森の家
「ここが、私の家。今日から君の家でもあるね。さぁ、中にどうぞ」
とドアを開けた。
ログハウスは天井が高く、思ったより広い。右手に台所が見える。流しや竈のようなコンロがある。大きなダイニングテーブルと椅子が右奥にあり、左手には暖炉があった。その前には寝椅子の様な大きなソファーが置いてある。(うわぁー。森の小人のお家だ。北欧の家ってこんな感じなのかな? 可愛らしいけど、何だか色味がない。男性のワンルームマンションってこんな雰囲気かな?知らないけど…。)とキョロキョロと周囲を見回していると、
「中に入らないの?」と笑われた。
「お邪魔します」と家の中に足を踏み入れた。
「いらっしゃい。お茶を入れるね」とフィルが流しの方に行く。
ついて行くと、井戸が横にあり、ヤカンに水を入れてコンロに掛けた。火が付いたようには見えなかったが、あっという間に水が沸く。(不思議。火はどうなっているの? 全然分からないが、これが異世界仕様なのかしら。コンロに乗せるだけでいいなんて。ほんと何でもありだな)
「えっと。カップってあったかな? どこだったかな」
とフィルが戸棚の中を探す。すると奥からほこりを被ってはいたが、高級そうな白磁のティーセットが見つかった。1人暮らし感が満載だった。
手早くお茶の準備をするフィルは手慣れた感じで、あっという間にマユリの前にお茶のカップが置かれる。
「はい。熱いから気を付けて」
2人で向かい合ってテーブルに座る。
熱いお茶のカップを両手で持って、お茶を味わう。(ああ。美味しい。目の前に座ってップを持っているフィル様。ほんと、整った顔。左側の痣がなければ漫画の中の王子様だ。最初のあの冷たい感じが嘘みたい。そして、今は掌を返したようなこのフレンドリーさ。信じていいのかしら。妹認定されたけど。この瞳は嘘をついているようには見えないなぁ。頼れる人は居ないし、信じたい)とじっとフィルを見ていると、
「何? 何か聞きたいことがあるの?」
「フィル様。私、ここに居てもいいのですか?」
「ここは私1人で住んでいる家だから、マユリが居たいだけいつまでもここに居てくれていいよ。私の妹として守るから。心配をしないで。大丈夫。不安なことはない? 聞きたいことを聞いて」小首を傾げて笑顔で話すフィルは美し過ぎて眩しい位だった。
「ありがとうございます。こんなにしていただくのは心苦しいのですが、右も左も分からないので、どうぞよろしくお願いいたします」
と言うとマユリは立って丁寧に頭を下げた。
「そんなにかしこまらないで。私は4人兄弟の末っ子だから妹ができて嬉しい。でも年下のそれも女の子って周囲に居なかったから、分からないことだらけ。希望をその場で言ってくれると嬉しい」と微笑んだ。
それから2人で食器やベッドの準備をした。奥の部屋には大きなベッドが2台あった。窓の下のベッドは使っているようだが、手前の1台は全く使った様子はなく、カバーを取ると少し古い匂いがした。
(お客様用のベッドのはずだけど、使った様子はないなぁ。フィル様って、本当に一人っきりで暮らしているみたい。何でかな。)と考えていると、
「マユリ。寝巻が要るよね。私のシャツでもいいかな?」
と綿シャツを持ってきた。長身のフィルのシャツを頭から被ると、裾は床に垂れ、袖は全く手が出ず、ぶかぶかだ。まるで幼稚園児がお父さんのシャツを悪戯で着ているようだった。
フィルが片手で口元を覆うと横を向いた。声を出さずに笑っている。(仕方ないよ。私背が低いもん。ええ。袖なんか手が出ないの当たり前よ。どうせ、ちびですよ。お笑いですよね)とちょっとむっとした。
「フィル様。この袖切ってもいいですか? それと裁縫道具ありますか?」と聞いた。フィルは頷いて裁縫道具を持ってきた。マユリは手渡された鋏で思い切りよく30cm程バッサリと袖を切ると、あっという間に袖の端をまつり縫いで縫い縮めてしまった。
「凄い。マユリ。縫物上手だね。私の妹はこんなに小さいのに、この小さな手で凄いなぁ」とニコニコして言う。
「まあ、家事は祖母に鍛えられましたから。祖母は女だからと言うわけではなく、自立した人は家事は出来て当たり前。プロになる必要はないけれど、一通り何でもできることがカッコいい大人、と教えられて。なので、料理もできますよ。」 と胸を張ると、
「じゃ、美味しい物を作ってくれるの?」
「お口に合うかどうか……。頑張ります。」
「楽しみだな。私の妹はこんなに小さいのに。けなげで、素敵だ.」
(幼児認定は変わらないなぁ。)心の中でため息をついた。
「でも今日は、私が夕飯を作るね。おもてなしだよ」
と言うと、野菜をザクザクと大きく切って、鍋に放り込んだ。男のキャンプ料理だ。いい匂いがしてくると、フィルはパンやジャムをテーブルに並べ、スープを皿に盛り付ける。雑だが、手早くて手慣れている。
「フィル様。立派な大人の人ですね。カッコいいです」
「そんなことはない……けど。どうぞ、召し上がれ」とフィルは少し照れて頬を染めて言った。
夕食は優しい味で、とても美味しかった。