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雨の雫  作者: 海堂莉子
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第21話

 私は学校を出て、真っ直ぐに家には帰らずふらりと寄り道をした。

「いらっしゃい。そろそろ来るんじゃないかなって思って、昨日美味しそうなおやつを買って来たところだったのよ。私の勘って当たるのよね」

「おじゃまします。オバサン」

 私はたびたび空の家を訪れていた。寂しい時、苦しい時、何かに悩んでいる時。立ち止まって空に会いに来ることがある。勿論、何の悩みがなくてただたんに会いたくなってくる時だって多々あるけれど。

 空の仏壇に手を合わせ、オバサンと話しをして、2階に上がってアルバムを見る。空の部屋に一歩足を踏み入れると、そこに空がいるような、空にすっぽりと包まれているような安らいだ気持ちになる。もしかしたら、空はまだここにいるんじゃないかと錯覚しそうになる。

 私はここで、元気の補充をしているのだ。

 私はオバサンに坂本君と明日香の話を聞かせて、二人で腹を抱えて笑った。明日香の話は度々出てきているので、オバサンも既に面白い子って感じで覚えていたりする。

「はあ、こんなに笑ったのって久しぶりだわ。たまにこうやって笑わないと駄目ね」

「あっ、そう言えば美代さんがうちの学校に教育実習で来てるんだよ」

 美代さんはこの家を出て、一人暮らしをしている。この家には、空も美代さんもいなくなって何だかオバサンが寂しそうだ。どっちみち遅かれ早かれ子供は独立するものなんだろうけど、空の不在はあまりにも早過ぎたのだ。

「あら、そうなの? 美代ったらこの家を出てから連絡も何も寄越さないから全然知らなかったわ。あの子ちゃんとやれてるのかしら?」

「うん。美代さんは美人で優しいから男子に超人気があるよ。勿論女子にも人気はあるけどね」

 そう、と嬉しそうに、若干寂しそうにオバサンは頷いた。

 オバサンに2階に行って来るね、と告げて立ち上がった。

「雫石ちゃん。好きな人が出来たのね? それは、きっと伊吹君なのね。美代が邪魔しているんじゃない?」

「オバサン? 私が好きなのは空だよ。先生じゃないよ」

 どうしてみんな私が先生を好きだなんて言うんだろう。

「いいのよ。空は伊吹君が雫石ちゃんを好きなことを知っていて、伊吹君に雫石ちゃんを任せたのよ。空は、伊吹君だったらってそう思ってたのよ」

「オバサン、何言ってんの。先生が私を好きなわけないよ。だって、空が死ぬまで一度も会ったことがないんだよ? あるわけないない」

 そんなことって笑って誤魔化そうとしたが、オバサンの真剣な瞳に見つめられて、笑えなくなった。

「逃げちゃ駄目よ。今がその時期なんだと思うの。空のことを考えずに自分の心に聞いてご覧なさい。今、誰に傍にいて欲しいと思っているのか。オバサンにとってはね、伊吹君も息子みたいなものだし、二人が上手くいってくれたらって思ってるのよ。きっと、空もそう思ってる筈よ」

 それだけ言うと、オバサンは笑顔を見せた。

「よく考えてみる」

 そう言って私は2階に上がった。

 みんなから急に責めたてられるように先生が好きなのかと言われる。みんながみんな一様に逃げるなと言う。オバサンがさっき言っていた、先生が空が死ぬ前から私を好きだったという話はとてもじゃないけど信じられないので、一先ず脇に置いておく事にする。

 ようは空が好きだから、空が一番大事だから、空が……、空が……という考えを頭から追い出して考えてみなさいとみんな言いたいんだと思う。

 空を除いて一番大事な人はそれはやっぱり先生だって言いきれる。ただ、先生を男の人として見た時、私は先生をどう思っているんだろう。

 例えば、先生に抱き締めて貰いたいと思う? 

 これは、私がいつも泣いていると、先生が胸を貸してくれるから全然イヤじゃない。寧ろ先生に抱き締められるのは、安心する。

 じゃあ、先生とキスしたいって思うのかな?

 先生とキス……。う〜ん、多分イヤじゃないけど、恥かしくて考えられないかもしれない。というよりもそういう感情を抱いた事がないのかもしれない。

 先生とエッチ出来る?

 キスが恥ずかしいって思ってるのにそんなの恥ずかしくて想像もつかない。

 自問自答を繰り返すがいまいち結論のようなものは出てこない。

 じゃあ、逆で考えてみよう。

 例えば、先生が他の女の子を抱き締めていたら?

 んんっ、胸がきゅうってなった。

 じゃあ、先生が他の女の子とキスしてたら?

 何だろう、動悸が激しくなって来た。

 先生が他の女の子とエッチしてたら?

 ズキンと心臓を刺されたような痛みを感じる。

 それが美代さんだったら?

 そう考えて、一瞬呼吸が止まった。

 それは、イヤ。先生は私の先生だもん。

 どくん。

 自分が今頭で考えたことが自分でも信じられなかった。私のって、私のって確かにそう思った。もしかしたらこれが答えなんじゃないだろうか。

 自分の導き出した答えに激しく震えた。

 私は、先生が好き……なのかな?

 まだ、信じられなかった。みんなにそうなるように仕向けられた気がする。みんなが私が先生を好きなんじゃないかって聞いて来るから、自分もそんな気がして来てしまっただけにすぎないのかもしれない。

 確かめたい……。この胸の鼓動が本物か、偽物か。

 私はむくりと立ち上がると、階下に下りた。

「オバサン、今日は帰るね。また近いうちに来るから」

「そうね、またいらっしゃい。雫石ちゃん、あとは自分の心を信じればいいの。感じたままを信じなさい。心に嘘はない筈よ」

 私は深く頷くと、空の家を出た。


 私は急ぎ足で暮れかけた街並みを歩いていた。自分の心臓の音だけが耳鳴りのように聞こえて来た。建物が近づいて来ていた。はやる気持ちと、着かなければいいと思う気持ち。言い知れぬ思いに吐き気さえ込み上げて来た。

 建物を見上げ、歩みを止める。その部屋には、確かに明かりが点いていた。

 ここまで来て引き返したいと怖気づく私。自分の気持ちを確かめて一体なんになるんだろう。それでも、私は一歩を踏み出した。空と前を向いて歩いて行くと約束したのだから。今更、逃げるなんて許されないのだ。

 チャイムを鳴らし、私は待った。

 鼓動はみるみる速くなっていく。がちゃりと音がして、先生が出て来た。筈だった。だが、出て来たのは、美代さんだった。

「美代。誰だ?」

 美代……。先生は美代さんをそう呼んでいるんだ。自分のアパートに美代さんを呼んで、玄関の応対を任せる。それって、誰がどう考えたって二人は恋人同士ってことでしょ?

 美代さんが私をじっと見ていた。

「私達付き合ってるのよ。よりを戻したの」

 美代さんの勝ち誇った笑顔を見ることは出来なかった。

「そうですか。おめでとうございます。お邪魔してしまいました」

 私は美代さんを見上げてそう言って、笑顔を作った。酷い笑顔に違いない。涙が今にも零れ落ちそうだった。

「美代、誰が来たんだ?」

 先生が出て来て、私を見た。

「先生。おめでとう。先生が言ってた好きな人ってやっぱり美代さんだったんだね。私のことはもう大丈夫。空との約束はもう充分全うしてるよ。だから、もう私の心配はしなくていい。私には藍もいるし、大丈夫。先生はやっと掴んだ幸せを大事にしてね。私は、邪魔したりしないから安心して。それじゃ、またね」

 私は一気にそれだけ言うとくるりと向きを変え、駈け出した。先生に笑顔を向けることは出来なかった。だって、気付いてしまった。私は、先生が好きなんだって。半信半疑だった。半ば自分が導き出した考えに、まさかという思いしか感じていなかった。私は空しか好きになれないんだと思っていた。そう自分に暗示をかけて、自分の気持ちから逃げていたんだ。周りのみんなにはそれが解っていたんだ。藍もオバサンも坂本君も。

 だけど、オバサンが言っていたこと、間違ってるよ。

 先生は私のことなんか好きじゃなかった。先生が好きなのは、美代さんだったんだよ。


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