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雨の雫  作者: 海堂莉子
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第7話

「オーラ?」

「そう。人それぞれ基本の色があってね。感情の起伏によってその色が濃くなったり、薄くなったり、鮮やかになったりするの。雫石のオーラはね、とっても綺麗なピンク色なの。それが、今、消えかかってる」

 オーラが消えかかってるっていうのは、死にかかっているってことなんだろうか。本当に私は死に近い所にいるんだろうか。

 藍の言う霊感というものを私はすんなりと受け入れることが出来た。初めて会った時から不思議な雰囲気を持った子だったからだ。それに、藍から語られるそれらの話をちっとも怖いとは感じられなかった。もともと怖い話が苦手な私は、霊って言葉を聞いただけでも縮み上がるほどなのに、恐怖を全く感じられなかった。それは、語り手が藍だからなのか、それとも私がとても死に近い所にいるからなのかは解らなかった。

「これ以上死と仲良くなっちゃ駄目だよ」

 その言葉と藍の真剣な目が私を心から心配してくれているのが伝わってくる。

 死んだら空に会えるのかな? 空に会いたいな。空に会えるのならこのまま死んでもいいかもしれないな。

 藍の真剣な言葉を聞いても尚そう考えてしまうことが、死と仲良くしている証拠なんだろうか。

「うん」

 小さく頷いた。藍にこれ以上心配をかけない為に。だが、どうすれば死と仲良くしないように出来るのか解らなかった。

 それから暫く登り、もう頂上が見え始めた頃、突然私は意識を失った。本当に突然に、何の前触れもなく私の目の前が真っ暗になった。

 気を失う直前、微かに藍が私の名を呼ぶ声が聞こえた。

「浅野!」

 それと重なるように男の人の叫び声も聞いた。

 空かなって一瞬思ったけど、それをすぐに否定しなければならなかった。空は私を名字で呼んだりはしない。

 じゃあ、あの声は誰……?

 薄れ行く意識の中でそんな事を考えていた。



 私は夢を見ているんだろうか。私の手に感じる温もりは空の手のもののように感じた。

 目覚めれば、その先にはきっと空がいてくれる。

 そんな思いを胸に、瞳をゆっくりと開いた。まず目に入って来たものは天井の長い蛍光灯。光の強さに再び目を閉じた。

 浅い眠りの中で感じた手の温もりは今もなお感じていた。

 目を覚まして、空がいないことには慣れていた。空がいる筈がないことも解っていた。だって、あの蛍光灯……、ここは天国じゃないことが解るから。

 ならば、この手の持ち主は一体誰なのかな……。藍かもしれない。あの子、酷く心配していたもの。

「あ……い?」

 少し掠れた声で藍の名を呼びながら頭を少し持ち上げると、そこには予想に反した人物の姿があった。

 初め、私はそれが誰なのか解らなかった。私の手を握り、ベッドの脇に突っ伏して寝ているようで、顔が見えなかった。僅かにスースーという寝息のような音が聞こえている。

 一体誰?

 握られた手の大きさから、それが男の人のものであるのは間違いないように思う。だけど、私の手を握ってくれるような親しい人を私は知らない。

 その人の指がぴくりと動いた。どうやら起きた様だった。

 むくりと起き上がったその人は、

「先生っ!?」

 だった。寝起きに呼ばれて自分がどこにいるのか解らないといった感じで、キョロキョロし、私と視線が合うと一瞬驚いた顔をしたが、すぐにその表情は崩れ、子供のような無邪気な笑顔に変わった。

「ああ、浅野。具合はどうだ?」

 私はそんな先生を呆気にとられて見ていた。

「へっ? はあ、まあ大丈夫……みたい」

 私は深く眠っていた。山の上からここまでどうやって来たのか全く分からない。浦島太郎になったような気分だった。いつの間にか私は学校の保健室で寝かされていたのだ。このイヤにすっきりした気分から考えて、偉い長いこと寝ていたんじゃないかと思われる。ここ数日の不足分を補うように私は泥の様に寝ていたのだ。あの途中何度か感じた温もりに安心して、ぐっすりと眠ることが出来たようだ。

 空だとずっと思っていたその手がまさか先生だったなんて……。って、えっ? 先生?

「あっ、あの先生っ。手……」

「ああ、お前が中々放してくれなくてな」

 私が自ら先生の手を……? しかも、放さなかったというのか……。きっと空と間違えてしまったんだ。正直覚えてないけど、きっと空の夢を見ていたんだ。

「えっっと、あの……それはすみませんでした。だからもう放して」

「う〜ん、なんだかお前の手って俺の手にピッタリと合うんだよな。なんとなく放し難いという妙な感じだ」

 本当に心底不思議だと思っているように首を傾げて、繋がれた手をまじまじと眺めていた。

「意味解んない。いいから放して」

「別にそんな照れることないだろ?」

 ケタケタと可笑しそうに目を細めて先生が笑う。私は馬鹿にされているのが解り、腹が立って顔を背ける。

「悪かったよ。そうやって顔が赤くなる素直な反応を見てたらついね」

 どうせ子供だと思われたんだろう。私が答えないでいると、先生はあっさりと私の手を解放した。

 突然今まで感じていた温もりがなくなって、名残惜しいような、心許ないような、寂しいような、それらが混じった何ともいい難い感情が一気に湧いて来た。優しさなんかいらないと思っていた筈なのに。

「さて、具合が悪くないのなら送って行こうか」

 先生の申し出に私は驚いて首を振った。

「一人で帰れる」

「もう暗い。それに外は雨だ」

「雨?」

 登山をしていた頃は、ハイキングにもってこいの快晴だったのに。

「バスが学校に着いた頃に降りだしたんだ。こんな雨じゃ、お前また風邪引いちゃうだろ? 乗っていけよ」

 耳をすませれば、先生の言うとおり雨音が聞こえてくる。

「みんなは?」

「もうみんなとっくに帰ったよ。北村がお前のこと心配していたぞ。起きるまで待っているっていったんだが、俺が先に帰した」

 また藍に心配をかけてしまった。あの不思議な子を私は好きになりかけていた。一緒にいて苦にならない、寧ろ癒される。今の私の唯一の存在かもしれない。

「そうですか」

 そう呟いた。

「ほら、じゃあ行くぞ」

 先生にそう言われ、先生の顔を見上げた。別に何かを言いたかったわけではないけれど、ただ、顔を見たかったのかもしれない。能天気な先生の顔を。この人の顔は時として癒し系なのかもしれない。

ちょっとばかり口が煩いのが気にはなるが。

「どうした? 具合が悪くて動けないのか? また、おぶってやろうか?」

 先生の顔を見つめたきり、何も言わない私が、まだ具合が悪いんだと解釈したようだった。ただ、若干気になる点があった。

 今、先生は「また、おぶってやろうか?」と言ったように私には聞こえた。また? それはどういう?

 寝起きで回らない頭をフル回転して考えた。

 気を失った私はどうやって下山したんだ? どうやってバスを降りた後ここまで運ばれたんだ? もしかして私は先生におぶられて下山したんだろうか? 先生におぶられてここまで運ばれて来たんだろうか?

 思わず先生を凝視した。だが、なんとなく聞くのが戸惑われた。もし、本当にそうだとしたら恥かしいどころの話じゃない。とてもじゃないが、先生に聞くことは出来なかった。真実を知るのが怖い。今知ってしまったら、先生の車になんて恥ずかしすぎて乗れそうにない。

 今夜、藍に電話して聞いてみよう。

「いえ、歩けます」


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