お城へ
「馬鹿にかまっては居られないが、フィル、お前に伝言だ。」
と手紙をフィルに渡した。
「近日中に一度家に帰る様に、とのことだ。呪いが薄くなり、人がそばに居られるのなら、ここに居る必要はないだろう?」
「面倒だなぁ…。 でも拒否権は……。ないんだな」
ジークとシリウス、2人の真剣な顔を見て納得した。
「当たり前だろ。特に母上は大喜びなんだから。義務だ」
「人の目が嫌なんだが。やっぱり帰らないとダメかな?」
嫌そうな顔で、2人を交互に見て言うと、
「まあ、分からないこともないが、両親のためだ。1度は帰れ。その後は好きにすればいいさ」
と苦笑いをしたジークが言う。
その時、フィルの袖をマユリが引いた。
「何? どうしたの?」
何となく複雑そうな顔をしたマユリが、言いにくそうに口を開いた。
「私は… 突然両親を亡くしました。7歳の時です。永遠はないんです……。 フィル様。帰って下さい。 私……私。 もう一度だけでいいから、両親に会いたい。会えるなら、どんなに嬉しいか。お願いです、帰ってあげて下さい」
と泣きそうな顔でフィルを見上げた。
「ごめん。マユリ…。 ごめん。子供だね、私は。 ジーク。帰るよ」
と一瞬、固くした表情を緩めて、ジーク達に振り向いて言った。
「良かった。それとマユリも一緒に来るんだよ。母上が君に会いたがっているからね」
「私ですか。ここで家事をしている、ただの居候なのに?」
不思議そうに小首を傾げて、ジークとシリウスを見た。
「君は…。本当に何も分かっていないんだな。マユリは」
ジークが参ったという様に両手を上げて、残念な者を見るような目で言った。
「まぁ、それでね。フィルはまだ魔法は使わない方がいいからね。誰か迎えをよこすよ。マユリも必ず一緒に来るんだよ。来ないとだめだよ。私も待ってるからね」
と微笑んだシリウスが、マユリの頭を撫でながら言った。
そして、魔法陣の上に立った2人が、手を振って消えた。
その2日後。空から大きな鳥が静かに泉のそばに舞い降りた。
体高3mを越す大鷲が、広げた羽を優雅に折り畳んで立っていた。
「お久しぶりです。ロルフ隊長」
「フィル様。お久し振りです。本当に、本当に。そばに近寄れるんですね。ああ、触れられます。呪いがこんなに薄くなって」
と羽でフィルに触れると、ロルフの大きな瞳から涙が零れ落ちた。
「大げさです」
苦笑いをしてフィルがロルフの羽を撫でていると、
「皆様がお待ちです。早く帰りましょう」
ロルフが背中を見せて、早く乗る様に促した。
「今日はお世話になります。そして、この子がマユリです。よろしくお願いしますね」
と言うと、ロルフの前にマユリを押し出した。
「初めまして。ロルフ様。マユリと申します。本日はよろしくお願いいたします」
と言うと、深々と頭を下げた。
「おお、こちらが、マユリ様ですか。私はロルフと申します。以後お見知りおきを」
と頭を下げると、大きな瞳でマユリをじっと見つめた。
(大きな鳥さんが、しゃべっている。ファンタジー世界!茶色い羽がキラキラと光を弾いて綺麗。猛禽類の猛々しさの中に、優しい大きな瞳。鋭いくちばしと大きなかぎ爪。凄くカッコいい。ああ、あの羽に触りたい)と思った。
「ロルフ様。私は庶民なので、様はいりません。呼び捨てでお願いします」
「分かりましたが、マユリ様も私に様付けです。止められたら私も止めます」
「それは。無理ですね」
「では、このままで」 と2人で笑い合う。
「ねぇ。2人共。そろそろ出発しないか? 遅くなるよ」
とフィルが笑いながら2人に言うと、急にスイッチが入ったように、慌てて2人が動き出した。背中を向けてしゃがんだロルフに、マユリを抱き上げたフィルが飛び乗った。
羽が大きく広げられ、1つ羽ばたくだけでロルフの体がふわりと浮かび上がる。
森を見下ろす高さまで上昇すると、羽ばたきが強くなり、一気にスピードが上がる。
風を切る音が耳の横でして、景色が流れるように滲んで行く。
ロルフの背中は思ったよりも広くて、フワフワの羽はマユリが手を付くと、どんどん沈んで行く。顔も体も羽の中に深く埋もれた。
(ウワー。モフモフ。羽に包まれて雲の中に居るみたい。最高級の生きてる羽毛布団だわ。あったかーい。何て気持ちがいいのかしら。凄いスピードのはずなのに、まったく揺れないし。眠たくなる程の心地良さ。)
「マユリ。 寝てるの? でも周りをみてごらん。もうすぐ着くよ」
と笑いを堪えた様な声が背後からする。
(ええっ! もう? 嘘? 私、寝てたの? 一瞬の感じなんだけど。信じられない)
と思ったが、顔を起こすと、山々に囲まれた湖が見え。その手前に大きな5つの尖塔のある石造りのお城が堂々とそびえ立っていた。
(お城! お城じゃないの。フィル様の家ってお城? 本当の王子様なの? 私王子様と暮らしていたの? そんなことってあるのかしら…。私、お城にいくの?)
目の下に広がる城の中央には広い中庭があり、回遊式の庭園のその中央に芝生の広場があった。その大きさと広さにマユリは驚きを隠せない。
ラルフが城の上を2回程旋回した後、ふわりとその芝生の上に降り立った。
すぐにロルフの周りに人々が集まってきた。
「フィル。お帰り。マユリも居るな。待っていたよ」
マユリをロルフから下ろしていたフィルの後ろからジークの声がした。
「皆が待ちかねている。このまま行くぞ。ロルフ隊長、今日はご苦労だった。ありがとう。あとは休んでくれ」
「ロルフ様。ありがとうございました。快適な空の旅でした。」
と頭を下げるとロルフも頭を下げて、マユリの顔を覗き込む。
「私もお二人をここまでお連れできて嬉しかったです。マユリ様とご一緒すると、何だかいつもより、体が軽かったような気が致します。また一緒に飛びましょう」
と大きな羽の先でマユリの頬を優しく撫でた。
フィルとマユリはロルフに別れを告げると、ジークの後について城に向かった。
城の中庭から、周囲を囲む回廊をジークと一緒に歩くが、長身の2人の歩幅にマユリは追い付けない。フィルは後ろを向くと笑って、またもやマユリをヒョイと子供抱きにして歩き出した。
「フィル様、あの私、とても恥ずかしいので降ろして下さい」
「君のスピードでは追い付けないじゃないか」
フィルは笑って取り合おうともせず、スタスタと歩き続ける。マユリは真っ赤な顔で俯いている。
城の中をジークと一緒に歩くフィルと、その腕の中にいる黒髪の女の子を見て、人々は驚いて道を開ける。
貴族と見える服装の男女はこっそりとこちらを指差してひそひそと話し、使用人と見える人々は興味津々の目で見つめる。
痛いほどの好奇の視線に、余計に恥ずかしくマユリは体を縮める様にしているが、フィルは一切頓着することなく、真っ直ぐ前を向いて歩く。
回廊から城の中に入れば、大きな窓から光が差し込み、壁には大きな絵画が多数飾られ、あちこちの角には溢れるように花が飾られている。
(まるで、大きな美術館か超高級なホテルの様。広くて明るい。1度歩いただけではきっと迷子になる。重厚な装飾のある木のドアがどれだけあるんだろう。お城ってすごい。どれだけの人が居るんだろう。人々が廊下の横に並んで頭を下げているけど、このままフィル様に抱かれたままで、いいのかしら)
「ねぇ、フィル様。この格好、まずいと思うのですが」
「マユリは気にしないで。もう着いたから。さあ、ここだよ」
一際大きな重厚なドアがゆっくりと開かれた。




