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魔法は何もつかえないけれど  作者: ちくちく
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歌の会

バラに囲まれたシオン様は似合い過ぎて、笑える程の美しさだった。

「お待たせしました。すいません」

とシオンのそばに行くと、横に座るように言われた。

「さっき歌ったあの歌はいいね。教えてくれる?」

「はい。歌えばいいですか?」

小さな声で一度歌うだけで、シオンはすぐに1人で歌い出した。

(一度聞けば音が取れるんだ、天才だ、この人。なんて羨ましい)


「ね、一緒に歌おうか」

「ここでですか?」

「バラに聞かせてあげよう」

「それって、素敵ですね」

2人は顔を見合わせて笑うと、歌い始めた。


初めてデュエットしているとは思えない程2人の声は美しく響き合った。

声量豊かな2人のその声は、バラ園の外に居た人にも届いた。

美しい声に誘われるように人が集まってきた。

城の窓から顔を出したり、バルコニーに出てくる人もいた。

あっという間に人が人を呼び、バラ園の歌い手を探し出した。

そこには楽しそうに歌うシオンとマユリが居た。


「シオン様だ! シオン様が歌っておられる」

とさざ波の様に、驚きの声が広がった。

シオンは今まで誰に言われても歌うことがほとんどなかった。上手いと言われていたが、城の人達でも聞いたことがなく、噂だけが独り歩きをしていた。

それが、今庭で歌っているのだ。初めて聞いた人々はその声に驚いていた。

その上に横で歌っている子供の声の美しい事。人々は聞き惚れていた。


美しいハーモニーに満足して2人が歌い終わった時、周囲から盛大な拍手が起きた。

2人はびっくりして辺りを見渡してしまった。

周囲で拍手をしている人の数に驚いていると、そこに興奮を隠しきれない王妃がやって来た。

「シオン。久しぶりにあなたの歌を聞いたわ。そしてマユリ。あなた,素晴らしい声。これはもう一度2人に歌ってもらわないといけないわ」

王妃の言葉に、周囲から賛同の拍手が巻き起こった。


「私はあまり人前で歌わなかったんだ。面倒だからね。でも君と一緒なら、また歌ってもいいよ」

シオンに向けられた笑顔に、マユリは一気に真っ赤になった。

「また、リンゴだ」

シオンが可笑しそうに、マユリの頭をポンポンと撫でた。


その夜、フィルがやって来た。

「マユリ大変だったね。でも何で最初に私に歌ってくれなかったの?ちょっと悔しいんだけど」

「私の歌なんて大したことはないですから」

「シオンは滅多に歌わないことで前から有名だったんだ、でも君となら歌うんだね」

「私への、ご褒美だと思います」

「ああ、ヘレネ様のレッスンが終わったんだ。頑張ったね。じゃ、丁度いいから私達はそろそろ森の家に帰ろうか。準備しておいてね」

「フィル様。帰るって、ここがフィル様の家なのに」

「森の家の方が落ち着くからね」

「それで良いのですか?」

「うん。帰るよ。ただ、母上の為に1度歌って上げてね。それから一緒に帰ろうね」


頷くマユリの後ろに控えていたナネットとルルが複雑そうな表情になった。

(帰る?磨いて綺麗にしようと思っていたのに。マユリ様、居なくなってしまうの?嫌だわ。ここにずっと居てくれたらいいのに。何で森に帰っちゃうの?本当に嫌だ)と思っていた。


その2日後、シオンとマユリの歌の会が急遽開かれることになった。

その日の夜、夜会が開かれる予定だったため、昼の時間にと考えられたのだった。

城のホールは溢れる様に美しく花が飾られ、多くのシャンデリアが輝いていた。

プライベートの会のはずだったが、ホールから外の廊下にまで人が居る。

夜会に参加する前に、昼のこの歌の会にも参加しようとしている人々が溢れていた。


(嘘。何でこんなに、100人いや、倍は居る。私、この人達の前で歌うの?怖い)

マユリは王妃に贈られたタンポポ色のドレスのスカートを握りしめ、真っ青な顔色になって、フィルの横で振るえていた。


そこに真っ白な正装のシオンが優雅にやって来た。

青い顔のマユリを見ると

「私が一緒に居るんだから大丈夫。怖いなら後ろに隠れていてもいいんだよ。私が1人で歌ってもいいんだから」

と言うといつものようにマユリに柔らかく微笑みかけて頭を撫でる。

「大丈夫。心配はいらない。私が一緒だよ」

と言われると体に血が巡るような気がして、深い呼吸ができた。


やっと舞台を見ることができた。

舞台の前には王と、王妃、ジークやシリウスも居た。

ニコニコと開演を待つ人々の顔を見ていると、だんだん落ち着いてきた。

(私を見に来たわけじゃない。シオン様の歌を聞きに来ているだけ。私はおまけなんだから、王妃様にお礼の歌を歌うだけ。それでいいんだわ)


やっと笑顔になったマユリを見て、フィルが安心したように手を握って

「今日のマユリはあの日の草原の花の様だよ。私の妹は本当に素敵だ。可愛くて歌も上手い、私は幸せだね。一緒に居られて私は嬉しいよ。楽しく歌ってきて」

とマユリの背をそっと押し出した。


「さあ、行きましょう。歌は楽しみですからね。私にも聞かせて下さいね」

とシオンがその手をマユリに差し出せば、大きく頷いて手を乗せた。

2人で舞台に立つと、拍手が巻き起こった。


シオンはマユリを椅子に腰掛けさせると舞台の中央に立った。

聴衆を一度見渡すと、いきなり歌い出した。

バリトンの深い声がホール全体に満ちる。一気に歌の世界に聴衆を引きずり込む。

この国の古くから歌われてきた恋の歌だ。甘いメロディは誰もが知っている。

高く低く、感情豊かな歌にホールの聴衆は一心に聞き惚れる。

曲が終わると、一瞬の静寂の後に盛大な拍手が起こった。

シオンは優雅に軽く頭を下げると、続けてまた歌い始めた。

バラの歌は、この国の国歌とも言える程愛されてきた歌の一つで、ホールの人々も一緒に歌い出し、大きなハーモニーになった。


3曲目は悲しい恋の歌だった。

哀愁を帯びたメロディは、若い女性の涙を誘った。

(シオン様は凄いなぁ。変幻自在な素晴らしい歌い手。吟遊詩人て、こんな感じだったのかも。どの歌も本当に美しい。)と感動していると、歌い終わったシオンがマユリを手招きした。


大きな拍手の中、横に来たマユリの背中をシオンが押して中央に立たせた。

聴衆の目がマユリに集まる。

興味津々に見てくる視線に緊張して、舞台袖のフィルを見る。

こちらを見て笑顔で手を振るフィルの姿に力をもらい、一つ深呼吸をすると歌い始めた。


清らかで透き通るような声に人々は、最初の一音から魅了された。

優しいメロディは抒情的で、ゆったりとした音調は、青空に吹く爽やかな風、眩しい光、甘い香りの草花を感じる。

大正から昭和初期の童謡は、誰も知らない歌なのにどこかで聞いたような、何とも言えない優しい気持ちにさせられる。

メドレーで10曲ほどを歌い、頭を下げると割れるような拍手が起こった。

驚いた顔で固まっていると、シオンが

「素晴らしい。最後はこの前の歌にしようか?」

「いいえ。シオン様のバラの歌がいいです」

「覚えたの」

「大体は」

「じゃ。そうしよう」

2人でバラの歌を歌い始めると、人々は嬉しそうに一緒に歌い始めた。

ホール全体が揺れる程の大合唱になって、歌が終わった。


大きな拍手が鳴り止まず、シオンとマユリは舞台を降りられない。

シオンが悪戯っぽく笑うと、

「お疲れ様。素敵な歌だったよ」

と言うと跪いて、マユリの片手を取って、その手にそっと口づけた。

拍手が止まり、声にならない悲鳴を、マユリとホールの女性陣が上げた。


そのまま、シオンは固まったマユリを抱き上げて、

「これで終わり。 夜会の準備をどうぞ」

と聴衆に言うと、サッと舞台袖に引っ込んだ。

抱き上げていたマユリをフィルに渡すと、

「また、歌おうね」

と言って去って行った。


マユリの歌の会がやっと終わった。次は夜会だ。

































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