かわいいアナタが好き
僕、ブルーメ·シナンシスには恐れている事がある。
それは、とてもとても、誰よりも、世界で一番、格好いい僕の婚約者に嫌われる事。
切れ長の大きな目が印象的で、すっと通った鼻筋が綺麗で、凛とした口元が素敵で、よく通る声が心地良くて、風になびく髪が艶やかで、背筋の伸びた立ち姿が美しい。
騎士物語の主人公の様な、格好良い僕の婚約者。
さり気ないエスコートが上手で、馬に乗って駆ける姿が格好良くて、レイピアを振るう姿が格好良くて、無手で自分よりも体の大きな大人ですら投げ飛ばす姿が強くてとても格好良い。
テーラードジャケットとレイピアが似合う、とても格好良い僕の婚約者。
困っている人がいれば進んで助け、分け隔てなく誰とでも話し、ダンスの度に誰もがその手を欲しがり、その目が笑むと誰もが心臓を高鳴らせた。
誰もが羨み恋をする、僕の格好良い婚約者。
でも、幸いな事に僕らの関係を脅かす人は誰もいない。
いたとしても、直ぐに対処すればいい話だけどね。
どちらにしても、僕らに危機はない。
だって世界一格好良い僕の婚約者はーー
男装した侯爵令嬢
だから。
僕は生物学上は男で公爵令息だけれど、幼い頃から女の子と間違えられるほど可愛い、らしい。
そして僕の婚約者はとても強くて、幼い頃から僕を守ってくれる、まるで物語の騎士の様な、とっても格好良い女性なんだ。
僕と彼女の出会いはずっと昔。幼い頃のお茶会の庭の隅だった。
公爵令息でありながら、まるで女の子みたいで、気が弱くて、泣き虫の僕は、すぐにいじめられた。
酷い事を言われても、どうすればいいのか分からず、ただただ傷ついて、泣いてうずくまるだけだった。
そんな僕を、彼女は助けてくれた。
「彼よりもあなた達が強いのは当たり前じゃない。あなた達が勝てる相手にしかつっかからないんだから」
三人もいた男の子をいとも簡単に地面に転ばして、正論でとどめを刺した。
「もう大丈夫よ」
三人が去った後、僕に向けて彼女は手を差し伸べた。
きらきらと輝く瞳はとても綺麗で、その力強い笑顔は僕の涙を吹き飛ばした。
僕は胸の内にあった思いを吐き出した。
お父様に言えばきっと叩かれてしまう。お姉様達に言ったらきっと困らせてしまう。だから誰にも言えなかった、僕の気持ち。
公爵家にとって待望の男の子で跡取りの僕は、『男らしく』なきゃいけない。
でも、剣術のお稽古は痛くて厳しくて怖い。馬術のお稽古も大きくて高くて怖い。
僕はお姉様達が着ているふわふわしたレースや、きらきらしたドレスや、ひらひらしたリボンが好き。
今日の服は公爵令息らしくズボンにシャツを着てジャケットを重ねているけれど、タイだけは、お姉様がまだ子供だから許してもらえるわって、リボンタイにしてくれた。
僕が好きな大きくてふわふわしたリボンに。
僕はとても嬉しくて、憂うつだったお茶会が少し楽しみになった。
でも、やっぱり僕はダメなんだ。
女みたいだって、それでも公爵家かよって、言われるんだ。
「そのリボンはアナタのお姉様がむすんでくれたの?とてもよく似合ってるのに、そんな風ににぎったらダメよ」
僕が握ってくしゃくしゃになってしまったリボンを、彼女は結び直して言った。
「アナタはとっても可愛いもの。ドレスもリボンも、きっと似合うわ。好きなら着ればいいのよ。絶対可愛いもの!」
本当に、心からそう思っているって分かったんだ。
だって、その目は真っ直ぐに僕を見ていて、きらきらと輝いて見えて、
縦結びになったリボンが、すごく、嬉しかったんだ。
「胸が痛いだぁ?」
第一王子で僕の友達のヴィオレ·ロワ·アピルーツが素っ頓狂な声を出した。
「うん。彼女の事を思い出すとね、すっごく嬉しいんだけど、胸がギュとして、会いたくなるんだ。ぼくは病気なのかな···?」
もし病気だったらどうしよう。もう彼女に会えなかったらどうしよう。
考えただけでも悲しくて、また胸が痛くなった。
ヴィオレはそんな僕を見ると呆れた様に言った。
「お前それは、病気は病気でも恋の病だろ。お前はその侯爵令嬢の事が好きなんだよ」
「恋?ぼくは、彼女の事が好き?」
言葉にすると、喜びが溢れて胸が熱くなった。
そうか、僕は彼女の事が好きなんだ。
僕を否定しない。僕をいじめない。リボンが似合うと言ってくれる。彼女が僕は好きなんだ。
僕は、彼女に会う時は好きなものを身につけるようにした。
可愛いリボンタイや、ふわふわのフリルシャツ。
彼女は自分の持ち物をこっそり僕に着せてくれた。
繊細なレースのケープや、綺麗なビーズの髪飾り。
好きなものを着れて、彼女がそれを可愛いと言ってくれて、僕はとても嬉しくて、楽しくて、つい、言ってしまった。
「結婚したらずっと一緒にいられるのに」
後悔なんて、浮かぶ間もなかった。
「ステキね、そうしましょう!私もブルーメの事が好きだもの!」
彼女はとても嬉しそうに笑ってくれたんだ。
そして、そのまま僕の手を引いて、僕と彼女のお父様の所に突撃した。
「お父様、公爵様。私ブルーメと結婚します!」
僕はあまりにも突然で、お父様が怖くて、何も言えないまま彼女の手を握った。
彼女のお父様はすごくびっくりして、冗談はやめなさいとか、子供の言うことなのでとか、結婚が何かよく分かっていないのです、とか、色々お父様に言っていた。
僕じゃ彼女と結婚しちゃいけないのかな。
「お父様、子供だからってバカにしないでよ!私はブルーメが好きだもの!本気よ!」
びっくりして顔を上げてしまうほど強い声で彼女は言った。
とても、嬉しかった。
「···君はそれでいいのか。こいつは男としては情けないだろう」
やっぱり僕は、ダメなんだ。お父様の言葉が悲しくて項垂れたら、手が、強く握り返された。
「私はブルーメがいいのです!ブルーメは情けないんじゃなくて優しい人なのです。ブルーメのお父様なのに知らないんですか?」
僕はぎょっとした。あの怖いお父様に、それも彼女より上の家格の公爵にそんな事を言うなんて!
彼女のお父様も真っ青になって何とかしようとしてた。
でもーー
「それに、私がブルーメを守るんです!ブルーメがずっと笑っていられるように。だからブルーメが弱くても問題ないわ!」
胸を張って言う彼女はとっても格好良くて、思わず涙が出そうだった。
「お前はそれでいいのか」
お父様が僕に聞いた。お父様が僕の意志を聞いたのは初めてだ。
僕はーー多分、産まれて初めて勇気を出した。
「ぼくは、ううん、ぼくもメリアが好きです。メリアと結婚させてください。お願いします!」
彼女のお父様にも向けて、僕は自分の意志を伝えた。
すごく心臓がバクバクして、足が震えて仕方なかった。
でも彼女が僕の手を握ってくれてたから。
僕は顔を上げていられたんだ。
そして僕らは婚約した。
流石にまだ子供だし、色々あるから結婚じゃなくて婚約となったけれど、僕は嬉しくてたまらなかった。
だって、彼女ともっと一緒にいられたから。
彼女のおかげか、僕が好きな事を前よりもお父様に怒られなくなった。
だからお姉様達に教わって色々な事をした。
刺繍に編み物、ケーキに紅茶、ピアノにダンス、リボンもフリルもレースも。
とても楽しかった。とても嬉しかった。
でも、他の人からはますますおかしな子だって、男らしくないって、出来損ないだって、言われた。
僕は僕が言われるのはいつもの事だから我慢出来たんだ。いつも泣いて彼女に助けられたけれど。
でも、僕が男らしくないせいでお父様やお姉様達が悪く言われるなんて、思っても見なかった。知らなかった。
ーー許せなかった。
悪いのは僕なのに。男らしく出来ない弱虫で泣き虫な僕が悪いのに。
お父様もお姉様達もーー僕のせいで死んでしまったお母様も悪くないのに!
「ブルーメ!!」
生まれて初めての取っ組み合いの喧嘩は痛くて怖くて痛かった。
そしてーー僕を庇った彼女が傷ついた。
血が出て、呼んでも返事をしてくれない彼女が、死んじゃうんじゃないかって、僕のせいで、僕がーー
「ごめんなさい。弱くてごめんなさい、泣き虫でごめんなさい。出来そこないでごめんなさい。男らしく出来なくてごめんなさい。僕が婚約者でごめんなさい。僕のせいでごめんなさい」
泣いて謝るしか出来ない僕を彼女は抱きしめた。
「ブルーメは弱くないわ。だってあなたは戦ったじゃない。あなたの大切な人のために立ち向かえる、あなたは優しい人よ」
頭の包帯は余計に痛そうで、なのに彼女は少しも泣かなかった。
「無理に出来ないことや嫌なことなんてしなくていいわ。私はあなたが好きなことをして笑っているのが好きだもの」
こんな僕を彼女は好きだと言ってくれた。
「私はかわいいブルーメが好きよ」
ああ。
守りたい。僕も彼女を。
そう思ったんだ。
僕は苦手な剣術を頑張った。
痛くて怖くて辛くて、何度も泣いた。
でも、止めなかった。彼女を守りたかったから。
もう二度と、あんな思いはしたくなかったから。
彼女には内緒で。
だって、彼女が知ったら無理しなくていいよって言ってくれるから。
弱い僕は彼女に言われたら、止めてしまうかもしれないから。
「ブルーメも大分男の子らしくなってきたわね。やっぱり剣のお稽古をしているからかしら」
「え?」
ある日お姉様に言われた言葉に、僕はーーゾッとした。
彼女は『かわいいブルーメ』が好きなんだ。
男らしくなったら、可愛くなくなってしまう。
そしたら僕は、彼女に嫌われてしまう?
全身が凍りついて、目の前が真っ暗になった気がした。
嫌だ。
彼女に嫌われたくない。
彼女とずっと一緒にいたい。
僕は、可愛くある努力をした。
剣ダコが出来ないように剣を持った稽古は控えて、無手で何度も型をなぞった。
お姉様に教わってスキンケアを徹底した。
髪を長く伸ばして顔の輪郭を誤魔化した。
ふわふわしたドレスを着れば体型を誤魔化せた。
声変わりが来たら高い声が出るようボイストレーニングをした。
身長が伸びても、ドレスなら中腰がバレない。
喉仏は襟のフリルやボンネットのリボンで隠した。
だんだん骨張ってきた手には日除けの手袋をはめた。
少しでも女性らしく可愛らしく見えるよう、動作や仕草一つ一つを意識した。
出来る事は何でもした。
『かわいいブルーメ』であるために。
まるで、童話の可愛いお姫様みたいにあるために。
「ーーで、今度は何に悩んでやがる」
「口が悪いよ、ヴィオレ」
もうすぐ王太子になる予定なのに口が悪いから咎める僕に、ヴィオレは鼻を鳴らした。
「ふん、お前の悩みは大抵ロクなもんじゃない。相談されるこっちの身にもなれってんだ」
「うん。感謝してるよ」
今の僕はちゃんとシャツにズボンを履いてジャケットを着た男性の格好をしている。
その上短い髪のかつらをしているから、ほとんどの人には僕が誰か分からないはずだ。
ヴィオレに会いに来たり、剣の訓練を受けによく城に来る僕はそうやって女装と使い分けている。
彼女に知られないために。
「もうすぐ卒業でしょ?だからいい加減女装は止めなさいってお父様に言われたんだ」
「いや普段から言われてるだろお前」
それはそうだけど、学園を卒業をすれば正式に成人と見なされ、公爵家の後継としての仕事が始まる。
今まではまだ子供だからと見逃してもらえていたけれど、公爵家の後継である僕にはこれ以上の我儘は許されない。
「僕だって、ちゃんと公爵家を継ぐ意思はある。お父様達にこれ以上迷惑をかけるつもりはないんだ」
「『でも』なんだろ。どうせ婚約者絡みで」
ヴィオレは彼女に出会う前から僕の友達だ。
だから僕の悩みもお見通しなんだろうな。
「彼女は『かわいいブルーメ』が好きなんだ。女装を止めたら、可愛くなくなったら、彼女に嫌われてしまうかもしれない···」
「いや、男装しててもお前は可愛い方じゃねーか」
「『方』じゃ駄目なんだよ。ちゃんと可愛くないと」
「無駄に意識が高いんだよお前は!」
月日を重ねて、彼女はますます格好良くなった。
すらっと伸びた手足がキビキビと動く様は颯爽としていて、艶やかな髪が彼女の剣技に合わせて舞う所は目を奪われる。
女性としては少し低めの声は落ち着いて聞こえて、威厳があって、より格好良い。
どちらかと言えば固い表情をする様になった顔は、キリッとして格好良いし、親しい人の前やふとした瞬間に見れる笑顔のギャップが可愛い。
彼女のお爺様である前侯爵の影響を受けて、少し古風な話し方が格好良い。
せめて誰にでも認められるほどの可愛さがなければ、僕ではとても釣り合わない。
それくらいに僕の婚約者は格好良い。
「じゃあ女装を続けてもいいんじゃないか?彼女の方も男装なんだし」
「でも、多分、これがいい機会なんだとは思うんだ」
いい加減誤魔化す事が限界なのは事実だから。
体も手も顔もどんどん男性らしくなっている。
ふわふわしたフリルで肩幅を誤魔化すのも、ゆったりとした袖で腕を誤魔化すのも、手袋で手を誤魔化すのも、中腰で身長を誤魔化すのも、ボンネットと髪で顔の輪郭を誤魔化すのも、どれももう、長くは持たない。
「俺は杞憂だと思うけどな」
どうせ嫌われてしまうなら、少しでも、一瞬でも多く一緒にいたいと、我儘を言ってしまう僕は、ずるくて弱い。
だから、僕はまた間違えた。
「ブルーメ!!」
彼女はいつだって僕を守ってくれる。
悪口からも、悪意からも、そして凶器からも。
彼女は強い。
でも彼女は女性で、力が男性に及ばない事を僕は知っている。
だから比較的軽いレイピアを愛用している事を知っている。
戦う時は真っ向から受けない様にしている事を知っている。
相手の力を受け流して利用して戦っている事を知っている。
何より、彼女は強いけれど圧倒的な強さを持っている訳ではない事を僕は知っている。
知っていたのに、僕は、彼女ともっと一緒にいたくて、今の夢の様な優しい時間が壊れるのが怖くてーー間違えてしまった。
不審者の刃が彼女の腕を傷つけた。
僕を庇って彼女が傷ついた。
僕は、何のために苦手な剣術を頑張った?
僕は、彼女を傷つけてまでしてこのままでいたいのか?
違うーー
「僕のメリアに傷をつけたな」
彼女の腰から抜き取ったレイピアはいつもの剣よりずっと軽い。
反対の腕に収まってしまうくらいに彼女は細くて小さい。
「貴様らを許しはしない」
目の前の奴らを殺してしまいたいくらいにーー胸が熱い。
彼女を傷つけた憎さと、自分自身に対する不甲斐なさと怒りで。
こんな彼女に僕は縋っていたんだ。
ずっと、この小さな手に守られて来たんだ。
僕は、こんな彼女よりも弱かったんだ。
「許さない」
それは、自分に向けた言葉だったかもしれない。
奴らを全て叩きのめしても収まらない。
ああ。こんな僕はーー嫌われて当然だ。
「···騙しててごめんなさい」
「何故謝る?」
彼女を欺き続けた僕は、きっともう、彼女のそばにはいられない。
それがとても辛くて、悲しくて。でもきっと当然の報いだから。
「せめて応急処置はさせて」
悪足掻きの様に少しでも彼女といたくて、彼女の腕を取った。彼女の傷は浅く、血ももうすぐ止まるだろう。
様々な後悔が渦巻く中でずるい僕は、いっその事治らなければいい、なんて、思ってしまった。
そしたら責任を口実に彼女から離れなくて済む。そんな、ずるい事を考えてしまった。
ああ僕はなんて、ずるくて弱い。
その時、僕のボンネットが落とされた事に気がついた。
「メリア?」
どうしたのか分からず問いかけるけど、彼女は答えてくれず、黙ったまま僕の首を左手で撫で、頬から顎にかけて右手が撫でた。彼女の、剣だこがあって少し皮の硬い、指が長くて綺麗な手が。
「めっめめメリア?!」
「···気がつかなかった」
ぽつりと落とされた言葉で分かった。
彼女が何を確かめて、何に気づいたのかを。
きっと僕は、失望された。嫌われて、しまった。
「···ごめん」
「何故謝る?」
彼女の手が続けて肩を撫で、何かを確認する。
僕はいつもの様に俯いた。彼女を見る事が出来なかった。
「だって、僕は···男だから」
「知っているが?」
右腕を取られ、日除けの長手袋がするすると腕から抜かれた。彼女だって剣を持つんだ。だからさっきの立ち回りできっとバレている。僕が剣術を学んでいた事を。そしてこの手を見ればバレてしまう。どれだけ学んでいたのかを。
「そうじゃなくて、そのーーメリアは『かわいい』僕が好きなんでしょう?」
彼女の動きが止まった。
ああやっぱりと、絶望感が僕の口を支配する。
「フリルとレースとリボンが似合う、女の子みたいな可愛い僕が、好きでしょう?だから、こんな。男の僕はいつまでもメリアの好きな『かわいい』僕じゃいられない」
自分で自分の首を締め上げていく。
止めて。嫌だ。言わないで。
僕はまだ彼女といたいのにーー
「可愛くなくて、ごめんなさい。メリアが望むなら、婚約解消もーー」
「ブルーメ」
彼女の声が僕を貫いた。僕の好きな真っ直ぐで、優しくて、ハッキリとした声。
「私はブルーメが好きだ。可愛いブルーメだけじゃなく、優しくて弱いブルーメも、私を頼ってくれるブルーメも、強くて格好良いブルーメも、全部大好きだ!」
彼女の意思の籠った目が僕を貫く。
彼女の想いが真っ直ぐに流れ込んで、溢れてくる。
「ブルーメは格好悪い私は嫌いだろうか?」
「そんな事ない!」
当然だと、雄弁な瞳が私を見つめる。
「ブルーメより剣が弱くても、ブルーメを守れなくても、ブルーメよりも可愛くなくても、ドレスを着ていても、刺繍が下手でも、格好良くなくても、私を好きでいてくれる?」
「当たり前だよ。僕は僕の好きな事を認めてくれて、頑張り屋さんで、困っている人を見過ごせなくて、いつでも僕の手を取ってくれる、優しいメリアが大好きなんだから!」
その言葉が何よりも嬉しかった。
だから、悩みなんてなくなってしまった。
「ブルーメ·シナンシス様。卒業パーティーのダンスを私と踊ってくれませんか?」
「メリア·アルストロ嬢。卒業パーティーのダンスを僕と踊ってください」
二人とも同じ事を言っていた。
返事なんて決まっている。
だから二人で手を握り返した。
「何だか変な感じね。いつもは私が貴方を迎えに行っていたから」
「うん、そうかもしれない。でも僕はメリアに会えるならどこでだって構わないよ」
「私もよ」
今僕は彼女を迎えて、二人で馬車に乗っている。
今までは男装していた彼女が女装した僕を迎えに来てくれていたから、少し不思議な気分。
「でも、私おかしくないかしら?ドレスなんて久しぶりだから心配だわ」
今日は僕の卒業パーティーの日。
彼女はいつかの様に令嬢らしく話している。最近は男装に合わせて···と言うよりは楽をして彼女のお爺様を真似た口調ばかりだったから、何だかドキドキしてしまう。
彼女は今日、フリルの広がるドレスを着て、ふわりと巻いた髪をレースで飾って、リボンのついたヒールを履いていた。
僕が送った、僕とお揃いの服だ。
「どこもおかしくなんかない。とっても、綺麗で、可愛くて、素敵だよ」
ズボンじゃない彼女はとても綺麗で可愛い。ズボンを履いていても綺麗で可愛いくて格好良いけれど、今はもっと可愛く見える。
「貴方もとても素敵よ。綺麗で、格好良くて、可愛いわ」
今日は僕もきちんと正装をしている。長かった髪は短く切ってワックスで整えたし、ベロアのベストと少し丈の長いジャケットを着て、襟にはリボンじゃなくて普通のタイをして、スカートでもなくズボンと革靴を履いていて、きちんと男性に見える格好をしている。はず、なんだけど。
「今の僕は可愛くしてないのに」
彼女から見ればまだまだ『かわいいブルーメ』みたい。嬉しいような悲しい様な気持ちになっていると、彼女はくすりと笑った。
「私がどんな貴方も好きだから可愛いと思うのよ」
「···ずるいよ、メリア。それはずるい」
ずるい殺し文句だ。
やっぱり彼女は、ドレスを着ていても格好良い。僕の『かっこいいメリア』だ。
「みんな驚くかしらね」
「うん、そうだね。メリアはともかく僕なんか身長も誤魔化してたからなぁ」
「いい鍛錬になってたんじゃない?」
「流石メリア、よく分かってるよね」
中腰は足腰だけじゃなく腹筋にも来るんだよ。とても。
僕は止まった馬車から先に降りて、手を差し出した。
「さあ、お手をどうぞ。僕のメリア」
差し出した手に、彼女はそっと手を乗せながら笑う。
「ええ、ありがとう。私のブルーメ」
騒然とする人々の前で、僕達は目を合わせて、笑った。
お読みいただきありがとうございます。
「かっこいいキミが好き」の公爵令息視点となります。彼の家族のプロフィールを少し公開します。
お父様:厳格な人。家族愛が不器用。
お母様:可愛らしい人だった。ブルーメの出産時に落命。
お姉様1:長女。ブルーメを着飾らせるのが好き。
お姉様2:次女。手先が器用で美味しいものが好き。
お姉様3:三女。ピアノやダンスが好き。
全く大した設定ではありませんね(笑)彼のお父様が彼の事をちゃんと愛している事は知ってあげて欲しいです。
このお話で長編を書こうかと思っています。まだ書き始めてもいないので上げるのは大分先になるとは思いますが。
これまた別視点というか、スピンオフに近い形で書こうと思っていますが、もし知りたい内容や掘り下げて欲しい話があれば感想に入れて下さい。挟めたら書こうと思います。