第18話
「幼馴染なんだよね。幼馴染って言ってもそんなにべったりと仲良かったわけじゃなかったし、今では全然喋らないしね」
あまり過去のことは話したくないっといった藍のあからさまな表情にそれ以上突っ込んで聞くことは出来なかった。
「で? 坂本君が雫石に何かしたの?」
童顔な藍が腕を組んで何かを考えながら、ほんの少し眉間にしわを寄せ、難しい顔をして話す姿を見ていると、本当に人って見かけで判断出来ないなって思う。藍の精神年齢は明らかに私より遥かに上なのだろうと思う。
藍は自ら自分の過去を詳しく明かしたりしないけれど、霊が見えることやオーラが見えることで周りといざこざがあったりしたんだろうことは解る。大人にならざるを得ない環境にいたんだろう。藍には、普通の高校生活を送って欲しかった。だから、藍に彼氏が出来たことが自分のことのように嬉しかったのだ。
「先生が好きなのって聞かれて、何のことって言ったら、無自覚なんだねって、訳の解らないこと言われた。それから、好きだって言われた」
「そう、あの人がねぇ。雫石、坂本君と面識あったの? 流石に知らない人には声掛けないと思うんだけど」
「前に英語準備室の前でぶつかったことがあるんだけど」
「なるほどね。まあ、坂本君の言うことはあんまり真剣に聞かない方がいいよ。あの人の癖みたいなもんだから。聞き流しちゃっていい」
聞き流していいときっぱりと藍は言うが、本当に好きだと言われて返事とかしなくていいんだろうかと思いながら、取り敢えず頷いておいた。
「ちょっとあんた達、何でそんなしけた顔してるのよ。もっとこう人生をエンジョイしなさいよ。ああっ、私って罪な女なのよ。どうして、罪かって? もう仕方ないわねぇ、そこまで言うなら教えてあげる。あの生徒会長がどうやら私にご執心らしいの。モテる女は辛いわ。どうしましょう」
明日香がいつものように壊れ気味だった。
一年の時に、先生が大好きのあまり私に敵対心を抱いていた派手女、田邊明日香とはいつの間にか友達になっていた。付き合ってみると案外いい子で、ただ、ちょっと恋にかけては命懸けな所があって、度々壊れかける。
先生には、一年の夏休み終わった後すぐに告白してフラれ、ショックを受けていたが、明日香の立ち直りの早さにも驚くものがあった。見事、立ち直った明日香はあんなに敵対心剥き出しだったのが嘘のように私達に近づいて来た。最初は驚いたけれど、明日香の明るさに沈みそうになる心が明るくなったし、恋にかける明日香の様子を藍と二人で見ているのは面白かった。ただ、明日香は私から見ればとても可愛いのだけれど、彼氏が出来たためしがないのだ。多分、あの情熱的過ぎるパワーに相手はドン引きしてしまうんだろう。
それにしても、今回の相手は……。
私は藍をこっそり盗み見た。藍もこちらを見ていた。
「生徒会長って坂本君?」
私がそれとなく尋ねると、
「うふふっ。そうよ、その通り。私の耳元でそっと囁いたの。『君が好きだ』って。私ったら耳で感じちゃったものだから、イヤらしい声を出してしまったわ。嘘っ、どうしよう。たった今気付いたわ、あんなに人がいる中で、私ったらあんなはしたない声を出しちゃったなんて。お嫁に行けないわっ!」
明日香は自分の体を両手でがっしりと抱き締めて、イヤイヤをするように左右に振っていた。
それにしても、坂本君も一体どういうつもりなんだろう。
私だけでは飽き足らず、明日香にも好きだと言っていたなんて。坂本君は一体何がしたいのかな。
「それなら、生徒会長に責任を取ってお嫁さんにして貰えばいいんじゃない?」
藍の言葉に悶え苦しんでいた明日香の乙女チックな瞳がキランキランと輝きだした。
うわぁ、凄い……。
あの瞳は昭和のアニメを彷彿とさせるものだった。まさにお蝶夫人(エースを狙え!というアニメの登場人物である)だ。
なんで高校生の私が昭和のアニメに詳しいのかって? それは、母が昭和のアニメを愛しているからなのだ。懐かしのアニメ名場面集という感じの特別番組は必ずと言っていいほど見せられるわけです。しかも、母の細かすぎる解説付きで。母は『エースを狙え!』、『アタックNo.1』といったスポ根アニメが大好きなのだ。お陰で私は好きでもないのに昭和アニメ通だ。そんな古いアニメを今時の女子高生は知っているだろうか、いや知らないだろう。
すっかり本題から逸れてしまったが、明日香はそのスポ根アニメに登場するお蝶夫人さながらの瞳を周囲に撒き散らしながら颯爽と教室を出て行った。
「会長〜。私、あなたの妻になります!」
そう叫びながら。
クラスメート達はそんな明日香の暴走にすっかり慣れているので、何もなかったように弁当を再び食べ始めた。勿論、私達もだ。
「藍、どう思う? 私は明日香のオーラはバラ色だと思うんだけど」
「えぇ、そっち?」
珍しく藍が突っ込んでくれてなんか嬉しかった。
「まあ、確かに明日香のオーラはバラ色だけど、今気にする所は坂本君の方でしょ? あの人も本当に仕様がないわね。とにかく、雫石も同じことを言われたってことは明日香には黙っておく必要があるわね。一年の時の二の舞はごめんでしょう? それにしても、迷惑な奴だわ。明日香を傷つけたら許さないから」
私は大きく頷いた。
「勿論、雫石もよ」
藍は可愛い微笑みを見せてくれた。
ああっ、可愛い。ギャップがまたいいよねぇ。私が男だったら絶対に放っておかないわ……。
その日の5時間目は英語の授業だった。
先生の後に続いてもう一人若い女の先生が入って来た。
ああ、そう言えば今日から教育実習の先生が来るって朝のホームルームで言っていたっけ。
ぼんやりとそんな事を考えながらその女の先生を見て、その見知った顔に私はしばし固まった。
「今日から教育実習として来てくれた先生だ。自己紹介をして貰おう」
先生が促すとその教育実習の先生は教壇の前に立って話し始めた。
先生は一歩下がってその様子を腕を組んでみていた。
「初めまして。今日から一週間お世話になります。星美代といいます。よろしくね」
星美代。空のお姉さんで、先生が昔お付き合いをしていた人。
空の家に遊びに行った時に見た美代さんは大人っぽい人だって思ったけど、さらに大人っぽくなったように感じる。先生と並ぶと美男美女のお似合いのカップルに見える。
美代さんは、一番後ろの窓際に座る私を見て、目を丸くしたが、すぐに笑顔を向けた。一瞬の出来事で誰もそのことに気づいていないと思ったが、藍だけが一部始終を見ていたようで、私を心配そうに見つめていた。
空にお姉さんがいた話は藍にはしていなかった。だが、ちょっとした雰囲気を察したのだろう。
男子生徒達は、予想以上に美しい教育実習の先生の出現に色めき立っていた。男子だけじゃない。女子もまた美人先生の出現にざわめき立っていた。
男子生徒と質問が飛び交う。
「彼氏いますか?」「残念ながら今はいません」
「年下は好きですか?」「そうね、好きになってしまったら年下も年上も関係ないわ」
「どんなタイプの男が好きですか?」「優しい人かな」
美代さんが答える毎に男子たちの歓声が教室中に駆け巡る。
先生がこちらをちらっと見た。私は小さく微笑んで見せた。先生が私のことを心配しているのが解ったから。美代さんの出現で私が再び沈み込んでしまうことを。確かに美代さんはどことなく空に似ている。だけど、空を思い出して涙することはない。空を思い出してクスッと笑うことの方が今では多いのだ。
私は先生と美代さんが並んで立っている姿を見て、ちくんと胸が痛んだ。その胸の痛みに私は激しく動揺した。その痛みを空といた時に感じたことがあったからだ。
でも、違う。これは……違う。大好きなお兄ちゃんを取られるかもしれないのが怖いから。私が好きなのは、ずっと空だけだもの。
今、物凄く空に会いたくなって、窓の外を見た。青空は黒い雲に隠れ見えなかった。今にも雨が降り出しそうだ。
いつもそうだ。私が泣いてる時、泣きそうな時、心細い時、決まって雨が降る。空が死んでからずっと。この雨は私が降らせているんだろうか。それとも、悲しむ私を見て、空が悲しんでいるのかな?
薄暗くなっていく窓の外を見ながらそんな事を考えていた。
教室の中ではまだ、クラスメート達の質問タイムが続いていた。