ユニコーンの乙女とは
城の中庭に人々が集まって来た。
人をかき分ける様にして、ナネットが飛びついて来た。
「マユリ様。ああ、御無事で。申し訳ありませんでした。お傍に居ましたのに。あっ!この、ユニコーン……。マユリ様を攫っておいて、何故ここに」
マユリを庇う様に抱きしめて、ヒースクリフを睨み付けて後ろに下がった。
「乙女を守護する僕が乙女を傷つけるようなこと、するわけないじゃないか。ユニコーンは聖獣だよ。守護者なんだから。こんなに可愛い僕が悪いことをするわけないさ。ねぇ、マユリ」
といつの間にか。ナネットの反対側に寄り添うように立って言った。
「このドスケベ、ユニコーンが」
アレンが蹴とばそうとすると、マユリとナネットが光って手の届かない所に転移していた。
2人は何が起こったのかと驚いて、アレンと自分達を交互に見た。
「乙女を守護するのが僕達ユニコーンだからね」
「だからと言って、好き勝手していいわけではないからな」
「乙女の傍に居る限り、僕達は最強だからね。邪魔は許さないよ」
「じゃ、帰って下さい」
マユリが無表情にヒースクリフに言うと
「ええっ!酷い。嫌だよ。そんな事言うなんて。何で?僕は可愛いし、君を守護できるよ。悪い男どもをやっつけられるのに」
「私を困らせるヒースクリフは、とっとと里に帰って下さい」
マユリがヒースクリフの顔に両手を当てて、真剣な瞳で言った。
ヒースクリフは焦ったように、マユリの前に両膝を折り、頭を下げた。
「ごめんなさい。マユリの言う事に従うから、傍に居させて下さい」
そして馬なんだが、上目遣いに金色の大きな瞳を潤ませて懇願する。
馬なんだがその可愛さに、怒っていたはずのナネットまでもが、思わず
「ゆ、許してあげても……」と呟いてしまう。
(何だ、このあざとさは。あざと過ぎるぞ、このユニコーン)
傍に居た城中の男達が心の中で叫んだ。
しかし、傍に居る女性と子供はその可愛さに心を撃ち抜かれたようで、ニコニコと笑顔で眺めている。
「絶対にここの方々に迷惑を掛けないと誓ってくれる?」
仕方がないとため息を付きながら、マユリが言うと
「もちろん。良かった。これで傍に居られる」
「城の方に許可をもらってからですよ」
「僕らには必要ないよ。居ると喜ばれるだけ。聖獣だから。ねぇ、アレン?」
「許可は要らないな。だが、マユリ、止めとけ。ユニコーンは…邪魔でしかないぞ」
アレンは心底嫌そうに言うが、マユリは
「仕方ないです。ヒースクリフが私に飽きるまでは」と言った。
「マユリ、怪し過ぎませんか?心配なんですが」
シオンも言う。
「すいません。また攫われるのは嫌なので」
「そうだね」
不承不承ながらも。4人とナネットが頷いた。
その後は、ヒースクリフを王宮の女性と子供達が取り囲んだ。
「乙女と子供は触ってもいいけど、結婚した人はごめんなさい。僕が弱っちゃうから触らないでね。これからよろしくね!僕はヒースクリフ。ヒースって呼んでね」
と言うと歓声を上げる人垣に囲まれた。
その隙にマユリは部屋に戻って、ベッドに倒れ込んだ。
「疲れた。もう……ダメ……」
と言うと、あっという間に眠り込んでしまった。
ピクリとも動かなくなったベッドの上のマユリを見て、
「お帰りなさい」
ナネットとルルがやっと安心したように小さく呟くと、マユリを寝巻に着替えさせてベッドの中に寝かしつける。
それでも目覚めないマユリを見て、満足そうに2人は微笑み交わした。
真夜中にマユリは突然ぽっかりと目が覚めた。
部屋の中には月の光が青白く射していた。
ベッドの上に起き上がって窓の方を見ると、高窓の下にヒースが足を折って座ってこちらを見ていた。
(寝室に馬っていいのかな?聖獣だから家畜とは違うわよね。でも部屋に馬入れていいのかしら?うーん、怒られるかな?)
「僕は守護聖獣だから傍に居ないとね」
「でも今、夜中でしょう。転移できるんだから里に帰った方がよくない?」
「僕は離れないよ」
(ストーカーなの?コワッ。そして、寝室に侵入。もう、仕方ないよね。でも月の光の中のユニコーンって、なんて綺麗なんだろう。たてがみと銀の角が月の光と相まって、イラストの世界。エフェクトがかかって影が伸びて、本当に神々しい。シオン様を横に置いたら、もう月の女神様そのもの)と思っていた。
「ねぇ、マユリ。君、僕のこと信じていないでしょう」
「うん。だって私。お姫様じゃないし」
「お姫様?僕達はそんな物で乙女を選ばない。魂で選ぶんだ。地位や姿なんて、何の価値もない。乙女のその魂を僕達が愛したいと思わないと、ダメなんだ。そして、選んだ乙女に間違いはないのさ」
「でも、私は普通で、魂って言われても…」
いつの間にかベッドの上に座っていたヒースに寄りかかるとその首に抱き付く。
「ヒースは間違っていると思う」
「僕が選んだ。間違えるはずがないよ」
「私じゃないと思う」
「僕の乙女は君。君がいいんだ。」
「おかしいよ。私なんて」
「君のそばに居たいんだ。僕の乙女」
ヒースの首に頬を寄せるとお日様に照らされた草原の匂いがする。
何だかその温かさが眠気を誘う。
「意味が分からないなぁ…」
小さく呟くと、そのまま寝入ってしまった。
「何してるんだ!」
アレンの声で目が覚めた。
(何って、寝ているんですけど。寝坊したのかしら。怒ってるみたいだけど、何でかしら?)眠気の残る頭で考えていると。
「このバカ馬!今すぐベッドから降りろ!」
とアレンが怒鳴った。
「何で~」
のんびりした声がすぐ後ろから聞こえた。
そこには足を折って座っているヒースが居た。
「あ、おはよう」
「うん。早くはないけど。おはよう、マユリ」
ヒースが鼻先を頬にくっ付けて言った。
「何落ち着いているんだ。マユリ。い、一緒に寝たのか?」
「私、寝落ちしてしまったようです」
「寝たんだな」
「ああ、嫌だ。男の嫉妬って見苦しい」
ヒースはマユリにより一層くっ付くと鼻先でマユリの頬をつつく。
マユリはその首に抱き付くと起き上がった。
「バカ馬。マユリから離れろ」
「嫌だね」
「着替えるから出て行って」
「ここに居てもいいでしょ?」
「嫌いよ」
ヒースは軽やかにベッドから降りると、両膝を折って頭を下げた。
「お心のままに、僕の乙女。アレン行くよ」
「このバカ馬が」
「あんまり近付かないでね、男は臭くて嫌いだから」
「何様なんだ」
と言い合う1人と1頭が部屋から出て行った。
「ユニコーンって、ベッドに寝るものなんですかね?」
ナネットが不思議そうに聞くが、
「さぁ?でも一緒に寝ちゃったみたい。ペットと一緒に寝るというサイズではないですね。馬ですし」
「そうですね。小さいけど馬ですよね。角がありますが」
「寝苦しくはなかったのですか?」
「ベッド。大きいから」
「問題はそこではないと……」
「抱き枕としては巨大だけど、抱き心地はいいわよ」
「手触りはいいですよね」
マユリとナネット、ルルの3人は、遠い目をして頷いた。
その日マユリは久しぶりにジョイルの執務室に居た。
「何でユニコーンなんて連れて来たのよ」
黒猫のスピネルが全身の毛を逆立てて叫んだ。
「猫…うるさい」
「お前。このバカ馬。マユリに近付いていいのは私だけよ。後から来て、何様。早く里へ帰れ」
「乙女の傍に居るのが僕の務め」
「煩い。早く帰れ」
「マユリはお前の物じゃない」
「あんたの物でもでない。このバカ馬」
「止めてもらえます?私は誰の物でもないはずですが」
マユリの珍しく温度のない声に、怒りを感じたスピネルとヒースが直ぐに黙った。
「マユリ。ありがとう。それでまた悪いんだけど、この前の祝詞?あれをここでもう1度見せてくれないか?スピネルや、ほかの魔法使いもできれば同席させたいんだ」
ジョイルが申し訳なさそうに頼むと、
「もちろんいいですよ。毎日の習慣ですし、何かお役に立てると嬉しいのですが」
「私達に分からないことも、スピネル達なら分かるかもしれないから」
「この前は結界がありましたか?」
「そうなんだ。超強力なのが」
納得して、大きく頷いた。
マユリが再び床に正座をすると、手を付いて頭を下げる。柏手を打つと、スピネルの尻尾がピンと立った。
祝詞を奏上すると、ゆっくりと部屋中に清浄な気が満ちて行く。
最後に柏手を打つと、傍に居たヒースの体が突然白い光に包まれた。
皆が驚いていると光が消えた後に、ピンク色の髪の青年が現れた。
「エヘッ。変わっちゃった」
マユリとナネットがその場で固まり、アレンは頭を抱えてしまった。
「ヒース。人なの? 男の人…だったの?」
「ばれちゃった」
昨夜、ベッドに一緒に寝て、首に抱き付いた。
鼻先にキスをして、頬に鼻先をくっつけられた。
体に寄り添い、背もたれにして座って、抱き枕代わりにしたあのヒースが……。
ピンクの髪に金色のメッシュが入った長い髪をなびかせた、長身で金色の大きな瞳のひどく美々しい立派な男性が目の前に立っている。
「この姿は嫌い?」
マユリの顔を覗き込む、その顔は可愛い系のイケメンで、昨夜私この顔の鼻先にキスしちゃった。このイケメンの首に抱き付いて頬ずりして……。この男の人とベッドに寝……。
余りの衝撃に意識が飛んでしまった。




