これから
シオンが目の前でふわりと微笑むと銀色の光が零れる様に見える。
今日も女神様は美しい。そして優しい。
「大変だったね。もう傷はいいの?」
「はい。今は体力の回復を頑張っています」
「何だか感じが変わったね。痩せたし綺麗になったね」
シオンに褒められて思わず、頬を染めて視線を彷徨わせる。
「ねぇ、マユリ。君はこれからどうするの?」
「どうするとは?」
「フィルと一緒に森でずっと暮らすの?」
「分かりません」
「じゃあ、私と一緒に音楽をやらない?」
「天才のシオン様と私とではレベルが違い過ぎます。一緒なんて無理です」
「私が、楽しいんだ。一緒に歌いたいんだ。パートナーになってくれない?」
(これは現実かしら。才能に溢れた天才のシオン様にこんな風に言ってもらえるなんて、幸せ過ぎる。こんな嬉しい事を言われたことは今までなかった。本当かしら?)
「本当ですか?私にとって嬉し過ぎるお言葉です。ありがとうございます。夢の様なお話です。フィル様に相談させていただきますね」
「フィルに相談?自分のことを決められないの?君は自立したいんでしょ?自分で人生を決める勇気がこれからは必要だと思うよ」
(ああ、本当だ。私はどれだけ、フィル様に頼っているのだろう。これからはもっと自分でちゃんとしないと。フィル様にこれ以上依存しては駄目よね。何だか自分の情けなさに落ち込んでしまう。16にもなって、こんなでいいわけない。もっとしっかりしないと)
眉を顰めてあれこれ考えていると、
「そんなに顔を顰めると、早くおばあちゃんになっちゃうよ」
笑うシオンに赤面して、慌てて眉間を両手で擦ると、
「まあ、ゆっくり考えればいいことだよ。病み上がりなんだから。それより久しぶりに歌おうよ」
マユリはシオンを見上げて
「シオン様……。私なんかじゃ釣り合わないです」
「ねえ、マユリ。音楽って楽しむものでしょ?2人で歌うの楽しくなかった?」
「凄く楽しかったです。シオン様の歌をいつまでも聞いていたかったです」
「私もマユリの歌が好きだよ。2人で歌いたい。それでいいでしょ」
(ああ。何て魅力的なお話なんだろう。それでいいって。それでいいって。シオン様本当に?聞き間違い?私の願望?そばに居るだけでも幸せなのに……。幻聴かもしれない。女神様はどうしてこんなに優しいのかしら)
「マユリ。何かおかしな事を考えてない?」
「とんでもございません」
「言葉が可笑しいよ}
シオンが笑いながら言うと、誘う様にバラの歌を歌い始めた。
その歌声に会わせてマユリも歌い始める。
久しぶりに声を出すため最初は少し掠れたが、徐々に声が出てくる。
2人の声が、響き合って流れて行く。
低く高く豊かな声に人々が集まってくる。
(ああ。楽しい。やっぱり一緒に歌うと、自分が凄く上手になった気がする。シオン様は真の天才で、凄い歌い手だな)
「うん。やっぱり楽しい。一緒に音楽をやろうよ。待ってる」
シオンが笑って言った。
その頃王と王妃、3つ子が揃って話をしていた。
「フィルよ。マユリが回復したと聞いたぞ。これからどうするつもりだ?」
「はい。森の家に帰ります」
「あんな所に帰るですって。マユリはもう私の娘なんだから。ましてやあなたの恩人なのよ」
「マユリと私の希望なので」
「お前の呪いはどうする。解呪されていないんだぞ。ここに居ればまだ何とかなっても、森ではどうしようもない。またマユリが傷を負ったらどうするつもりだ?」
「それは……」
あの日の光景を思い出し、フィルは目を瞑った。
「マユリは俺達3つ子を見分けられるたった1人の娘だ。俺は嫁にしたい」
「ジーク。嫁って。本気なの?私の妹なのに」
「お前の物じゃない。俺はマユリがいいなら、嫁にしたい。シリウスもそうだろ?」
「多分私の方が本気だよ」
「シリウス……まで」
「あら、いいわね。誰の嫁でもいいわ。そしたら本当に私の娘ね。うふふ。楽しみ」
「そん…な。誰の嫁でもいいなんて」
「ともかく、あの娘はこれからも私が庇護する。それだけの恩を受けたからな。出来る限りの望みは叶えるつもりだ。フィルもマユリとよく相談をしなさい」
王が話をまとめると、全員が頷いた。
次の日、アレンがまたやって来た。
「どうだ?昨日はバラ園まで行ったそうだな。歌ったと聞いたぞ」
(なんてお耳が早いのかしら。私の事なんて誰も知らないはずなのに)
「はい。だいぶ歩けるようになりました」
アレンを黒く輝く瞳で見上げて、笑顔で言った。
アレンは何となく、両手でマユリを治療の時のように抱き込んだ。
マユリは驚いたが、検査なのかとじっとして、赤い顔でアレンを見上げる。
「アレン様。何か気になることがありましたか?」
「ん。今も大丈夫かと、まあ確認だな」
「大丈夫でしょうか?」
「呪いは消えている。大丈夫だな。それにしても、マユリは温かくて抱き心地がいいな」
「私は抱き枕ですか?すごく恥ずかしいんですが」
「お前がいいなら、俺の家に連れて帰ろうかな?」
「雇って下さるのですか?」
「おう。いいぞ。3食昼寝付きでどうだ?」
「好条件ですね」
「そうか?いつでもいいぞ}
「本気ですか?」
「俺は一人暮らしだからな。すぐでも問題ない」
「真剣に考えさせていただきます」
「俺はいつでも大歓迎だぞ」
「ありがとうございます。それで、そろそろ恥ずかしいのでこの手を離して頂ければ…」
抱かれたままのアレンの腕にそっと手を添える。
「ああ、すまん。忘れていた」
アレンが部屋を出て行くとマユリは真剣に考え始めた。
王妃がやって来た。
「ねぇ、マユリ元気になって、本当によかったわ。これからもずっとここに居るのよ。フィルの恩人なのよ。私と一緒に暮らしましょう。あんな何もない森の家になんか帰ったらダメよ。私が、この私が、あなたに居て欲しいの。いいでしょう?」
嫌とは言えない優しい圧を感じて、思わず返事に戸惑う。
フィルもやって来た。
「元気そうだね。昨日はバラ園まで行ったって?」
(何で皆知っているのかしら?謎だわ)
「はい。もう大丈夫です。ご心配をおかけしました」
「また、そんな事を。私のせいでケガをしたんだよ」
「フィル様は私の恩人ですから」
「マユリこそ私の恩人だよ」
2人で顔を見合わせるとフフッと笑い合った。
フィルと散歩をしながら話をした。
「マユリはこれからどうしたい?ここに居たい?それとも森の家に帰りたい?教えてくれる?」
「これからどうしたらいいのか、まだ分からないんです。でも人に頼って生きて行くのは間違っていると思うんです。先程アレン様に、『雇って下さる』とお話をいただいたので
迷っています」
「んん?アレン様が何だって?」
「私を雇って下さるって。3食昼寝付きって…」
「それ、お嫁さんみたいな話だね」
「うん?……あれっ。そう言えば……そう、ですね…」
「ちょっと、迂闊じゃないかな?」
「そう…。その…。はい」
「シオンと歌ったって聞いたけど」
「はい。シオン様もお優しくて、『一緒に歌を歌おう』と言って下さって…」
「んん?一緒にって、ずっとかな?」
「あ、そ、そんな感じで、音楽を楽しもうと」
「マユリ。君。ちょっと迂闊だと思うよ」
フィルはニッコリして言うが、マユリはすごく居心地の悪い思いをした。




