アレン
ケガと傷。出血などの表現があります。お嫌いな方はご注意下さい。治療の話が少し続きますが、もうすぐ終わります。
マユリの背中の傷は骨に達するような深いものだった。
血だらけの服を脱がせて傷を確認し、傷と体を清めた。
意識のないマユリはビクリとも動かず、浅い呼吸を繰り返し、苦しそうに眉を顰めていた。
その時、魔法師団からジョイルが救護室にやって来た。
「マユリは大丈夫?私に出来る事はないか?」
「ジョイル助けてよ。私は無力で無能だ。今は彼女の体力だけが頼りなんだ。傷はふさがらず、出血も続いている。私はどうしたらいいんだ」
ジョイルとジョイスは姉弟で、魔法で高名な貴族の家系だった。
2人共に生まれつき魔力量が多く、何かがあれば常に助け合って来た。
しかし、今はいつも強気なジョイスが疲れた顔で項垂れている。
「何か。何か。ヒントだけでもいいんだ」
横に座ったジョイルがジョイスの頭を抱えて、
「考えよう」と呟いた。
マユリの事件の話はあっという間に城中を駆け巡った。
フィルを命を懸けて守ったのは、昼にシオンと一緒に歌った子供らしい。その上にひどい出血で命が危ないと、ほぼ正しい噂であった。
それを聞いた時、大鷲のロルフが城を飛び出した。
大きく一つ羽ばたくと、全速力で一直線に北の山に向かった。
背中を押されるように、一晩中飛び続け、空が白々と明ける頃、北の山脈の峰が浮かんで見えてきた。ロルフはその一番高い山に向かい、力を振り絞る。
山の上を2度旋回して確認すると、山頂に近い洞窟に転がり込むように飛び込んだ。
「アレン様。アレン様はおられますか? アレン様!」
「何だ? 朝から、煩い。おや、ロルフじゃないか。久しぶり。えらく慌てて。どうしたんだい?}
洞窟の奥から、白い髪の長身の男がのっそりと出てきた。
「アレン様。助けて下さい!」
大きな声で叫ぶように言うと、ロルフが深く頭を下げた。
「突然、どうした?」
アレンがロルフの羽を撫でながら聞いた。
「あなたしか助けられません。お願いです。呪いで死にかけている娘が居るのです。私と一緒に城に来て助けて下さい。お願いします」
大きな瞳に涙を一杯に溜めてロルフが懇願した。
「どうした? 家族でもあるまいし、惚れた娘か?」
「そんなじゃありません。私には妻もおります。何とかしてやりたい娘なんです」
真剣なロルフの様子にアレンは襟を正して真面目に尋ねた。
「何があった?」
ロルフがこれまでのことを話した。
「一刻を争うのです。今にも死ぬ恐れがあるのです。助けて下さい」
と再び頭を下げる。
「お前がそこまで言うのか。仕方ないな。助けられるどうかは分からないが、一度見てみようか」
「ありがとうございます!」
(さて、どうなるか。城に行くのは面倒で不本意だが、ロルフの頼みだしな。まあ、一度どんな呪いか、見てみないとな)
もう一度ロルフを見る。信頼しか映していない瞳がアレンを見つめていた。
「では、行くか。ロルフ。そばに来い」
アレンの横にロルフが立つと足元に金色の魔法陣が広がった。
一瞬の後、アレンとロルフは城の中庭に立っていた。
「まだ。転移扉が存在していたな」
「流石です。アレン様。どうぞよろしくお願い致します」
「じゃ、行ってくる」
と手を振ると、足早に城の中に入って行った。
ロルフがその背中にまた、頭を下げた。
救護室ではジョイスとジョイルが2人でマユリを見ていた。
紙のように白い顔色で、大きく肩で浅い呼吸を繰り返すマユリに、回復魔法を一晩中かけ続けていたが、何の進展もなかった。
2人はそれぞれ、部門のトップとして力を合わせてきたが、これ程無力感を感じたことはなかった。この娘は、命の灯を辛うじて灯しているのに、国でもトップクラスの2人が揃って何一つ打つ手もない。悲しかった。
「おい。ここか?」
飄々とした声に2人が振り返った。
「あ、アレン様!」
「よう。久しぶり」
「な,何故ここに?」
「ロルフがなぁ……。連れてこられた。それで、その娘か?」
ベッドの上の虫の息のマユリを一瞥した。
「助けて下さい。お願いします」
ジョイスとジョイルは揃って頭を下げて懇願した。
「まあ、そんなに期待はするな。とにかく見ないとな」
「アレン様。あなたがだめなら、この国にこの子を助けられる者はおりません」
ジョイスが言い切った。
ベッドの横に立ってアレンがマユリを見つめる。
(ふむ。呪いが多重構造になっているな。一筋縄ではいかんな。うん?毒の痕跡はあるが、体に毒は残っていない。この2人に解ける類の呪いではないが、解呪されている。何故だ。しかし、この部屋は……。この娘の体力を奪っているな)
「おい。ジョイス。必要な者以外はこの部屋から出せ」と言った。
すぐに他の患者は部屋を移され、必要最低限の職員のみが残った。
その後アレンは直ぐに部屋全体に結界を張った。
「俺の許可の無い者はこの部屋には入れないからな。それとこれから毎日少しずつ呪いを解いて行く。そうしないと、この娘の体力が持たない」
「助かりますか?」
涙目のジョイスがアレンに言った。
「この娘も頑張っているからな」と言うと、ベッドの上に上がった。
アレンは片手で意識のないマユリを胸に抱き込み、背中のガーゼを剥がした。
無残な傷が露わになる。十字に切り裂かれた背中からは、じくじくと出血が続いている。周囲の侍女達は思わず、正視ができずに目を背けた。
アレンはマユリの背中を撫でる様に、その手を直接そっと傷に沿わせた。
少しずつ滑らせるその指先から紫と赤と黄色の光が、火花の様に乱れ飛ぶ。
出血が止まり、傷が心なしか盛り上がっているようにも見える。
痛みのためか、アレンの肩に寄り掛かったマユリは眉を顰め、体を小さく震わせる。
「頑張れよ! 俺が何とかしてやるからな」
誰にも聞こえない小さな声でアレンが呟いた。
1時間程経った頃、1回目の治療が終わった。
流石のアレンも疲れたようで、額に汗がにじんでいる。
「ジョイス。今日はこれで終わりだ。俺も疲れた。隣に部屋を用意してくれ。あと1日に3回は回復魔法を掛けてくれ」
マユリの呼吸が少し深くなり、出血が今は止まっている。
救護室の全員が少しほっとした表情になった。
王と王妃が廊下でアレンを待っていた。
「アレン殿。よく、来てくれた。感謝する。あの娘はフィルを2度も救ったのだ。何としても助けたい」
「アレン様。あの子は私の娘です。どうぞ、お救い下さいませ」
「私は、ここに居ます。これから最善を尽くします。それしかお約束はできませんが、それでよろしければ」
「よろしく頼む」
王と王妃が揃って頭を下げた。




