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死に物売り  作者: 沖田一
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2・波屋

 マダムの店から出ると、僕はそのまま真っすぐ通りを横切り、マダムの店の反対側にある店に入った。そう、そこにあるのが波屋だ。


 波屋の外見を簡潔に言い表すなら、「熱帯地方の海の上に作られた木とトタンの家」だ。高床倉庫をそのまま海に投げ込んだような建物を想像してもらえればいいと思う。


 もちろん、このマルシェの通りに海なんてない。だから、高床の、木を組んで作られた大きい小屋みたいな家が陸地にそびえたっているという状況だ。家の部分が空中にあるもんだから、この店に入るには僕の身長の3倍ほどの高さはあるであろう梯子を上らなくてはいけない。


 ミドル・マダムの店で買った瓶を割らないように気を付けながら、ほぼ垂直に脚を伸ばす梯子を上る。下を見てはいけない。と言うか、見れない。姿勢が垂直過ぎて、下を見ようとすると、梯子の段が頭に当たる。


 そんな梯子にも僕は慣れているので、スイスイと上り、店のドアの前に降り立つ。


 波打ち際、いや、ハワイの雰囲気を醸し出す店構えだ。大きな窓は全開に開いていて、入り口のドアの上にはサーフボードが飾られている。さらに、そのサーフボードにはハイビスカスやオオゴチョウが飾り付けられ、テンプレ化された「南国」を堂々表現している。


 僕は、こんな安っぽい店構えにするのはやめた方がいいと思うのだけれど、親父さんは「なんだかんだこれが一番客の目を惹くから」という理由で、この飾り付けを止めない(下の通りからは飾りは見えないのだけれども)。


 僕はドアを開けて、そんなサーフボードの下をくぐって店に入る。高床式、つまりは4本の柱が空中にある家を支えているという造りの割には、この店は広い。売り場だけでも一般的な学校の教室くらいの広さはある。


 「こんばんわ。」


 僕がそう言いながら店を見渡すと、親父さんは入り口のすぐ横にある棚の上の商品をいじっていた。


 僕の声に気が付き、親父さんがこっちに降り向く。


 「はい、いらっしゃいませーって、千夜のぼうずじゃねぇか!今日は何買ってくんだい?」


 「いや、いつもの通り、小ぶりな波をいくつかね。」


 「おう!それならいつもの通り、そっちの右奥の棚にあるからな!自由に見てき!」


 親父さんは白い歯を褐色の肌に光らせてそう言った。親父さんの見た目と性格は店と同じく安っぽい「南国の親父」のイメージそのものだ。いい体格と浅黒い肌、そして真っ白な歯とどこか強引なコミュニケーション展開力を備えている。


 ちなみに、もう一度断っておくと、僕は「ぼうず」と言われるような年齢ではない。それでも、親父さんは僕のことを「千夜のぼうず」と呼ぶ。まあ、僕も親父さんのことを親父さんと呼んでいるから、そこはお互い様なのかもしれない。


 僕は親父さんが言っていたように、店の右奥の棚にある小ぶりの波を物色する。波はだいたい1Lの紙パックで売られていて、中身を見ることはできない。でも、有名な海の波は特徴的なパッケージで売られているから、それを選んでおけば間違いない。


 僕は、熱海や伊豆などの湘南付近と、沖縄、それに九十九里浜の波を買う。これらは、僕の商店でも売れ行きの特に良い人気波だ。現世で有名な海水浴場やサーフィン場、それにシュノーケリングやダイビングのスポットがある海だから、売れ行きが良くなるのも分かる。


 僕は4,5個のパックをカゴに入れる。


 「親父さーん。ベーリング海の波、1パックでいいから欲しいんだけど、ある?」


 まだ入り口の横の棚で作業していた親父さんに、ちょっと大きな声を出して聞く。親父さんは「はいよー。今行くよー。」と言って、作業を中断して僕の方に来てくれた。


 「で、どこの海だ?」


 「ベーリング海だよ。取り扱い、ある?」


 アジア、特に日本の海を主に扱うこの店にベーリング海の波があるだろうか?だが、これから冬なので、一応買っておきたい。


 「ベーリング海か。ぼうず、運が良かったな。ついさっき、たった1パックだけ入ってきたところだ。」


 「本当かい?それは良かった。ぜひその1パックを売ってくれ!」


 親父さんは「ちょっと待ってな」と言うと、店の反対側の方にある棚へ行き、パッケージにでかでかと「ベーリング海」と書かれ、大きな蟹漁船の絵がプリントされたパックをひとつ持ってきてくれた。


 「これだ。1パックしかないからな。次の入荷はいつかは分かんねえぜ。」


 「ああ、それでもいいさ。ありがとう親父さん。」


 親父さんはなんだか自慢げに鼻を鳴らし、ちょっぴり背筋を伸ばす。


 「それにしてもなあ、ぼうず。日本の人が、ベーリング海の波なんて買うのか?そこで死ぬやつなんて、ほとんど外国人だろ?」


 「まあ、大概はそうだね。でも、万が一があるからさ。そういうものは揃えておかないと気が済まない性質(たち)なんでね。」


 「へえ、そんなもんか。俺だったらそんな細かいことしてらんねえけどな。」


 「でも、親父さんも、しっかりこの波仕入れてたじゃないか。」


 「ガハハ!それもそうだな!俺も案外細かいとこあるのかもな!」


 親父さんの笑い声は、この店が地に落ちてしまうんじゃないかと思うほどに大きい。でも、なんだか腹の底から笑う親父さんを見ると、こっちまで少し笑けてくる。


 それから、僕は計6パックの会計を済ませ、店を出た。流石に小瓶2つと1Lパック6個を持ったままほぼ垂直の梯子は降りられないから、荷物は連世穴(れんせいけつ)で店に送った。


 手ぶらの状況でも、この梯子を下りるのにはだいぶ神経を使う。梯子を使ったことがある人なら分かると思うのだけれど、梯子っていうのは上る時よりも下る時の方が俄然疲れる。親父さん、早く螺旋階段を導入してくれないかな。いや、いっそのことエレベーターがあればいいんだ。


 心のなかで文句を垂れつつも、僕は無事に地表、つまりはマルシェの通りに降りてきた。ズボンを軽く手で払って、次の店に向かう。


 そうだな、次は火事を買おうか。

何かしら書きたいが、特に書くことがないあとがき欄。


千夜に苗字はありません。設定上ないということではなく、私が全く考えていないからです。

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