妹認定
目の前にある少し怒ったような綺麗な顔が急に笑顔になった。
「アハハ! 何だこれ。君は一体どんな人なんでしょう」
笑い出した男性に少女は驚いて、見つめる事しかできない。
「痛い? そんなことを聞かれるなんてね。まったく……。 初めてですよ」
この状況はよく分からないが、花が開いたようなその笑顔に思わず見惚れてしまう。
笑いながら立ち上がった男性は、映画やアニメに出てくるエルフの様な長身でスレンダーな姿だった。
「私はフィル。君の名前を教えて?」
「はい。私は水守 眞百合と申します。」と反射的に答えたが、苗字と名前が反対かと気が付き、
「名前は眞百合です。」と言い直す。
「マユリ……。 マユリと呼んでいい?」
「はい。どうぞ」と答えると、
「じゃ、マユリ。立てる?いつまでもここに居てもね」
と言われたが、まだ足に力が入らず、まったく動けない。
「仕方ないなぁ」
フィルがマユリの両脇に手を差し入れ、ヒョイと持ち上げた。
(ヒエー。止めて。私を持ち上げるなんて。私は重いの。デブなの。体重が。体重が。恥ずかしくて死んじゃうわ。お願い止めてー。)心の中の絶叫は、声にはならず、体は硬直してしまう。ぶらんと持ち上げられたマユリを見て、
「ウワー。マユリ、小さいね。私の半分位だ。子犬みたいに柔らかだね。手足もプニプニで小さい女の子だ。そうだ、妹にしよう。マユリは今日から私の妹だよ。よろしくね」と満面の笑顔でフィルが言う。
(ええ、ええ、私は小さいです。身長は150cmだし、デブでまん丸です。あだ名は雪だるま。スライム。鏡餅。全部丸ですよ。でも16歳のお年頃の私にこの扱い。妹は仕方ないけど、私は16歳の乙女です。持ち上げたままって、生命力が削られるんですが。顔も近いし、恥ずかしい。もう止めて。本当にやめてー。)と心の中は大嵐だが、出た言葉は
「降ろして下さい」が精一杯だった。
マユリのぐったりとした様子を見て、
「あれぇ。どうしたの? 何だか目がおかしいよ?しっかりして」
と心配そうに覗き込むように顔を寄せてくるフィルに
「無理。近い。降ろして下さい。お願い」と言うと、怪訝そうな顔をしたが、やっと降ろしてくれた。
両足が地に着くと、ほっとして気が緩んだのか盛大にお腹が「グゥー」と鳴った。
(ウソー。重ね重ね、酷い。乙女とは言えないわ。聞こえたよね。絶対聞こえたわよね。もう、穴があったら入りたい。と言うか、穴を掘って埋まりたい。埋めて。私を埋めて。もう泣きたい。)
後ろを向いたフィルの肩が小さく揺れている。
(もう、笑ってよ。お腹が減ったの。仕方ないでしょう?)
「マユリ。果物は好き?」 唐突に笑顔で聞かれた。
「好きです」 俯いたまま返事をした。
「じゃ、きっと今、いい物があると思う」
フィルが手を取って森に向かって歩き出した。思わず付いて歩き出すと、程なく森の端に着いた。森は巨大な木々が生い茂り、一歩森の中に足を踏み入れると、そこはテレビで見た屋久島の原生林の様で、大きな根っこが地の上を縦横無尽に這っていた。
フィルは根っこの上をヒョイヒョイと踏み越えていくが、マユリには一つ一つの根っこがハードルの様で、両手で体を支えてやっと越えることができる高さだった。苦労しているマユリを見て
「うーん。時間が懸かるなぁ」と言うと、マユリを再び片手で子供抱きした。(また!。止めてよ。私は重いんです。恥ずかしいの。)
「恥ずかしいです。抱き上げないで。私重いので。」と何とか恥ずかしさを我慢して言ったのに。
「ええ? 重くなんかないよ。マユリが3人位居ても片手で大丈夫。ほらね。大丈夫。高い、高い。見て」と言ってマユリを2~3回ポンポンと上に放り投げた。
余りのことに驚いて体が固まり、悲鳴を上げる間もなかった。
「ね、大丈夫でしょ。これからチョット早く動くから、私にしっかりつかまっててね」と言うと、助走もなしにフィルがジャンプした。次の瞬間には大きな枝の上に立っていた。
(エッ。何。木の上。飛んだの。うわぁ。高い。怖い、怖い。すごく高い。15m位? ビルの3階? 木の上って。何が起こったの?)
「さぁ、行くよ」
と笑顔で言うと、木の枝の上を次々と飛び移って行く。まるでジェットコースターの様な速さと高低差に、反射的にフィルの首にしがみついた。怖さと恥ずかしさの二重奏で、気が遠くなりそうだったが、ギュッと目をつぶって必死に我慢した。周囲には木々のざわめきと風を切る音しかしない。
10分のことか1時間か、時間の感覚はおかしいが、しばらくすると
「着いたよ。目を開けて。怖くないから」
とのんびりとした声が上から聞こえた。
こわごわと、目を開けてみると、大きな木の枝の上に居た。
「大丈夫。私が抱いているから。落ち着いて周りを見て」
大きな木の周りには草原が広がり、遠くに地平線が見える。青い空に白い雲が流れて、美しいとしか言えない。
「綺麗でしょ。そして、これは甘いよ」
フィルがマユリの口に赤い木の実を押し込んだ。
「甘い」
「うふふ。美味しいかな? ほら、取って食べて。食べ頃でよかった。一杯取って帰ろうね」と言って、目の前にたわわに実った赤い木の実を腰の袋に次々に入れていった。
木苺の様な味の木の実は甘くていくらでも食べられた。お行儀は悪いが、フィルに抱かれたままたっぷりと食べた。
「一杯食べたみたいだね。じゃ。帰るとするか。しっかりつかまってね」と言うと、すぐに再びジェットコースターの様な木々の飛び移りが始まった。口を開くこともできず、フィルに抱き着いた時間が過ぎる。魂が飛ぶ直前に可愛らしいログハウスの前に着いた。
「ようこそ、私の家に」
フィルが笑顔で家を指差した。