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魔法は何もつかえないけれど  作者: ちくちく
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フィルの両親

重厚なオーク材のドアが開くと、広い執務室が見えた。

シンプルで、機能的な部屋は後ろに大きな書棚があり、落ち着いた雰囲気だった。

奥に大きなマホガニー色の高級そうな机が置かれ、その前にはフィルと同じプラチナブロンドの髪の長身の男性2人と、女性が立っていた。


(シリウスが居る。きっと横の2人がフィルの御両親だわ。ああ、御両親も本当に美しい。王様と王妃様なのよね…。そして、あ、ちょっと待って! 私フィル様に抱っこされたままだ! 王様と王妃様の前に居るのに、抱っこされて。 ウワー!何て、失礼なことを。不敬罪だ!)


「降ろして下さい!」

と小声でフィルに言ったが、

「別に、このままでいいよ。大丈夫」

事も無げに言うフィルは、それからまた歩き出そうとする。


「絶対にダメです。降ろして下さい」

有無を言わせぬ強い口調と顔のマユリに恐れをなして、フィルはそっとマユリを床に降ろした。

しかし、降ろしはしたがフィルはマユリの手を握って離さず、そのまま笑顔で手を繋いで歩き出す。マユリは手を引こうとしたが出来ずに、彼の両親の前まで連れて行かれた。


「やっと、帰って来たな。息災であったか? 本当に痣が薄くなっている。そばに近寄れるんだな。もっとそばに来てくれ」

と王様と思われるフィルそっくりな男性が、嬉しそうに言った。

「はい。お久し振りです。私は元気で……」

と言い掛けた言葉が言い終わらない内に、横からそばに居た女性が、ドレスの裾を翻してフィルに飛びついた。

「ああ。触れる。あなたに触れるわ!良かった。ああ、こんな嬉しいことが起こるなんて!」

美しい人が周囲も気にせずにボロボロと泣いて、フィルに縋りついた。


「母上。ちょっと恥ずかしいのですが」

と両手で抱きしめられたフィルが、頬を少し赤く染めて言うと

「ああ、あなた。あなたがマユリね」

フィルに抱き付いたままで、横からマユリを覗き込むように顔を向けた。


(なんて美しい、キレイな人だろう。優しい菫色の瞳はフィルにそっくりだ。おとぎ話のお姫様って、こんな感じだろうな。プラチナブロンドの長い髪が波打って、ああ眩しくて目がつぶれそう。ちょ、ちょっと待って、この可愛らしいお姫様が、フィルのお母さんって。若すぎる。あり得ないわ。そんな人が私を見てる。ううっ。美し過ぎて圧が半端ないわ。どうすればいいのかしら)と半分固まったように見つめ返していると、

「マユリ! 聞いているわ。あなたが助けてくれたのよね。ありがとう!」

と今度はマユリを抱きしめた。


びっくりし過ぎて、マユリは思考が停止してしまい、固まって動けなくなった。

「私がフィルの母親のアンブローシアよ! マユリ。 これからよろしくね! あなたは私のお客様よ。何でも言ってちょうだい」

と嬉しそうにマユリをぎゅうぎゅうと抱きしめた。


「母上。マユリが固まってます。手を放してあげて下さい」

「あら。ごめんなさいね。あまりに嬉しくて」

手を放されて、ほっとしたマユリが、大きく深呼吸をして

「初めまして。王妃様。マユリと申します。」

と深く頭を下げた。

「まぁ。本当に小さい子ね。可愛いわ。でも雰囲気は大人ね。あなたに会えるのを楽しみに……」

畳みかける様に話す王妃の言葉を、途中で王が咳払いで止めた。


「アンブローシア。君の話はまた後で。ジークの報告を皆で聞きたい。フィルの呪いのことだ、宰相と魔法師団団長も来てもらっている。順を追って何が起こったのか話してくれ」

ジークに報告を促した。


「フィルは先日禁止されていた攻撃の大魔法を使用し、呪いに飲み込まれかけていました。3つ子間の危機感覚で、命の危険を感じた私が、森の家に転移をしました。

その時2人はアイアンスパイダーに襲われていて、危うい状況でしたが、何とか襲撃に間に合い、蜘蛛は私が倒すことができました。

しかし、その時には呪いでフィルの体は全身黒く染まり、意識はありませんでした。

ところが、一瞬の後、急にフィルの全身の呪いが体外に漏れ出て、集合して黒い蛇のようになったのです。

呪いの蛇は鎌首をもたげて、幾度となくフィルに襲い掛かりました。

しかし、その黒い呪いの蛇の攻撃を、その度にマユリの髪がマントの様に広がって、全て弾いて防いだのです。

とにかくその攻撃を防ぐために、私がその黒い呪いの蛇を、破邪の炎をまとわせた剣で焼き切ったのです。

手ごたえがあり、何かを切ることができたのです。

その時はフィルの意識はありませんでしたが、痣は薄くなっており、翌朝に気が付きました。その後2日は体を動かせませんでしたが、マユリの献身的な看護でここまで元気になったのです」


(私の髪? 動いた? 何?それ。魔法は使えないし、あの時はフィル様に抱き付いて、泣いていただけだったし、何にもしていない。第一勝手に髪が動くなんて、呪いの市松人形ですか? こわっ。あり得ない。私は普通の人間だし。きっと、見間違い)

と信じられない想いでジークを眺めていた。


「そんな事が。呪いが集合して、襲ってくるとか。聞いたことがありません。ましてや、それを剣で切って捨て、呪いが薄くなったなんて……。私共が解呪できなかったあの呪いが。しかしここまで、薄められていることは事実ですし」

灰褐色のモノクルをかけた若い男性が、困惑したような顔で呟き、マユリを見つめた。


「この娘に魔力は欠片もありません。それでどうして、攻撃を撥ね返すことができたのか。呪いは非常に強力で、剣で切るなどと、ふざけた話はありえません。これはこの娘のことを是非、調べないと。よろしいですか?」


「ジョイル。ちょっと待て。マユリ、紹介しよう。この男は魔法師団団長のジョイルだ。調査はいずれ許可するにしても、やりようがある。マユリのことはしばし待て。それで、確かに呪いは薄くなったのだな。人の中に入れる位には」

「それは、もちろんです。顔の痣がその証明になるでしょう。今はほとんど見えません。フィル様は早速この後調べさせていただきます」 ジョイルが言った。

室内の人々は一様にほっとした表情になり、嬉しそうにフィルに微笑みかけた。


「さて、もう、話は終了ね。マユリ。あなたは私達の恩人よ。感謝してもしきれないわ」

「母上。マユリは私の妹です。勝手に連れて行こうとしないでください」

マユリの手を取って、そのまま歩き出そうとしたその体を押さえてフィルが言うと

「まあ。あなたの妹? じゃ、私の娘ね。マユリ今日から私のことは母と呼んでね」

と大喜びでマユリを再び抱き締めた。


目の前の美麗な笑顔と柔らかい腕の中、心身共に一杯一杯だったマユリは、そのままアンブロージアの腕の中で意識を失くしてしまった。























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