルが悪いと責められる。


ジークとシリウスに至っては嫁にする、森の家に行く必要はない。

家族からの四面楚歌と余りの責められ様に

「じゃ、皆がマユリを引き留めたらいいだろう?私はマユリの希望を叶えるだけだからね」と家族に丸投げをした。


その為、王様一家と城の人々を巻き込んだマユリ引き留め作戦が開始された。

次の日からマユリの所に色々な人達がやって来るようになった。

最初はバラ園の庭師達が、そっと声を掛けて来た。


「マユリ様。どうして森に帰るんですか?私達庭師は貴方の歌にどれ程、癒された事か。花や庭木、苗もあなたの歌でより美しく、元気になるのに、全てが萎れてしまいます。庭師の活力の素である,貴方の歌と声が聞こえないなんて悲し過ぎます。ここに居て下さい」と訴えた。


図書館職員もそっと訴える。

「マユリ様の挨拶の声、本を渡す時の感謝の声。庭で歌う美しい歌声。毎日の癒しの声が音楽が、なくなってしまうなんて悲し過ぎます。ここに居て下さい」と訴えた。


厩の職員もそっと訴える。

「馬達はマユリ様の歌が聞こえると、飼い葉をよく食べ、大人しくなり、イライラしなくなる。自分達も癒されて、仕事も捗りました。馬達が健康になり、よく動けるようになったのも、マユリ様の歌のお陰です。ここに居て下さい。馬と私達のために」と訴えた。


厨房の職員もそっと訴える。

「毎日の食事を食べる度に感謝の言葉をくれる。残さず、時にはお手紙を書いてくれる。優しい言葉にどれ程嬉しかったことか、厨房にまで聞こえるマユリ様の歌は、次の食事のアイデアになり、職員の癒しでした。ここに居て下さい」と訴えた。


騎士達もそっと訴える。

「マユリ様の歌が聞こえると、訓練も中断してしまうが、いつも大事な何かを思い出す時間になる。大切な者のために戦う自分達を鼓舞されている気持ちになる。ここに居て下さい。貴方を守らせて下さい」と訴えた。


侍女や使用人達もそっと訴える。

「貴方の声、貴方の歌、いつも嬉しい言葉ばかり。いつでも癒されていました。これからお世話をしたいと思っていたのに、ここに居て下さい。いつでも呼んで下さい」と訴えた。


ジョイルとスピネルは2人がかりでひどく怒った。

「森に帰る意味が分からない。ここで一緒に暮らそう。城が嫌なら、ジョイルの妻になればいい。私達の傍に居て」と説得した。


ジョイスと救護室の人達は訴えた。

「ねぇ。マユリ。私達が貴方を助けた1人よね。私達のお願いを聞いてくれるわよね。どこにも行かないで、ここに居てよ。毎日の貴方の歌が聞けなくなったら、私達泣いちゃうわよ。城が嫌なら、ジョイルを夫にあげるから。妹にならない?」と説得した。


城の人々がマユリを優しく引き留めようとする。

これにはマユリも傍に居たナネット達も驚きを隠せなかった。

「愛されていますね~マユリ様」

「間違っていると思う。違う人のことでは?」

「貴方のことです。間違いはないです」

マユリは遠い目をして、ため息をついた。









た。

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