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魔法は何もつかえないけれど  作者: ちくちく
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襲撃

暴力表現があり、出血シーンがあります。お嫌いな方はご注意ください。


夜会は強制参加だった。


歌会で体力を使い果たし、ぐったりとしたマユリをナネットとルルが手早く風呂に入れ、夜会仕様に変身させていく。

ドレスは紫色で裾に金色のチュールレースが巻き付くように飾られ、動くと光を弾く。

黒髪は緩く三つ組みにして、金色のリボンを編み込む。

今迄になく、大人っぽく、夜会に相応しい装いになっていた。


「ナネットさん、ルルさん。こんなに綺麗にして下さってありがとうございます。こんな、私ですが、初めての夜会。一生の思い出です」

と2人にお礼を言うと、

「もっと何度もお世話したいです。もっと綺麗にして見せますから」

と言われた。

「もっと綺麗には……。人には限界と言うものが」


「マユリ。準備できたか」

「迎えに来たよ。」

「何でお前達も来るの?邪魔なんだけど」

3つ子が揃ってやって来た。

「マユリ。さっきの歌は素晴らしかったね。私達も鼻が高かったよ」

とジークやシリウスが声を揃えて言った。

「私の妹は素敵だろう?」

「フィル。お前の妹は俺らにも妹。何度言ったらいいんだ」

と2人にため息を付かれる。


3人で夜会の会場に入る。

たちまち、人々に囲まれる三つ子。その上今日はマユリも注目を集めていた。

しかし、その人々をかき分けるようにして、玉座の王と王妃の元に行くと

「まぁ、マユリ。今日はあなたのお披露目でもあるし、歌も本当に素晴らしかったわ。今日は私のそばに居るのよ。後ろに席も用意してありますからね」

と言うと、目を細めてマユリの頭を撫でる。


王が開会を宣言して華やかに夜会が始まった。

昼の歌の会で、幻のシオンの歌を聞くことができた人達は鼻高々でその素晴らしさを興奮したように話す。

聞いていない人達は悔しそうに、シオンの方を見るが、こればかりは仕方がない。

またマユリの歌も、驚きを持って語られた。

昼の歌の会に参加できた人達は、今日の話題の中心になっていた。

興奮した人々に取り囲まれて、困惑した表情で立っているシオンを見ると、フロアに立つことに恐怖を覚えた。

マユリは、王妃の席の後ろに隠れ、こっそりと静かにジュースを飲んでいた。王妃は扇で口元を隠し、小さな声で

「マユリ。今度はもっと沢山歌って欲しいわ。本当に心が洗われるような声。次は私達だけに聞かせてね」

「私なんか……。シオン様こそ本物の天才です」

「シオンはもちろん凄いけど、マユリ。あなたの歌が好きなんだから。次が楽しみ」

「次と言いましても、私はいつまでもここに居るわけには……」


「何言ってるの。ずっとここに居ればいいのよ。フィルの妹なら私の娘よ」

「そんなわけには……」

「フィルの恩人なのよ。そして、娘になったんだから、もっと甘えてほしいわ」

「私なんかが……。そんな恐れ多い」

国の1番の女性とこうして話をしているだけでも、信じられない経験で、どうしていいか分からなくなり、思わずフィルを探してしまう。


少し離れた所に人に囲まれたフィルが居た。

マユリの視線に気が付いたフィルが、小さく手を振ってくれた。

思わず、笑顔で手を振り返す。

(森の家に帰ろうとフィル様は言ってくれたけど、それでいいのかな?フィル様の居る場所はやっぱり、ここで、家族のそばじゃないのかしら。そしたら、私はどうしたら?)


考えていた時。急に嫌な感覚がした。

背中の産毛が逆立つようなゾクッとした感覚。

(何だろう。この感覚。凄く怖い、嫌な感じ。こんなに明るくて華やかな場所で何だろう。胸騒ぎが収まらない。何?何かしら……)

じっとしていられなくなり、立ち上がった。


{どうかしたの?」

王妃が怪訝そうに聞くが、返事もせずにマユリは不安そうな顔で動き出した。

(フィル様、フィル様はどこ。どこに居るの。何だか凄く嫌な感じ。どうしよう。ほんとに何でこんなに不安なの。嫌だ。嫌だ。フィル様はどこ?どこに居るの?)

言いようのない不安感が胸に広がり、必死にフィルを探す。


少し離れた所にフィルが居た。

(早く、早く! 早くそばに行かないと)

マユリは逸る心のままに焦って走り始めた。


フィルは人に囲まれて話をしていた。


近付くマユリの目の端に何か黒い物が映った。

何か悪い物が床の上を音もなくフィルに近付いている。

間違いなく、いけない物だ。心が騒めく。それがそばに近付いている。

スピードを上げる黒い影がフィルに向かって来ている。何故かそれが分かる。

フィルに触れさせてはいけない。

(絶対触れさせない。絶対に、だめ。フィル様、逃げて!)


影がフィルの足元に届こうとした時、黒い物が人の形になって、立ち上がった。

人影は両手を大きく振りかぶり、その手をフィルに向かって凄い速さで十字に振り下ろした。

その刹那、その影とフィルの間にマユリが飛び込んだ。

フィルを庇う様にその体に飛びつき、影の両手をその背中で受けた。


十字にざっくりと切り裂かれたマユリの背中から、真っ赤な血が飛び散った。

「フィル! マユリ!」

叫んだジークが間髪を入れずに黒い影を切り裂いた。

黒い影は煙のように一瞬で霧散した。

周囲は騒然となり、一瞬遅れて恐怖の悲鳴が響き渡る。


「フ、フィ、フィルさ……。」

フィルの瞳を見て、小さく呟くと、フィルの体に縋りつくように抱き付いていたマユリの体が、力なく床に崩れ落ちた。


切られた長い黒髪が、宙を舞い、マユリの上に落ちて行く。

スローモーションの様に目を見開いて見ていたフィルの手から、マユリの体が滑り落ちる。

フィルが絶叫した。

「マユリ!!」


床に座り込んでマユリを抱くと名前を呼び続ける。

背中から流れる血で、フィルの服も真っ赤に染まって行く。

「フィル!。しっかしろ。早く救護室へ」

ジークが言っても、フィルは放心したようにマユリを抱いて名前を呼び続ける。


ジークがフィルの頬を平手打ちした。

「馬鹿!一刻も早く手当てをしないと、本当に死んでしまうぞ。しっかりしろ!」

頬の痛みで、正気に戻ったフィルがマユリを抱き上げて走り出した。

「こちらに」

誘導する声に救護室に飛び込むと、白衣の人達がベッドを指し示す。

そっと横にしたマユリは血だらけで、小さな背中は大きく十字に切り裂かれていた。


手も服も血で真っ赤に染まり、フィルは自分の赤い両手を呆然と見て、ベッドの横に立ちすくむ。

「じゃま。どいて。あっちに行きなさい」

と強い声がして、動けないフィルを押しのけた。


「ヒール」と救護室の魔法使いが回復呪文を唱えると、一瞬背中が光って傷口が縮まろうとするが、10秒もするとまた血が流れだしてしまう。

何度繰り返しても、回復呪文が効果を表さない。

ポーションを傷口に掛けても出血がしばらく止まるだけで、これも効果があまりない。

救護室の魔法使いが、交互に「ヒール」をかけて、室長に視線を向けた。

(回復呪文もポーションも効果がほぼ無い。これは呪いの傷だ。その上に毒も撃ち込まれている。なんて厄介な。出血もダメだが、この呪いの毒は私達には手が出せない。ああ、なんて無力なんだ。フィル様の時よりも無力だ)


室長はまず傷の確認と手当てをしようとして、

「女の子の処置をするんだから、あなたは部屋から出て行きなさい」とフィルに言うが、

「ダメだ。ダメだ。マユリ。目を開けて」

マユリの手を握り、ベッドの横に跪いて繰り返す。

立つように促すジークや看護師の手を険しい顔で振り払い、一心にマユリを見つめて動こうとしない。

どうしたものかと周囲が考えた時。


意識のないマユリが突然ベッドの上に起き上がった。

すっと正座をして、両手を胸の前で合わせて合掌した。

「何をして……」

フィルはマユリを止めようとしたが、その手を何かに止められた。


マユリはそのまま両手を付いて、2度深く頭を下げると、大きく柏手を2度打った。

一瞬で、周囲に凛とした空気が流れた。

マユリは正座したまま、神への祝詞を奏上し始めた。

周囲の人達はあっけにとられ、マユリのその美しい流れるような所作と、聞いたことのない、呪文のような言葉に驚く。しかし、その清浄な神々しい雰囲気に言葉もなくマユリを見つめた。


「…… 払い給え。清め給え。かしこみ、かしこみ申す」

と言うと。両手を着いて深々と頭を下げ、そのままベッドの上にうつ伏せた。

マユリの動きが止まった,次の瞬間。血が黒い帯の様に固まって、背中から天井に吹き上がった。


意識のないはずのマユリは、紙のような白い顔色で、前よりも苦しそうに浅い呼吸を繰り返していた。

慌てて動き出した魔法使いが「ヒール」を掛けると、前よりも効果があるようで、出血が幾分止まってきた。

(一体あれはなんだ。魔法ではないが、呪いの毒が吹き飛ばされた。今体の中に毒はない。助かったが、呪いの傷は回復しない。私達が何とかしなければ。この娘が死んでしまう)


室長は、決意も新たに部屋の魔法使いのシフトを組み、時間を作り、何とか解呪の方法を探ろうと考えた。まずは傷の手当だ。

「男は早くこの部屋から出ていけ。処置ができん」

室長の厳しい声がしたが、フィルは離れようとしない。

「そんな血だらけの姿で居座られても困る。ジークとシリウス連れて行け。できれば、煩いから、魔法でしばらく眠らせろ」

と言い放った。頷いた2人が有無を言わせず、フィルを引きずるようにして連れて行った。


(やっと静かになったな。さて、これからが我らの戦い)

「みんな、これから私達の仕事だ。負けられない。全員でこの娘を助ける。よろしくな」

と室長のジョイスが厳しい声で指示を出した。



















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