使い魔 スピネル
「ルル。私マユリ様が気に入ったわ」
「はい。私もです」
「ここに居る間、全力でお世話する」
「はい。私もです」
「できだけ長く居て欲しいなぁ」 ナネットが呟いた。
ナネットは平民だった。
侍女の学校を首席で卒業して、王宮に就職したが、貴族しか王族の専属侍女にはなれなかった。
技術は高いがナネットは専属侍女の手伝いか、外国からの賓客のその期間だけの侍女の仕事しかさせてもらえなかった。
賓客からの評価は高かったが、いつも貴族侍女の下働きだった。
常に、忸怩たる思いを抱えつつも、プライドにかけて完璧な仕事を心掛け、努力を惜しまなかった。
それでも、報われない毎日に、寂しい想いがないと言えば嘘になる。
さっき、マユリはお世辞ではなく、本当に喜んでくれた。
王子たるフィルにも、感謝の言葉を掛けてもらえた。
正当な評価を初めて直接受けた2人は本当に嬉しく、力が湧いてくるようだった。
「本当に、できだけ長くここに居てほしいなぁ」 ナネットが呟いた。
その頃、マユリはフィルと一緒に王族用のダイニングルームに居た。
(広ーい。天井は高くてゴージャスな内装。シャンデリアが眩しい。結婚式場の宴会場の広さだわ。大きなテーブルは20人位は余裕で一緒に座れる。でも家族は5人しか居ないのに。小さいテーブルの方が無駄がないのになぁ。)
「マユリ来たわね。おはよう。私の横にいらっしゃい。まぁ。可愛いい。その服よく似合っていてよ。そして、まあ、何て素晴らしいこの髪。こんな美しい黒髪は見たことがないわ」
王妃のアンブロージアが笑顔でマユリの頭を撫でる。
「おはよう。マユリ。今日はドレスだな。よく似合っている。マユリの髪は、こんなにキレイだったんだな」
とジークとシリウスがそれぞれ一房の髪を手に取って、指の間をサラサラと落とす。
「褒めて下さるのは嬉しいですが、恥ずかしいです。それで、できれば髪に触らないでいただけますか?」
「そうだよ。勝手に触らないで。マユリは私の妹なんだから」
フィルが自分の後ろにマユリを隠す。
「だから、お前の妹は私達の妹だろう。お前だけが保護者じゃない」
「でも……。マユリの保護者は私だから。ジークもシリウスも勝手なことをしないで」
「お前。独占欲とか、子供か」
「子供だな。マユリ、こいつはほっておいていいからね。こっちに座るといいよ」
jジークとシリウスが2人して呆れたように言う。
(まぁ。あれだけ女の子を無視してきた3つ子が、こんなに女の子に構うのなんて見たことないわ。よっぽど気に入っているのね……。これは、これは、どうしようかしらね)
「マユリ。2人を見分けられるのよね。シリウスはどっち?」
「右の方」
「当たり。何で分かるのかな?」
「何となく、雰囲気です」
3つ子は隣に座る様にそれぞれ誘ってくれたが、結局王妃が手を引いて、自分の横に座らせた。王妃の隣は緊張したが、食事は美味しかった。
王妃は食後もマユリとおしゃべりを楽しみ、3つ子には全く渡さなかった。
「フィルが帰って来たんだから、明後日お祝いの宴を開きましょう。マユリもおしゃれをして、美味しい物を食べましょうね。ドレスも用意してますからね。あなた達、しっかりエスコートしてあげるのよ」と3つ子を見て笑った。
(宴って、パーティーと言うことでしょうか。ドレスって、子供仕様の私で大丈夫かな?)と思った。
この後、この城でマユリのすることは何もない。
ナネットとルルの案内で、城の中を探検することにした。
廊下を歩いていると、前から来た魔法師団長のジョイルに出会った。
「ああ、丁度良い所で。あなたに会いに行く所だったのですよ」
「何か。ご用が?」
「これから私の所においでいただこうと思っていたんです。あなたの事を調べさせて下さい。さぁ、さぁ、私の執務室に参りましょう」
と言うと、有無を言わせずに背中を押して連れて行かれた。
ジョイルの執務室は広いが殺風景だった。机の後ろに棚はあるが、中は何も見えない。窓はあるが閉められ、外の光は全く差し込まない。なのに部屋の中は何だか明るくて不思議だった。装飾と呼べる物はなく、机と藍色のカーテンとソファーだけあった。
「この上に手を乗せて」
机の上に大きな水晶が置いてあった。
両手を乗せたが、水晶に変化は何もなかった。
「やっぱり、魔力は全くないな。思った通り。では何故、呪いに反応できたのか?マユリ、君は何か特別な技術を持ってはいないのか?」
「私の国では魔法もないし、呪いも聞いたこともありません。私は普通の人間ですし」
「そうか。何か解呪のヒントでもあれば…。残りの呪いを解けるかと思ったんだが」
「呪いがまだ、残っていて大丈夫なんですか?できることは何かないんですか?」
ジョイルに詰め寄って聞くが
「できれば、やってる。それでもマユリ達のお陰であれだけ呪いが薄くなったんだ。10年間何もできなかったんだから、素晴らしい事なんだよ」
「でも、できることは何かありませんか? 私、何でもやりますから」
「いい子だね! 私も又、研究するからね。一緒に頑張ろう」
と言うとマユリの頭を撫でる。
「あ、あれ? マユリの髪ってすごく気持ちいいね」
その時、ジョイルの首の後ろから黒猫が現れた。
黒く光る宝石の様な黒猫は金色の大きな瞳で、マユリをじっと見つめた。
その後、ポンと肩の上に飛び乗り、その黒髪の中に頭を突っ込み、嬉しそうに頭をマユリに擦り付けた。
「この子、いい!」
(この猫、喋った!)
「この子は私の使い魔なんだ。スピネル、どうしたんだい? 私以外には姿を見せることも嫌うお前が。人の肩の上に乗るなんて」
「ジョイル、この子、ここに置いておいて」
「なんだって?」
「この子に触れていると力が湧くのよ。もう、私はこの子にメロメロよ。この髪、いいわぁ。あなた、もっと撫でていいわよ」
マユリがそっと撫でていた黒猫スピネルは、膝に飛び降りると、体をぐっと伸ばしてリラックスした様子で寝そべった。
マユリが嬉しそうに体中を撫でると、黒猫は満足そうに喉をグルグルと鳴らす。
「ジョイル。この子は私だけの物よ。分かった?」
「驚いたなぁ。うちの魔法使いの誰にも触らせないこいつが、こんなことを言うなんて。魔の物に好かれるのか……。他の使い魔も同じか?」
「ダメよ。他の者なんて。私だけの物だからね。私以外の者がそばに来ると思うだけでも腹が立つ」
金の瞳をギラリと光らせ、強い口調で言い放つと、一気に部屋の空気が冷たくなった。
「どうしたんだい?私にもそんな事は言ったことがないのに」
「とにかくそういうこと。この子は私の物。ジョイル。忘れないでよ」
(喋る黒猫。使い魔。うーん、ファンタジーだわ。猫までキレイ。ま、いいや。猫さん。可愛いし、手触り最高)
黒猫を抱き締め,頬ずりすれば
「ニャーン。ああ、癒される。この子最高!」
と満足そうに体を伸ばして、ジョイルの背後にフッと消えた。
「マユリ。君って魔の物に好かれるみたいだね。謎は解けなかったけど、今日はこれまでにしよう。協力ありがとう。またよろしく」
急いで部屋に戻ったマユリは気は付かなかったが、ジョイルは他の使い魔の反応を見ようと、こっそりとマユリのそばに送ろうとした。
他の使い魔達は嬉々としてマユリの傍に行こうとしたが、行きつく前に黒猫のスピネルに全て排除されていた。
「ジョイル。私の言ったこと理解できなかったみたいね。他の使い魔が出てくるなんて。どういうことかしら?私が怒らないとでも思った?」
とパートナーになって初めて、ジョイルがこっぴどく怒られた事は誰も知らない。




