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魔法は何もつかえないけれど  作者: ちくちく
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シオン

女神様が立っていた。


大理石でできた彫刻の神像が、生きて微笑んでいる。

アラバスターの肌。銀色の長い髪。金色の光が混じったアイスブルーの瞳の神が優しくこちらを見ている。

フィルも美しい人だが、その人は美貌とはこいうことかと思える程の顔立ちで、ほっそりとした長身の体に、長いローブを纏っていた。

黒いローブは立ち襟で、前から裾に掛けて銀色の刺繍が品よく施されおり、シャンデリアの光を受けて、動く度にキラリと光を放つ。

銀色の長い髪と相まって、絵で見る月の女神の様だった。


思わず、両手を胸の前で組むと、祈る様に少し頭を垂れて

「月の女神様……」と呟く。


「私、女神ではなく、男なんですが」

日本で大好きだった声優さんによく似た心地良い声が返ってきた。


(男性? 信じられない、神々しい程の美貌。女神としか言えません。何て尊い……。ああ、人は美し過ぎる物が目に入ると、神を感じて頭が自然と下がってしまうものなのですね。)


美し過ぎる人に衝撃を受けて、言葉もなく固まってしまう。

「小さいレディ。どうぞ、こちらに」

といつの間にか近くのソファーに連れて行かれて、そこに座っていた。


マユリは美しい人の姿に見惚れて、まともに考えることができない。

(いつの間に座っていたんだろう。ああ、この人は何だろう。美し過ぎて、見たいけど、もっと見たいけど、目が向けられない。銀髪が月の光のようで女神そのもの。そして、あの声。なんていい声。いつまでも聞いていたい。あの姿にあの声。神と呼ぶに相応しい。ルネッサンス時代の神の彫像が動いているなんて、一体何の冗談なのかしら。その上に優しいし、完璧過ぎて怖い)


「小さなレディ。はい。どうぞ」

ジュースのカップを手渡すと、神がマユリの横にふわりと腰を下ろした。

「で、あなたのお名前をお聞きしたいのですが?」

と微笑みながら問いかけた。

マユリは一瞬その微笑を見たが、あまりの緊張に俯いてしまう。

体は強張り、返事をしようとしても、うまく言葉が出てこない。


「小さなレディ。どうしました?」

美しい人は、優しい声で聞いてくれるが、言葉も出ない自分の不甲斐なさにいよいよマユリは緊張して動けなくなった。

16にもなって、返事もできない恥ずかしさに、がっくりと項垂れてしまった。

「どうしました?大丈夫ですか?」


「まあ。シオン、あなた小さなお嬢さんに意地悪をしたの?」


新たな声に思わず、視線が上がった。


真の月の女神、夜の女王と言うべき人がそこに居た。


銀髪を高く結い上げ、ダイヤの花飾りが、夜空の星の様にその髪を輝かせる。

細いうなじに、銀色のネックレスが品よく飾られ、花の形のダイヤのピアスが耳元で揺れて光る。

銀色のドレスは、ギリシャ神話の女神の服の様で、ドレープが美しい。

ほっそりとした銀髪の二人が並ぶと、似ているが男性が頭一つ高く、女性の高貴な美しさとたおやかさを際立たせた。


(こんな神のような人が2人も! こんな私のそばに居る。そして、この女性のエレガントで上品なこと。綺麗な動きから目が離せない)とマユリが目を見張っていると、


「シオン。この小さなレディは涙目よ。悪いことをしたんでしょ。困った子ね。あなた、大丈夫?私が怒って上げますわ?」

と扇で口元を隠しながら、マユリの横に腰かけると、優しいバラの香りがふわりとした。


「何もしておりませんよ」

とシオンと呼ばれた男性が、困ったように女神に話す。

「本当に?」

「お名前をお聞きしただけですよ}

2人の女神に挟まれて、もうマユリは半分パニックになってしまい、違うと言いたいのに、口は開くが声が出てこない。

恥ずかしくて一層深く俯くと、涙が一粒零れてしまった。


「失礼します。ヘレネ様。マユリが何か失礼を致しましたか?」

少し焦ったようなフィルの声が聞こえた。

(フィル様。ああ、助けに来てくれた。やっぱり、フィル様だ)

安心感に包まれて、止めていた息を小さく吐き出して、顔を上げた。


フィルが胸に片手を当てて、頭を下げていた。

「改めてご挨拶をさせていただきます。お久し振りでございます。ヘレネ様。ご健勝のようで、何よりです。これは、私の連れでマユリと申します。ヘレネ様やシオンに失礼はありませんでしたか?この娘はこちらに来たばかりですので、知らないことが多く、もし失礼があれば私が幾重にもお詫び致します」

と言うともう一度深く頭を下げた。


「まあ。フィルの…。失礼など何もなくてよ。私達、この小さな方と仲良くなりたかっただけなの。ねぇ、そうでしょ。シオン?」

とヘレネが艶然と笑って言った。


「そうですか。失礼がなくて良かった。では、マユリは私が連れて行きますね」

と言うと、ヘレネとシオンの間に座っていたマユリを、両手で引き抜くように抱え上げた。


「マユリ。お二人にご挨拶をして」

フィルに子供抱きをされているのは、非常に恥ずかしいが、安心感もあり、なんとか言葉が出てきた。

「ヘレネ様。シオン様。お返事もできず、すいませんでした。これで失礼致します」

とフィルに子供抱きされたまま、小さな声でやっと言うと、深く頭を下げた。

フィルももう一度頭を下げると、3つ子達の所に戻って行った。


マユリがフィルに連れて行かれ姿が見えなくなった時、シオンが自分の横に空いた隙間を見て言った。

「母上。私はフィルに意地悪をしたくなりました」

「まぁ、意地悪を?何故かしら?」

ヘレネが扇で口元を隠して、可笑しそうに言った。


「あのマユリと言う少女を、フィルから取り上げたくなりました」

「まぁ、随分大事そうに抱いていましたわよ」

「ええ。取ったら、どんな顔をするでしょうね」

「本当に、意地悪ね」

「はい。さっきの仕返しです」

「あなたがそんな事を言うなんて、珍しい事」

「そうですね」

シオンが少し遠くを見て、頷いた。


「あなたの望みを全力で叶えるのが私。協力するわ」

とヘレネが扇の陰でクスッと笑った。



「フィル様。あのお2人はどういう方なんですか?」

氷が解ける様に、強張った体や口がやっと動くようになったマユリが聞いた。

「美しい2人でしょう。ヘレネ様は私達の父の妹。叔母です。シオンはその1人息子。つまり、いとこだよ」

「私、親切にしていただいたのに、返事もできなくて、失礼なことをしてしまいました」

項垂れて、申し訳なさそうに言うと

「お2人共優しいから、大丈夫。それより、マユリを1人にして、ごめん。エスコートすると言ったのに」


「いえ、私が勝手に動いたんです。でも、皆さんフィル様が帰って来られて本当に喜んでおられますね。良かったですね」

嬉しそうに笑顔で話すマユリに、

「疲れるから、森の家に帰りたい」

とマユリに寄りかかる様にくっつく。マユリは両手で押し返しながら

「ご家族が喜んでいらっしゃるのに。わがままです」

「でも、マユリと一緒に居られない。マユリのパンケーキが食べたい」

マユリはその言葉に思わず赤くなってしまった。


「マユリのパンケーキなら俺も食べたい」

ジークとシリウスがフィルを押しやって、マユリを挟むように立っていた。

「私も食べたい。まだ、君の料理は1度しか食べてないからね、早くお嫁においで。ジークやフィルなんかより大事にするよ」

「シリウス。もう止めてよ。マユリは私と森に帰るんだから」

「あのぅ。私、王子様達と結婚するなんてできません。庶民ですから。」


「じゃ、マユリ。私の所に来ますか?スピネルも喜びます」

「ジョイル。珍しくいい考え。早く、この子連れて帰って」

とスピネルが肩の上に現れる。

4人がマユリを囲んで、笑って話している。


ホールに集っていた客は驚いていた。

あの不細工な子供を3つ子とジョイルが嫁に望んでいる?

美しくもなく、小さく、太っている子供だ。信じられないが、この国の最高の独身男性4人が言い合っている。独身の貴族令嬢達は呆れたように聞き耳を立てていた。










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