ドレスデビュー
2日後、フィルの歓迎会が開かれた。
ナネットとルルは朝からマユリを磨き上げた。
「今日はドレスアップですよ」
控えめな性格の日本人であるマユリには、ドレスアップという言葉が非日常で、これからを考えると、ため息しか出てこない。
「私なんか。この国の美しい人達の中で浮いちゃいますよ。雪だるま体型の私がドレスアップしても……」
「違いますよ。マユリ様。あなたは美しい黒髪で、切れ長の瞳。ぽっちゃりした体は子犬の様に愛らしい。私が保証します。あなたは可愛い人ですよ」
とナネットが力強く言うと、ルルも大きく何度も頷いた。
「でも、私、マナーも分からないし、パーティなんて、知らないことばかりです」
「そんなこと。フィル様が、男性が何とでもするものです。それがエスコートです」
「それでいいのでしょうか?」
「フィル様に任せる。信じることも大事かと。それと私共も信じて下されば」
「そうですね。ナネットとルルは信じています」
2人がにっこりと笑い掛けた。
王妃がこの日届けてくれたドレスは、シフォンでできた薄い紫色のドレスだった。
薄い布が何重も重ねられ、紫色のグラデーションが、裾に向かって徐々に濃くなり、動くとひらりひらりと裾が踊る様に動いて花の妖精の様だった。
花びらの様な薄いレースの袖が手首に向かって広がっている。
白い背中に、長いストレートの黒髪が背中から腰に流れ落ち、絹糸のように光を受けて黒く光る。
ちょっと強めに入れたアイラインが、マユリの顔を大人っぽくエキゾチックな感じに見せていた。
「私が大人に見えます」
「マユリ様はどんどん綺麗になりますよ。私達にお任せ下さいね」
「でも私、ずっとここには居られませんけど」と微笑んだ。
その時、部屋のドアがノックされ,3つ子の声がした。
「マユリ。準備できた?」
{マユリ。迎えに来たよ」
「お前達、何で来るの?マユリの保護者は私なのに。ついて来ないでよ」
3つ子がワイワイ言い合いながら、部屋に入ってきた。
美しい金糸の刺繍が施された白いジャケットで正装した3つ子は、並んでいるだけでも美しさが3倍だ。キラキラ光るプラチナブロンドの髪を、白いリボンで緩く結んで前に流している。3人が揃って少し微笑むだけで、脱力するレベルで見惚れてしまう。
「ジークやシリウスはほっといていいからね。今日は私の傍に居るんだよ。それにしても、今日のマユリはすごく大人っぽくて、いつもと違ってまるで、花の様だね」
その言葉にマユリは嬉しそうだが、少し恥ずかしそうに頬を染めた。
「ねぇ。マユリ。私は誰?」
「ジーク様です。分かるの、信じられませんか?」
「信じてるよ。自分を見分けてもらうのが嬉しいだけ。それ位はいいだろう?」
「嬉しいって、そんなことが?」
「自分のことが、自分として見てもらえる。他の誰でもないんだ。俺達3つ子はさ。ずっと3つ子としか、認識してもらえなかったんだ。母上以外には、ジークでもシリウスでもフィルでもないんだ。悲しいと思わない?」
(ああ、そうか。見分けがつかないって、自分じゃないんだ。自分と認識して呼んでもらえないんだ。誰かに好きと言われても、3つ子の誰でも一緒ということなんだ。ジーク様個人じゃないって、それ、悲しいなぁ)
「分かったみたいだな。だから、マユリだったら嫁にしたいんだ」
(エッ!よ、嫁。嫁って言いましたか?私を、この私を嫁?)
「ジーク何言っている!」
「俺は本気だぞ。シリウスはもっと本気だぞ」
「何!」
「私は真剣だぞ。ジークやフィルと間違える嫁なんて要らない。マユリ。本当に私の妻にならないか? それこそ、明日にでも嫁に来て欲しい」
「私の妹に何てことを! ジークもシリウスも、冗談でもそんな事を言わないでよ」
「冗談じゃないぞ。いつでも嫁においで。大歓迎だよ。母上も喜ぶ」
「母上が?」
「娘に欲しいそうだよ。誰の妻でもいいそうだ」
「そんな……。私のマユリなのに」
「お前の物じゃないだろう? 嫁の話は、これから真面目に考えて欲しい」
ジークとシリウスがマユリに向かって頷ずき、フィルはがっくりと項垂れた。
「さぁ、行くか。皆が待っている」
ジークとシリウスが2人でマユリの手を取って歩き出した。
「私のマユリなのに……」
城の大きなホールは花で溢れ、そこには多くの人が集って笑いさざめいていた。
男女共に長身で美しい人ばかりで、普通の人が見当たらない。
美しく着飾った人達の色とりどりのドレスが、シャンデリアの光の下で輝く。
(私みたいなデブで、小さい者は居ないなぁ。そしてこの国ってムカつくほどに美人さん達ばかり。もう、ひれ伏すしかないわー。世界の不条理だわ)とマユリが固まっていると、王妃が手招きをしている。
3つ子と一緒に王と王妃の前に行く。
「そのドレス似合ってるわ。昨日より可愛いわ。私の娘は明日はもっと可愛くなるわね。あなた達、そう思わない」
とマユリの頭を撫でて、3つ子に言う。王もドレス姿のマユリを見て目を細め
「そなたと話したいが、いつもアンブロージアに取られてばっかりだったな。今日のマユリは本当に可愛いぞ。今度私とお茶をしよう。君には褒美の相談をしたいしね。今日は楽しんでくれ」
と微笑んだ。
ホールの客は王と王妃の様子をこっそりと観察する。あの子供は誰だ。そして、10年振りに城に帰ってきたフィルを不思議そうに遠巻きに見つめていた。
そして、王の挨拶と共に、華やかにパーティが始まった。
「今日は10年前、呪いを受けて誰も近寄れなくなっていたフィルが、呪いから解放されて城に帰ってきた。その帰城を祝おう。」
と貴族達に宣言して、お祝いの乾杯をした。
その後、フィルが壇上に上がり、貴族達に挨拶を済ますとすぐにマユリのそばに戻った。
王の3つ子が久しぶりに揃って、1人の子供を囲んでいる。
いつも表情が変わらない、3つ子の2人も嬉しそうに子供に話しかけて笑っている。
そこに魔法師団長のジョイルもやって来た。何を話しているのかは分からないが、4人で見知らぬ子供を囲んで話が盛り上がっている様子だ。
「この間の調査の後、スピネルにひどい目にあわされました。」
とあれこれ報告するジョイルに3つ子もマユリも大笑いをした。
普段不機嫌な顔しか見せない独身の3人が、笑っている様子に人々が集まって来た。多くの人が取り囲んで、競い合う様に4人に話し掛け始める。徐々に増えて行く人々の多さにいつの間にか、マユリは人の輪の外に押し出されてしまった。
(あれ、はじき出されちゃった。まあ、仕方ないかな。じゃ、この間にお食事と飲物をいただきましょう)と軽食のテーブルに1人で行った。
部屋の端に大きなテーブルがあり、色々な食事や飲み物が置かれている。
しかし、150cm程のマユリにはテーブルが高過ぎた。
(うーん。これは困りました。手が届かない上に、何があるのか上しか見えないし、分からないなぁ。椅子の上に上がるのもきっとマナー違反よね。どうしましょう……)
と腕を組んで考えていると、後ろから
「お手伝いしましょうか?」
と少し低めのバリトンの心地いい声が聞こえた。
「ありがとうございます」
と後ろを振り返った時、そこに女神様が立っていた。




