マユリの先生
「ようこそ。マユリ。会うのは2回目ね。」
部屋の奥にヘレネが居た。
美しいドレスを着て、ゆったりと椅子に腰掛けているヘレネは、後ろの窓から差し込む光もあって、さながら印象派の名画の様だった。
驚きとヘレネの美しさに見惚れていて、挨拶もしないマユリに、
「今日の私は貴方の教師。あなたは礼儀知らずなのですか?」
ヘレネの凛とした声が飛んだ。
「申し訳ありません。先生。マユリと申します。どうぞ、今日からご指導をよろしくお願い致します」
とマユリが、日本式に深々とお辞儀をした。
「マユリのお国ではそれが挨拶なのね。でもこちらではカーテシーが正しい。私のマナーは国1番と言われているの。これから厳しく指導するわ。ついてこれるかしら?」
「はい! 頑張ります。それで私は何から学ぶのでしょうか?」
「まず、挨拶、立ち振る舞い。マナーの基本から。その後はダンスも」
「私は子供体型ですし、ダンスは必要ないかと」
「こちらでは5歳児でも踊ります」
「はい…。お願いします」
「では、まずカーテシーから。あ、膝をしっかりと曲げて、腰を曲げない……」
スパルタ教育が開始された。
昼になった。
マユリはクタクタになっていた。
ヘレネは見た目と違って、非常にスパルタで完璧主義だった。
形の美しさを求めるため、膝の角度やスカートの持ち方一つ一つを直される。たまたま、マユリは日舞を習っていたため、腰を落とすことや背筋を伸ばす動作は直ぐにできたが、ドレスに慣れない日本人では裾の持ち方から、足さばきまで、ほぼ全てにダメ出しをされる。
「マユリ様。少しでもお食事を。水分も補給しておかないと。午後も有ります」
「大丈夫、昼はお茶のマナーだから。10分寝かせて」
と言うと、寝てしまった。
(10分だけですよ。ドレスのしわもおろそかにはできません。相手は、国1番のお方。私達侍女の戦い、試験でもあるのです。マユリ様を負けさせるわけにはいきません。絶対に認めさせる装いを作り上げる)
メラメラと燃え上がる闘志は、ルルも同じこと。侍女2人は午後のアフタヌーンドレスの準備に取り掛かった。
「マユリ。あなた体幹が強いのね。カーテシーは一応及第点を上げましょう。あとは、ドレスの持ち方ね。エレガントに見えるためには、自分でしっかりと鏡を見て改善していくの。私とあなたでは形が違います。模倣は大事だけど、そこからは自分だけの戦いよ。さて、ではお茶にしましょう」
お茶の準備をヘレネの侍女が始めた。
音もなく、テーブルがセッティングされて行くが、その間もヘレネは一つ一つの道具の説明をして、使い方やその歴史などあらゆる関連事項を話す。しかしメモを取ることは許されなかった。
「会話の中でメモを取るなんて、許されないでしょう?
相手の話をいかに吸収して返すか、女の情報戦で戦いの場よ。楽しみの場ではないの。もちろん、その装いもそう。主催者やメインゲストと被らず、尚且つ個性を出す。その場の雰囲気に合わせる。難しいでしょう?」
「お茶会って深いんですね。私、おやつを食べれるお茶席だと思ってました」
「甘いわね」
扇を広げて口元を隠すと流し目でマユリを見て言った。
「まあ、私もちょっと言い過ぎね。一般的なマナーを教えないとね」と呟いた。
お茶とお菓子が準備され、お茶を飲む作法などを指導される。
「まぁ。マユリは所作が美しいわね。指先まで気を付けているし、音も立てない。ほぼ合格よ。後は会話だけれど、これは一朝一夕で身に着くものではないわ。形としてはできているから、知識を詰め込みなさい。
ところで、ねぇ、マユリ。あなた見た目は子供だけど、お年はいくつ?」
「16歳です」
ヘレネが驚いた様に扇をピシりと閉じた。
「まぁ、あなた本当に結婚できる年だったのね。驚いたわ」
「すみません。見た目子供で…」
「ウフフ。これは面白いことになりそう」
扇の陰で笑うヘレネに、困ったような目を向けるが、
「大丈夫。私に任せるの」
と微笑まれれば、そういうものか、と思ってしまう。
夕食まで、厳しい指導が続いた。
ついでのようにナネットとルルも、ヘレネの侍女達に指導を受けていた。
国1番のマナーの達人は、抱えている侍女の実力も国1番だった。
完璧な達人とそれを支える侍女の達人に鍛えられ、疲れきったマユリとナネットとルルは夕食もそこそこに寝てしまった。
そして、2日目の朝が来た。
3人は気合を入れて、ヘレネの元に向かった。
「今日は昨日のおさらいから始めます」
動きをブラッシュアップしながら、この国の歴史や、周辺国の知識を学ぶ。
貴族や王族の仕事のあり方なども説明された。
ヘレネは流石に元王女。言葉も5か国語を話せるため、挨拶などを違う言葉で話す。
一瞬たりとも気が抜けない。
マユリは学校の成績は平均的だったが、フィルに迷惑をかけない、ヘレネに認めてもらいたいという願いのため、必死に学んだ。
その結果、砂が水を吸い込むように知識を吸収していった。
真面目なその姿勢はヘレネにも好ましく、より一層熱心に指導をしていった。
3日も経つと、マユリの全ての動作は洗練されていった。
食事のマナーや挨拶も、高位貴族の娘と遜色ない程に出来る様になった。
「さあ。今日からは午後はダンスの練習よ。ドレスを着てくるのよ」
「私にダンスは必要ないと……」
ヘレネがニッコリと笑って持った扇の先で、マユリの胸を軽くつついて言った。
「ダメ」
ダンスから逃れるすべはなかった。
午後、ドレスを着て、重い気持ちでダンスの練習室に入って行った。
長身の男性が、こちらを振り返った。
「あのう。シオン様が何故ここに?」
「もちろん、君のダンスの練習相手に」
「ええっ? シオン様にそんな事、させられません」
「何故?私が嫌いなの?」
「そんな…。初心者の私の練習相手をお願いすること自体が間違いだと」
「私は上手だよ」
「そういうことでは…。恐れ多いです」
「上手な私が相手だと上達も早いからね」
「本当ですか?」
「私が信じられない?」
よく分からないが、ダンスは必須で、シオン様はセットの様だ。
ニコニコと微笑む女神様達2人は超強力で、選択肢は一つだけだった、




