感謝の歌の会
あのケガを受けた日から時が過ぎ、マユリはほぼ回復した。
感謝の想いを込めて、お世話をしてくれた人々に感謝の歌を贈りたいと王妃にお願いした。
「まあ、素晴らしい考えね。私達家族と、アレンとジョイスや救護室の職員といったところかしら」
「はい。お世話になった方に、元気になったところを見ていただきたくて」
「場所は私が準備しましょうね。衣装も素敵にしましょう。楽しみだわ、綺麗になったマユリを皆に見てもらいましょうね」
「綺麗なのは王妃様です。私なんか、普通なので」
「女の子は皆綺麗で可愛いの。私なんか,何て言ってはいけないのよ」
マユリの後ろでナネットとルルが大きく頷いていた。
マユリが感謝の歌の会を開くという話が、あっという間に城中を駆け巡った。
「水臭いよ。マユリ。君が歌うなら私も参加するよ。これは決定だからね」
「そんな。きわめてプライベートな私の感謝の気持ちなのですけれど」
「マユリの歌のパートナーは私だから。君に拒否権はないよ」
「パートナーなどと、恐れ多い。私には身分不相応です……」
「私は君にとって、最高の守護者だと自負してるんだけど」
美しく微笑むシオンは最強だった。
また城内にシオンの参加の話が流れると、名だたる音楽家の人々も我先に王妃に参加を嘆願した。
シオンと共演できる。その歌が聞ける。
音楽家として千載一遇のチャンスを誰もが掴もうとした。
そして、貴族の人々は
「是非歌の会に、私だけでも列席させていただきたい」
と事あるごとに王妃の元に日参し、繰り返し言って来る
驚く程の人数で、仕事に支障が出る程だった。
王も高位貴族達や仕事にかこつけて面会に来た人々にまで懇願されて、うんざりするが、話はどんどん大きくなっていく。
余りの煩さに王妃はもう考える事をやめ、最大の人数を収容できる城の大ホールで歌の会を開くことにした。
(まあ、シオンも音楽家も居るし、歌うことには変わりないし。大ホールなら人数も詰め込める。人数が増えたということで、マユリは嫌がるだろうけど、まあこうなったからには、うんと素敵なドレスを着せて、皆を驚かせましょう)と決めた。
一気に規模が大きくなり、音楽祭の様だ。
それを聞いたマユリは恐れおののき、怖気づいてしまったが、
「私と歌うことに変わりはないでしょう?音楽家達も張り切っているし、君も音楽を私と楽しめばいいんだよ」
何の気負いもなく話すシオンの姿に、
(ああ、流石は私の女神様。最強の助っ人様。守護天使様。神様仏様、シオン様)
と思っていると、
「まあた、何か変なことを考えているでしょう?」
「そんな、滅相もない。変な事なんて。崇めているだけです」
「まったく仕方のない。でもそこが君のいいところだしね」
苦笑するシオンに、
「シオン様。何かおっしゃいましたか?」
「何も。歌う曲を決めようか」
「はい。仰せのままに」
「やっぱり、変な事を考えてる」
シオンが軽くマユリの額を指ではじいた。
城は歌の会の開催で一気に盛り上がった。
城の使用人達はバラ園から聞こえる歌を時々耳にしていたため、仕事であっても直接聞けるこの会に期待が高まり、た。使用人達の士気はいやが上にも上がった。
嬉々として準備に勤しみ、あっという間に会場準備が進み、当日を迎えた。
城の中はいつにも増して,煌びやかに美しく飾られていた。
大ホールには花が溢れ、シャンデリアがプリズムの様な7色の光を輝かせていた。
ステージの上には音楽家達の椅子が丸く並べられている。
人々の期待は嫌が上にも高まり、今や遅しとステージを見ている。
1000人を越える観客にマユリの足は竦むが、フィルとシオンに見送られてステージに上がった。
「本日は音楽の夕べに、ようこそいらっしゃいました。今日は私の感謝を王様、王妃様、救護室の皆様、アレン様、皆様にお伝えしたいと思っております。ご恩に感謝する歌を聞いていただきたいと思っています。どうぞ、最後までお楽しみください。よろしくお願い致します」
と深く頭を下げた。
今日のマユリはタンポポ色のドレスを纏い、首筋と手首に細い金鎖を幾重にも連ねたアクセサリーを付けていた。動くとシャラシャラと小さな音を立てる。
これはステージに上がる前に、フィルがつけてくれたお守りだ。
そっと触れると大きく深呼吸をして、アカペラでバラの歌を歌い始めた。
この国で知らない者のいない有名曲を歌うマユリは、前回の子供体型ではなく、ほっそりとした少女の姿だった。
背中から腰までに流れ落ちるストレートの黒髪が、動く度に細い金鎖のアクセサリーと相まって光を放つ。
妖精の様な姿によく似合う、透明感のある声は青い空と咲き誇るバラを連想させる。
誰もが聞き惚れる中、1人2人と観客も声を合わせて一緒に歌い始める。
あっという間にホールの全員が歌い出し、大きな合唱になる。
マユリは大きなうねりの様な合唱に感動していた。
(ああ、本当にシオン様の言う通り。音楽って素晴らしくて楽しい)
次に歌ったのはマユリの大好きな花、桜の花の歌を3曲ほど歌った。
ゆったりとした曲調と優しく甘い声は、どこか故郷への郷愁も誘い、ここに集った観客を全員包み込むようだった。
ここでオーケストラの人々がステージに現れた。
この国のトッププレイヤー達が勢揃いした、1夜限りのジョイントオーケストラだ。
その顔触れにホールの人々は驚いたが、その豪華なメンバーの奏でる音楽にまた人々は酔いしれた。
そのオーケストラをバックに、シオンが舞台に上がった。
割れるような拍手が鳴り響く。
今日のシオンは銀色のローブを纏い。まるで月の一筋の光の様だった。
シオンは大ホールの観客を、輝く瞳で一度ゆっくりと見回した。
一瞬で大ホールが静まり返る。
そして、歌い始めたその最初の一声で大ホールを完璧に支配した。
豊かで美しいバリトンの声が表情豊かに言葉を紡いでいく。
圧倒的な歌の力にマユリも観客も身動きすらできない。
歌い終わっても人々はじっと動けず、シオンを見つめる。
シオンが小さくフフッと笑って、舞台の袖に立ちすくんでいるマユリを手招きした。
観客はその動きで意識が戻り、割れんばかりの拍手をした。
舞台に上がったマユリの手を取ると、2人で目を合わせ、歌い始めた。
何とも美しいデュエットだった。
メロディに重ねるハーモニーは絶妙に響き合い。2人の声が互いに相手を高め合い、スリリングな掛け合いになっていた。
最後の歌を2人で歌い。歌の会を終了した。
人々は素晴らしい音楽を堪能し、その才能に驚嘆した。
会を最後までやり遂げたマユリとシオンは王と王妃に褒められ、感謝された。
「素晴らしかったわ。シオンはもちろん、マユリも最高だったわ」
「うむ。そなた達は国の宝だな。心が洗われるようだった。王として感謝する」
(シオン様と音楽家の皆様は本当に素晴らしかった。私はご一緒出来ただけで、幸せだった。音楽はこんなにも豊かで美しい。こんな経験ができるなんて、私は何て幸せ者なんだろう)
と考えていると、シオンがマユリの頭に手を乗せて、
「ね。マユリ、やっぱり、これから私と音楽で暮らそう。きっと楽しいよ」
「本気に?」
「マユリ。どういうことなの?シオンと音楽って…」
王と王妃、3つ子が驚いた様に2人を見つめた。




