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魔法は何もつかえないけれど  作者: ちくちく
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初めての侍女

気が付いた時、柔らかな布団の中に居た。

(あれ?何で。私、寝てる。ここどこ?見たことない天井。この布団、いい匂い。ああ、私寝ているんだ。これ夢ね。気持ちいい夢。ウフフ) 思わず笑ってしまった。


「お目覚めですか?」

知らない若い女性の声がした。

「気が付いたの?大丈夫?」

(ん。大丈夫って、これ夢じゃないの?何だか知っている人の声がしたみたい)

「ねぇ。本当に気が付いていないの?心配なんだけど」

(ん。フィル様の声みたいだけど)

「ご飯だよ。マ・ユ・リ。 起きて食べに行こう。ご飯だよ」


その声に一気に目が覚めて、飛び起きた。

目の前に膝に肘を突いて顎を片手で支えて、座っているフィルがこちらを眺めていた。

「ああ、やっと起きた。心配したよ」

「私、どうしたんでしょうか?」

「母上に抱き付かれて気を失った」

(ああ。何てこと。不敬罪だわ)


「大丈夫だよ。皆、君を心配しているだけだよ。お腹すいたでしょ?もう夕食の時間だから。2人で食べようね。あ、それでね、ここが君の部屋。この2人が君のお世話をしてくれるから。紹介するね。ナネットとルルだよ。何でも聞いてね」

と栗色のショートカットのキリッとした美人のナネットと、赤毛のお団子ヘアの可愛いタイプのルルを指差した。ベッドの足元に並んで立っていた2人が、

「初めまして。マユリ様。これからお世話をさせていただきます。何でもお言いつけ下さいませ。」と頭を下げた。


食事をした後、フィルは自室に戻った。

マユリはナネットとルルの2人に改めて挨拶をした。

「初めまして。マユリと申します。ナネット様とルル様ですね。これからよろしくお願いします。」と頭を下げた。

「マユリ様。私共は侍女でございます。呼び捨てで結構でございます」

「でも、私は貴族ではないし、庶民の私がマユリ様と言われても。そして、年上の方を呼び捨てなんて、落ち着きません」

「お客様なのですから、私共はマユリ様とお呼びするのが規則でございます」

「では、外では呼び捨てにしますが、部屋の中ではナネットさんとルルさんとお呼びしますね」

「仕方がないようでございますね。ではそのように。お嬢様のお心のままに」

とにっこりと笑い掛けた。


「では、マユリ様。お風呂をご用意しております。いかがですか?」

「嬉しい! お風呂どこですか?」

「ご案内致します」

と部屋の奥に連れて行かれた。

「お湯と石鹼はどうすればいいですか?」

「私共が、全てお手伝い致しますよ」

「私1人でお風呂に入れますけど……」

「私共の仕事でございます。お1人で湯あみをしていただくわけには参りません」

「恥ずかしいし、私1人で大丈夫ですよ」

「お手伝いができないとは……。私共を信頼していただけないのですね…。残念です」

とひどく落ち込んだ様子で、2人共に寂しそうに俯く。

「そ、そんな……。信頼しないわけでは…。で、では、お願いします」

押しに弱い、周囲を気遣う日本人としては、拒否することができなかった。


その後は、凄かった。

ナネットとルルは頭の先から足の爪の先まで、全身をフワフワの泡で完璧にマユリを洗いあげた。

気持ちは良いのだが、羞恥心で身の置き所がない。

お湯の温かさだけではなく、恥ずかし過ぎて全身が赤く染まってしまった。


「マユリ様のお肌は肌理が細かくて、赤ちゃんの肌の様な手触りですね」

「そう……、ですか……」

「モチモチでプルプル、いつまでも触れていたい、素晴らしいお肌です。ああ、幸せ。それにこの黒髪。長くて素晴らしい手触りと量です。これからのお手入れが楽しみ」

(何か、侍女さん達が違う意味でちょっと怖い感じです。私の髪は腰よりも長いし、量も多くて洗うの大変なのに、喜んでいるみたい。この髪を洗ってもらえるのは嬉しいけど、いいのかな?)


お風呂は大きくて、お湯もたっぷりで、とても清潔で、キレイだった。

1人であれば、どんなに癒されただろうか、しかし、今回ばかりは気疲れしかない入浴だった。

「さあ、これからですよ。ここからが本番です。ルル、気合を入れますよ」

「はい。ナネットさん。お任せを」

(何が本番なの?何が始まるの?怖いんですけど)


その後は全身をマッサージされ、オイルを全身に擦り込まれ、髪を櫛けずられ、もう恥ずかしいと言う段階でもなく、何が何だかという状態になった。

やり切ったナネットとルルは満足そうに微笑んだ。

(これ、毎日のことになるのかしら。私、これからどうなるのかなぁ)

と思いながら、へとへとになって、またベッドに潜り込んだ。


朝、目覚めた。

(お腹減った。起きよう)

顔を洗いに行くと、顔の手触りが違った。

(何。この手触り。肌がめちゃめちゃしっとりしている。びっくり。侍女さんズ凄い)

これが、プロの技と言うものか。感心していると侍女さんズがやって来た。


「おはようございます。よくお休みになりましたか?」

「おはようございます。ぐっすりでした。肌が凄いです。ナネットさん達のテクニック、神です」

感心したように言うと、尊敬の目で2人を見た。

「これからで、ございますよ。今日の服はこちらでよろしいですか?」

「え? 私、服なんて持って来てませんが?」

「王妃様がご用意なさっております。ご心配はいりません」

「王妃様が?」

「マユリ様はお客様です。滞在中の御不自由は私共の不手際。何も必要ございません。ご希望をおっしゃればよろしいのです」

とにっこりと微笑んで、小さく頭を下げた。

(何と。セレブって。こういうこと?王妃様凄い。服まで準備するんだ。何だか、庶民の感覚ではついて行けないなぁ。)


「マユリ様。こちらにお掛け下さい。」

と鏡台の前に座らされると、2人がかりで髪をブラッシングして、バラの香りのオイルをなじませる。長い黒髪がつやつやと輝き始め、天使の輪が見える。

「今日はこの美しい髪をそのまま、流して皆様に見ていただきましょう。肌は1日で随分良くなっていますが、これからお手入れしますので。フフフ。この肌。この手触り、成長しかない。楽しみです」


マユリは胸の下をリボンで絞った、シンプルなAラインのレースのオフホワイト色のワンピースを着た。髪は両サイドを細かく編み込み、後ろにそのままストレートに垂らした。2人の手際の良さに驚いている内に、変身が済んでいた。


「マユリ様はぽっちゃり体型ですので、この様なストンとしたドレスがお楽でしょう。でもお胸が豊かですから、襟は広目に開いたもので、胸元に一粒、真珠でいかがでしょう」

鏡に映る自分が実物の数倍可愛く見える、初めての経験だ。

マユリの肌は艶やかで、黒い髪は絹糸の様にさらさらと流れ落ち、動く度にふわりとバラの香りが漂う。


「こんなの初めてです。私なんかを、こんなにしてもらって… 嬉しい。ありがとうございます」

少し涙目になって、ナネットとルルを見つめる。

ナネットとルルはそのマユリの様子を見て、ちょっと目元を赤くしたが

「泣いてはダメですよ。今からメイクを致しますからね。もっとキレイになりましょうね」


程なくフィルがやって来た。

「食事に行くよ」

椅子に腰掛けていたマユリがその声に振り向くと、瞳を輝かせて駆け寄った。

「私、こんなに可愛くしてもらったの初めてです。私の唯一の自慢のこの髪をこんなに綺麗にしてもらいました」

そこには、いつもシャツとズボンで走り回っていた男の子の様なマユリではなく、少女と言える娘が満面の笑顔でフィルを見上げていた。

いつものように、エクボをつつくこともできず、戸惑った表情のフィルを見て、

「やっぱり、私なんかでは似合いませんか?」

少し悲し気な声になり、表情も暗く俯いてしまった。


「いや。そんな事はないよ。ただ、びっくりしただけ。とても可愛くなってて驚いたんだ。いつものマユリじゃないみたいで、本当に似合ってる。良かったね」

その声に、フィルを見上げるその笑顔に嬉しさが溢れる。

「ナネットさんとルルさん、私の為にお2人が頑張って下さって……」


「うん。うん。そうなんだ。2人共ありがとう。マユリを可愛くしてくれて。こんなに、喜んでいて。私も嬉しい。ありがとう、2人共」

と笑顔を向けると、ナネットとルルは小さく腰を折って挨拶を返した。

「じゃ、マユリ。皆が待っているから行こうか」

「はい!」

2人はドアを開けて出て行くが、振り返ったマユリが2人に満面の笑顔で、手を振った。









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